魂転

 今日は、たまたまクリシスはシフトが空いている日だったようで、魂転そうてんの授業がすぐに始まった。


「よぅし。これから魂転の何たるかをあんたに教えていく訳だが……そもそも、魂転ってなんだと思う?」


 そういえばダローガがなんか言ってたな。そっくりそのままパクろう。


「魂の具現化?」


「 ご名答。魂の具現化か。いい表現だな。

 信念でも、願望でも、後悔でもいい。とにかくそいつの心の大部分を占める何かが魂転になるってのは、分かってそうだな」


 大体ダローガと言ってる事は同じだな。


「後な、魂転は魔法に似てるってよく言われる。

 その理由として、魔法は魔力というエネルギーを消費して行使するものなのに対して、魂転にも魂力という消費しなければならないエネルギーがある。

 魂を意識とするなら、魂力は集中力や気力といった、あらゆる行動の原動力になりうる力を指す。それを現実の様々な現象に変換する。つまり魂が転じた結果、人間には本来出来ないような物事を実現させちまうんだ」


「そんで、あんたの場合は魂転が無い。つまり信念も願望も後悔も特に持ち合わせていなかったって事になるが……」


「そんな奴いるのか?」


「いや、いないね。

 誰だって譲れないこだわり、興味のそそられるもの、過ちの一つや二つあるもんだ。

 だが、それが無いってなるとそれはもはやあんたの心の問題なんかじゃねえんだ。

 そう、原因は魂の出自にある」


 魂の出自。俺が転生者だということが関係しているということだろうか?


「あんたは生まれながらに前世の記憶を持ち合わせる、転生者だった。

 何かしらの理由で元の世界とは違う輪廻に入り込んじまった結果、マハト・シックザールとして生を受けた。

 オレはここで仮説を立てた。もし魂は世界によって性質が異なるものなのだとしたら?とな。

 つまり、魂転が宿るのはこの世界の住人の魂限定の特権であり、よそ者には適応されないという考えだ」


 なるほど。その理論なら俺が無能力者である事も当然の結果だと言えるな。


「それは……結構キツイな」


「ま、気にすんなって。正直言うと、魂転至上主義のこの社会で生き抜く裏技も無くはない」


「え、そうなのか!?」


 無意識に身を乗り出してしまった。


 そんな方法があるなら、俺の十年間はなんだったんだ?


「あぁ、ただ、その方法はリスクも大きい。常人ならやらないな」


「それでも、俺はやらなくちゃいけないんだよ。教えてくれ、その裏技」


 そう言うと、クリシスは俺の覚悟を読み取ってくれたようで、少し笑った。


「あぁ、分かった。

 その方法。それは、『観測者』に出会う事だ」


 観測者。名前からして上から目線な態度そうだな。俺の嫌いなタイプだ。


「何故観測者に出逢えば無能力者でも生き残れるのか。それを説明するには、オレの過去を明かす必要がある。

 これは基本誰にも言ってねぇ事だ。オレとあんただけのヒ・ミ・ツな?」


 本当に気持ち悪いからやめて下さい。


「分かった。誰にも言わないよ。」


「ありがとな。

 これはオレが昔、冒険者をやってた頃の話だ。

 オレは子供の頃から友達とバカやったり、喧嘩ばかりしてたせいで頭が悪くてよ、冒険者にでもならないと食いっぱぐれちまうような人間だった。

 それでも、『超鑑定』で相手の能力が丸わかりだったオレは割と苦労せずいい仲間にも会えて、ちゃんと冒険者として生活できてた」


「そういえばクリシス、『超鑑定』を使えるって言ってるけど、魔法にも『鑑定』はある。その魂転があって何がいいんだ?

