計画
おはよう諸君。新しい朝が来たぞ!
……今は朝の五時半か。俺も随分と健康な生活を送るようになったもんだ。
スマホはどこに──おっと、俺は転生したんだったな。ここにスマホは無い。
こっちでの寝起きはこんなことしてばかりで本当に忙しない。
こんなことしてばかり、という表現に違和感を抱く人もいるかもしれないが、それには訳がある。
実は、あれから一週間が経った。
俺はあの日から自分の甘えた考え方を叩き直し、マハトの無念を晴らすための計画を立て、遂行していた。
といっても、計画なんてのは名ばかりで、特別変わったことをする訳では無い。規則正しい生活、学習、運動、そして他人とのコミュニケーションを心がけるだけだ。
……まぁ、飽き性な俺にとってはそれこそが苦行なんだがな。
これらを続けることで、まずはこの村を”攻略”する。
せっかくだし、俺の一日をリアルタイムで紹介し、”計画”について理解してもらおう。
まずは歯磨きだ。前世では中世ヨーロッパにおける歯磨きなんてあってないようなものだったが、この世界では違う。
ある宗教の教えで、体を清潔に保つことは美徳とされているらしい。現代人としてはありがたい話だ。
歯磨きと着替えを済ませたら、次にやることはランニング。
もちろん、準備運動をしっかり行った後に走る。こうすることで良い具合に体が起きるからな。
当たり前の事だが、この体で走っていると、前世の自分は歩幅が広かったし、体力もそこそこあったんだなと思わされる。転生者特有の悩みってやつだな。
それもあって今は一キロほどしか走れていない。なので、これから少しずつ距離を伸ばしていくつもりだ。
ランニングから帰ってきた頃には、キッチンでばダローガが朝食を作り始めている。
四人用に作られたアンティーク調のテーブルに着くと、ザク、ザクという音とともに涙が滲みるようなあの匂いが漂ってきた。
匂いにつられ、ダローガの方を見てみると……ビンゴだ。彼は長ネギを使った料理を作っている。
しばらくすると、ダローガはひと仕事終えたらしく、料理をテーブルへ運んだ。
「マハト、待たせたな。朝食が出来たぞ」
「いつもありがとうございます、父上」
置かれた料理を見る。
おぉ、今日は最高の日だ。朝食は鶏と長ネギの照り焼きだった。
「いただきます!」
「あぁ、そうだな。召し上がれ」
なんだ?ダローガが何か懐かしむような視線を向けている。
あ、そうか。”いただきます”って挨拶はこっちじゃ存在しないものなのか。
前の俺も無意識の内に言ってしまっていたのだろうな。
早速鶏をナイフで一口大に切り分け、フォークを一気に口に運ぶ。その瞬間に焦がし醤油とネギの香り、そして熱々の肉汁が口内に充満し、身体中に幸福感が広がる。
「あぁ、幸せだ」
つい呟いてしまった。が、それはこの料理がそうさせるほどに美味であるということの証明とも言えるだろう。
しかし毎度の事ながら、ダローガの作るご飯は本当に外れない。ヨーロッパ圈の食事は日本人の舌には合わないとどこかで聞いたことがあるからあまり期待はしていなかったのだが、ここまでのものを出されると自分の浅はかさが悔やまれる。
(いや、ダローガの料理が異常に美味いだけの可能性もあるのか……)
この問題についてはもっと多くの料理を食べてから判断すべきだろうから、一度後回しにすることにした。
「そういえば、フィークスが朝から姿を見せない。何か知らないか?」
フィークス……言われてみれば今日は一度も見ていないな。
「いえ、特に何も聞いていません」
「そうか、ならいいんだ」
少し違和感を覚えたが、別に深入りするようなことでは無いだろう。
食事を終え、玄関まで移動する。今日は外出の予定があるのだ。
俺は使い古されたベージュの靴を履いた。これは八歳の頃にダローガに買ってもらったものだという。だが、少しきつくなってきたのでそろそろ新しい物を買おうかと思っている。
こうして、俺のモーニングルーティーンは終わりを迎える。
俺はドアを開け、出発の挨拶をした。
「行ってきます!」
〇
