偶然

 翌日、俺はルーティンを終え、暇になったのでお気に入りの秘密のスポットに行くことにした。


 ウーナ村には森が隣接している。その森はとても落ち着いた場所で、動物や虫の鳴き声も聞こえない。

 花畑、遺跡、巨木。様々な要素を含んだこの森には、いつまでも人を飽きさせない魅力がある。

 昼寝をするもよし、思考をリフレッシュするもよし。都会に住んでいた人ならば誰もが憧れるような場所ではないだろうか。


(今日の森の調子は……あれ、なんだこれ)


 森の入口辺りの地面に、不自然な窪みをいくつか見つけた。

 窪みは完璧な半球の形をしていたのだ。それによく見ると、窪みの周りがひび割れていたり、盛り上がったりしていないのだ。

 まるでこの半円の場所だけ元から土が無かったかのように抉れている。


 少し気になったので、森の中の様子を見ることにした。



 〇



 森の中に入ると、いつもなら静かなこの場所で、何か物音がするのが分かった。

 よく耳を澄ますと、爆発音や金属音のような音が聞こえる。

 これはまずいと思い、その方向に急いだ。


(子ども……!?)


 そこには、白く長い髪で黒い瞳を持つ十歳くらいの子供が一人いた。一見女の子にも見えるが、一体どちらだろうか……いや、今のご時世こういう発言は良くないな。


 木の幹の裏に隠れているので見つかることは無いだろうが、さてどうしたものか。

 話を聞き出そうにもあの子供はずっと暴れている。迂闊に近づけば殺されかねないだろう。


「ねぇ、君何してるの?」


 やっべ、気づかれた! 仕方ない……ここは、俺が前世から持っていたあの”魂転ちから”を使おう。


「すみませんでしたぁ! 別に覗きとかじゃなくて、爆発音みたいなのがしたから少し見に来ただけなんですぅ! どうか命だけは!」


 俺は全力の土下座を見せつける。


「え、ええと……」


(助かった……のか?)


 頭を上げると、そこには少し引き気味に俺を憐れむ顔があった。


 よし、成功したな。

 そう。俺の”魂転”、それは謝罪だ。前世の頃から俺はプライドを捨て謝罪するのが得意だった。きっとそれが功を奏したのだろう。

 俺は今も生きています。


「いや別に、ボクは君を殺したりしないよ? 一人で少し練習してただけだからさ。

 うるさかったならもう辞めるよ。ボクこそごめんね。」


 あれ、意外とやばいやつじゃないな。

 というか、声が可愛い。こりゃ女の子に違いないな。よく見たら肌も綺麗だし、すごく美形だ。あ、いい香りもする。


「えっと、君目が怖いよ。どうしたの?」


「あ、すみません! 少し緊張していて、声が出せなかったんです。

 俺の名前はマハト・シックザールといいます。十歳です。どうか俺と……」


「俺と?」


「俺と付き合ってください!」


「……」


「……」


「あっはっは! 君、ボクは男の子だよ?

 まあ、確かに女の子に間違われてもおかしくないほど美しいのは否定しないけどね。」


 なんだこいつ。期待させやがって……


「あ、シックザールって言ったよね。ってことはウーナ村の領主様の息子なんでしょ?

 ボクの名前はウーデン。ウーデンイリニスティスだ。ボクと戦ってよ、マハト。」


「なんで?」


 なんでこいつと戦わなきゃいけないんだよ。俺は魂転や魔法どころか、まともな武術すら心得ていないただの一般無能力者。あまりにも無謀だ。


「なんでって、そりゃシックザール家と言えば代々戦闘の才能に溢れた実力者が産まれる一族だからだよ。

 ボク、自分がどれ位強いのか知りたくてさ。だからほら、ボクと戦ってよ。」


 最悪だ。俺はなんでこうも運が悪いんだよ。こんなことなら森に来るんじゃなかった……


 でも嘆いたって仕方ないか。

 シックザール家が戦闘に長けた一族ならば、これ以上その名に泥を塗る訳には行かない。ダローガにも、マハトにも恥じない人間にならなくちゃいけないんだ。


「いいぜ、受けて立とうじゃねぇか。真剣勝負だ!」


 俺が勝負を受け入れると、ウーデンの右手が刃物のような形に変形した。その刀身は銀色に輝き、陽の光を反射している。


 いやいや、本当に真剣使うやつがあるか! 今からでも逃げ──


「何ぼーっとしてるの?マハト!」


「あ、やば──」


 ウーデンの腕が俺の頬を掠める。

 頭を後ろに引いていなければ死んでたぞ!って、考えてる暇もねえ。次の攻撃が来る!


 ウーデンは先程の攻撃で詰めた距離を保ちながら右手の大振り。

 流石に刃物を生身で受ける訳にも行かないので、俺は左側に全力で避ける。


 次に死角に入るためしゃがみ、ウーデンが動揺している隙に金的を殴る。


「うわっ!」


 まじか、不意を着いたつもりだったが、ウーデンは飛び退いて避けた。


 そして俺が次の攻撃に出ようとした瞬間、俺の視点が反転し、そのままさっき俺が隠れていた木の幹に叩きつけられた。視界がぼやける。


(何が起こったんだ……?)


「危なかった……というか、流石にやり口が外道過ぎるんじゃないかと思うな~」


「こっちのセリフだよ! てか俺を殺す気がないってのは嘘だったのかよ!」


「と言われてもなぁ。ボクの魂転的にこうするのが一番分かりやすいんだよね。」


 じゃあ本当に真剣に使っていたってことになる。なら仕方ない……のか?


 どちらにせよ、このままでは負けは確実。何か方法を考えなくては。何か無いか?無能力者が魂転保持者に勝利する方法。



 考えろ。俺がこれまでに与えられた情報の中で、何か勝利に繋がるものは……


 無理だ。残念だが、こんなトンデモ能力に凡人が勝てる方法なんてない。

 結局俺は敗北者のままなのか……


「ボーッとしてるならもう決着つけちゃうよ?」


 ウーデンは目にも止まらぬスピードで間合いを詰めてくる。


 肉薄した瞬間、ウーデンの動きが──


 止まって見える……?ウーデンが振り上げる腕も、森をふきぬける風も、風に揺られてカサカサと音を立てる緑の葉も、全てがスローモーションになって見え、聞こえた。


 そうだ、今のうちに後ろに回って……


「トドメだ!」


 ウーデンが繰り出した斬撃はそのまま地面にぶつかり、亀裂を走らせた。


 どうやら世界の動きは元に戻ってしまったようだ。が、既に後ろはとった。


「おりゃ」


 俺はウーデンの金的に向かって最高速度で蹴りを入れた。


「また……玉……」


 ウーデンはその激痛に耐えられず、気絶した。

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