学校行かない?

 今日も俺は『ブランチ』に来ていた。

 と言っても、今日はクリシスの授業を受ける為では無い。


 俺は今、ティータイムを嗜んでいる。そう、ここに来て初めて、『ブランチ』の味を堪能するのだ。


 俺が頼んだのはベイクドチーズケーキと、アールグレイの紅茶だ。


 この二つは前世からの俺の大好物で、一人でティータイムを過ごす時も、誰かとお茶する時も、俺は必ずこの組み合わせを崩さなかった。


 そんな俺の舌は勿論肥えているわけだが、俺のお眼鏡に適うほどのものを出せるかな?

 全く、楽しみで仕方がない。


 ……じゃ無かった。俺がここに来た本当の理由は他にある。


 ここで接客業を学ぶ為だ。今はただ早めに来てしまったから待っているだけに過ぎないのに、いつの間に俺は注文してたんだろう。


 接客業をするにあたって、何を目指すか。

 その答えはただ一つ。周囲からの印象を良くすることだ。


 この村での俺は殆ど居ないも同然。この現状を打破する為、俺の変化を村中に知らせるのだ。


 しかし、懸念点もいくつかある。


 俺は、他人に対する印象は、簡単に拭えないものだと思っている。それがネガティブなものであれば尚更だ。


「ぶつかってきたのに謝罪をしなかった」とか、「借りたものを汚したまま返してきた」とか、小さなマイナスを積み重ねることで相手を嫌いになっていくのだ。


 マハトは最初、魂転や魔法が無いから迫害された。しかし、その他にも些細な悪い部分を、連鎖的に周りに見せてしまっていたのではないだろうか。

 人の印象がここまで固く構築されるには、単純な一つの理由だけが原因とは思えなかった。


 それを変えるにはどうするか。


 簡単だ。反対のことをすればいい。


 俺はこの村で功績を挙げ続け、周囲からの評価を変化させる。

 これが俺の”計画”、その本質だ。


「おーいマハト、何してんのっ!」


「うわっ!」


 鈍い音と共に、俺は椅子から転げ落ちてしまった。


「だ、大丈夫?ちょっとやりすぎたかな……」


「ウディてめぇ、やりやがったなぁ!」


 怒りのあまり手が出そうになったが、ここは店の中。暴れるのはご法度だ。疼いた右手を俺は必死で抑えた。


「皆さん、お騒がせしてすみません。もう大丈夫ですので、お気になさらず!」


 こちらに向いた観客オーディエンスの視線は、その言葉で散っていった。


「まあマハト、そこ座りなよ」


「それは俺が言うやつだろ!」


 マジでこいつクソガキだ。昨日はあんなに真剣に悩んで損したな。


「で、何の用だ?」


「えー、別に親友が会うのに特別な理由はいらなくない?」


「そりゃそうだが──」


「まぁ、話ならあるよ」


 やっぱあるのか。出来れば面倒じゃない話題が望ましいが。


「ところでマハト、君の性癖を教えてくれないか?」


「は?」


「だから、性癖だよ。男ってのは女の子の趣味を共有し合うことで、深い関係になっていくものさ」


 待ってくれよ。フィークスと同じ思考の奴が他にいて、それがよりによってこれから親友として接していく奴とか最悪だろ……


「ウディ、考え直さないか?」


「何を?」


「その思考だよ。性癖で分かり合うってやつ」


「いやでも、ホントのことだしなぁ」


 なんだろう、ここまで言われ続けると、実は本当に性癖を開示すれば、仲良くなれるんじゃないかと思い始めてきた。


「わ、分かった。俺の性癖を開示する」


「いいねいいね、教えて!」


「俺の性癖はズバリ、学生服プレイだッ!」


 あれ、店内が何故か静かだ。もしかして俺の声、思ったよりデカかったのか?


「あのねマハト、こういう話はもう少し小さな声で話した方がいいよ」


 終わった。



 〇



 心に人生単位の傷を負った俺は、丁度店員さんが持ってきたベイクドチーズケーキをちょびちょびと口に含み、アールグレイを合間に挟むことで心を癒した。


 その味はこれまで食べてきたものの全てを上回っており、慈悲すら含まれているように感じられた。


 よし、何とか立ち直れそうだ。


「で、本題だけど、ボクはマハトと一緒に学校へ通いたい。どうかな?」


「学校、か。そうだなぁ、行ってみてもいいかもしれない」


「え、ほんと!?」


 ウディは目を丸くしている。


「なんでそんなに驚くんだ?」


「だって、マハトコミュ障だし、そういう場所苦手なのかと思ってたから」


 まだそれを言ってたのか。確かに、あの言い方じゃそう取られても仕方が無いか。こっちの事情も知らないウディにとって、俺はコミュ障にしか映らないのかもしれない。


「はぁ、で? さっきの性癖の話からどうここに転んだんだ?」


「よくぞ聞いてくれた! 実はね? ボクが今目指そうとしている学校、アレス王国大学は、美女が多い学校なんだ!

 その為にわざわざ競争率の高い入試を突破して入学する男も多いって話だ」


「待ってくれ。競争率の高い入試だと?冗談じゃない! これ以上俺に苦労をかける気かよ!」


 ルーティンを続けつつ、接客のバイトをし、クリシスから授業を受け、更に受験勉強もするだと?

 そんなことがまかり通るほどの体力が人間にあると思わないでもらいたい。


「でもマハトならどうにかなるでしょ。領主様の所の次男は妙に頭が切れるって噂を聞くよ?」


 それは前の俺であって今の俺じゃないんだが……


 それもウディに言って伝わる話じゃないか。あぁ、なんてやりづらいんだ。


「はぁ、分かったよ。確かに可愛い女の子は魅力的だし、俺の頭脳を持ってすれば入試も不可能じゃないかもな。

 いいよ。行こうぜ、学校」


「ぃやったぁ!! ありがとうマハト! やっぱ持つべきものは友だね!」


 結局言いくるめられちまった。

 かなりやりづらい相手だ、ウディ。

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