 ……インチキなんじゃないか?」


 そう。俺は毎日のルーティンの中で、様々な魔法を記憶していた。『鑑定』については前からクリシスに聞こうと思っていたのだ。


「あぁ、まだ説明してなかったか。俺の魂転、『超鑑定』は明らかに魔法の『鑑定』と段違いの性能を持ってる。

 まず、魔法の『鑑定』は対象に触れる必要があるものだが、オレのは対象を視界に入れた状態で行使を宣言するだけでいい。

 また、魔法の『鑑定』の弱点として発動までのスピードが遅すぎるってのがある。オレのなら一秒で十分だ。

 そして何よりこれが売りだ。『超鑑定』は必ずあらゆる真実を映し出す。魂転も、魔力も、身体能力も、呪いもな。だから、情報を偽造する魔法なんかも無効化できる訳よ。

 これで分かってくれたか?」


「よく分かった。インチキかと疑って悪かったな」


「別にいいさ。

 そんで、トントン拍子に進んでたオレのパーティだったが、ある日、賞金百億とかいうとち狂った依頼を見つけてな。

 面白半分でオレ達はそれを受けちまったんだ。あん時のオレは馬鹿だった。

 その依頼は、ある国を守れって内容だった。その国の王の元に、襲撃者から国を滅ぼすという旨の予告状が届いていたらしい。

 オレたちは負け無しのパーティだったから、その国にも信頼され、防衛軍に参加させてもらえたんだ。

 オレ達も、国も、正直言って襲撃者を舐めていた。まさか、襲撃者の正体があの『観測者』であるとも知らずに、な。

 予定の時刻になると、どこからともなく爆発が起きた。その爆発は国の八割を消し炭にし、残りを火の海に変えた。

 オレは運がいいのか悪いのか、最初に襲撃者を見つけたんだ。そして最初に逃げた。

 その襲撃者の魂転は『創造』。あらゆる物を作り出せる、人智を超えた魂転だった。

 奴以上の実力者は見たことがない」


 クリシスは元々冒険者で、強豪パーティを率いていた。そんな彼が逃げ出すほどの力を持っているのか。

 『観測者』。興味が湧いてきたな。


「それで、その『創造』の魂転を持つ『観測者』に会うとどうして無能力者でも生きていけるんだ?」


 すると、クリシスは呆気に取られたような顔をした。


「おいおい、オレの壮大なる冒険物語を聞いてリアクションは無しかよ。薄情な奴だな、あんた」


 それは申し訳ない。今はそれどころじゃないだけだ。


「まぁいいか。で、何で『観測者』に会えば無能力者でも生きていけるか、だよな。

 単純な話だ。『創造』の魂転によって魂の性質をこの世界の物に変えてもらうんだよ。そうすりゃ、あんたの人格に応じて魂転が発生するはずだ」


「マジでなんでもありなんだな……『創造』は」


 俺がそう呟くと、クリシスは水を得た魚のように言葉をまくしたて始めた。


「そいつは違ぇよ。魂転ってのはそんなに便利なもんじゃねぇ。

 そもそも魂転はその能力が干渉出来る物事の範囲、干渉範囲が広ければ広いほど魂力が分散する。

 あらゆるものを作れる『創造』は干渉範囲がとてつもなく広い。本来なら一日に作れるのは短剣一つ程度だろう。

 だが、あいつは一国を半壊させるほどの爆発を生み出した。常人なら三年分の魂力が必要だろうな。

 それを容易くやって退けたのはやはり、神に最も近いとされる五人の猛者、『観測者』であるからに他ならない。

 さらに言えば、魂転が内包する能力はそいつの経験や記憶、理解によって増えていく。

 オレの場合なら、魂転の原理を理解すると他人の魂転を鑑定出来るようになる。魔法や身体能力も同じだ。」


 強力な魂転であればあるほど魂力の分散が激しくなる。確かに、『観測者』は人智を超えた存在なのかもしれないな。


「それで、その『観測者』にはどうやって会うんだ?そんな危険な存在には到底会えないだろうし、あった所で死ぬと思うんだけど」


 この質問に対してはクリシスも難しい顔をする。


「そうだな……実を言うと、奴がこれまでに起こした事件は全て奴自身の快楽を求める性格というか、暇潰しのような側面が強い。

 だから、あんたが転生者で、無能力者である事を知れば、恐らく奴も興味を持たざるを得ない。前世の事とか転生者から見たこの世界の事みたいに、あんたにしか分からないような事を教えてやれば、その対価に魂の構造を変えてくれるかもしれねぇ」


 なるほどな。これはいい話を聞いた。確かに前世の記憶は、俺以外には誰も持ち得ない貴重なものだ。


「ありがとう、クリシス。少し希望を持てたよ。それじゃ、俺は家に帰るよ」


(お、これは完全に明日からバイトって事忘れてるな。ラッキーラッキー。)


「おう、気をつけてな。あと明日からバイトだから忘れんなよ」


 そんな訳なかったね。

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