これから俺がすることは、”計画”の内学習とコミュニケーションの部分を達成する為に必要なプロセスだ。
その関係で、今日からあるカフェに通うことになった。
カフェの名を『ブランチ』といい、昔俺の
この村の人間は基本的に俺の事を避けようとする為あまり気乗りはしないのだが、背に腹は代えられない。そのクリシスの元で教えを乞う他に道は無いのだから、俺は何があろうとしがみつく。
おっと、考え事をしてる間に『ブランチ』に到着したようだ。
ダークオークを基調としていて、ガラスが多用された外観は、あまり劣化が進んでいないこともあり素朴なこの村の中では少し変わっていた。
「すみませーん。クリシスさんはいますかー?」
店の空気が凍り、店員や客の目が俺の方に向く。冷たい視線だ。店内に置かれた観葉植物も枯れてしまいそうだ。
しかし、これを堪えられなくてどうするというのだ。俺は怯むことなく正面を睨み続ける。
少しすると、店員の一人が話しかけてきた。
「店長に御用ということは、マハト様ですね。あの方は奥におられます。案内しますので、私について来てください。」
綺麗な声の女性だな。よく見ると、顔立ちも整っており、彫りが深い。赤髪や青の瞳が印象的だ。
その上誠実で明るい性格も持ち合わせている。また、店の制服もよく似合っているな。この店の看板娘と言ったところだろうか。
「あの、マハト様?あまりジロジロ見るのは……」
「あ、すみません」
〇
奥の部屋に入ると、窓の近くにはハゲ頭の大男が立っていた。ハゲ頭の。
「あの、すみません。クリシスさんはどちらに……」
俺が声をかけると、そのハゲ頭──大男はこちらを急に振り返って近づいてきた。そして天井を指さし……
「よくぞ聞いてくれた!我こそはカフェ『ブランチ』の店主にして、天上天下唯我独尊のイカした超鑑定士……クリシスだァ!」
「……」
待ってくれ、俺この人に教え乞うんだったよな?
嘘だと言ってくれよ! 完全に変人じゃないか!急に大声で変な自己紹介してくるし、妙に動きが
「おいおい黙っちまってどーしたんだよあんた。領主様んとこの次男坊だろ?もっとフランクに行かねえとこの先大変だぞぉ。」
怖い怖い怖い。えーと、どうにかしてついて行かないとダメか?
「あーいえ、フランクというかなんというか。失礼ながらクリシスさん、貴方のテンションは異常な程に高いのでは無いかと感じています。私が圧倒されていたのもその為なのでは無いでしょうか?」
俺が精一杯の反論をすると、クリシスは俺の事を大声で笑ってきやがった。
「その為なのでは無いでしょうか?ってなんだよあんた。まるで他人事みたいな言い方じゃねえか。
まあいいや。それとな、そんなかしこまる必要はねえ。
オレは地位も何も持ってないただの一般市民に過ぎない。
オレとは友達みてえな感覚で喋ってくれりゃいいからよ。」
なんだ、意外といいやつなのか?って、そんな簡単に判断するのはあまりにちょろ過ぎるか。
ただ、敬語を使わなくてもいいならこちらとしても楽だし、ここは一旦相手の言うことに従おう。
「わかり……分かったよ。
それじゃ本題だけど、ここで勉強させて欲しい。
俺に魂転がない理由も知らないし、この世界での生き方についての知識も技能も俺は持ち合わせていないない。だから、魂転と営業のエキスパートであるクリシスにそれを教わりたい。」
「あぁ、いいぜ。だがな、一つ条件がある。」
「条件?」
「そうだ。そしてその条件は、ここで働くこと。
俺としては労働力の増強に、あんたにとっては接客を通してコミュニケーション能力やこの世界の常識を理解する事にもなる。損は無いだろ?」
なるほど、お互いに都合のいい関係という訳か。……それだと言い方がなんだかいかがわしくなってしまうが。
「分かった。それで頼む。」
カフェ『ブランチ』にてスキルの勉強をするつもりが、流れでカフェのバイトまでさせられることになってしまった。だが、それはそれで悪くないと思っている自分もいた。
さっきの店員さんも気になるしね。
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