カワリモノ

「マハトは生まれた時から苦しい運命を背負っていた。


 この世界では、魂転そうてんの優秀さがとても重要視される。

 魂転とはその者の精神の具現化。その者の魂、その大部分を支配する要素が事象として表れたものだ。優秀な魂転を持つということは、それだけ気高い思想や、強い信念を持っているということ。

 その者がどれ程の素質を持つか調べる為、五歳になった子どもの魂転に関する能力を鑑定する文化がある。

 勿論マハトにもそれをした。クリシスという名のある鑑定士に見てもらった結果、あいつには魂転がなかった。加えて、魔法適正もないようだった。


 気まずそうにマハトの事について励まそうとするクリシスに対して、私は毅然きぜんとした態度をとりつつも、内心ではマハトの未来に不安を感じていた。

 この社会ではやはり、マハトが辛い道を通ることは避けられないのかもしれない。そんな考えを取り除くことが出来なかった。


 だから、私がこの子を人一倍愛そうと決めたのだ。私が愛すことで、少しでもマハトが前を向けたらと思った。


 しかし、意外にも悪いことばかりではなかった。マハトには魂転とは違う方向での才能があったのだ。


 元々、一歳の頃にはあいつは言葉を理解し、満足にコミュニケーションを取ることが出来ていた。


 その時から異常だとは思っていたが、それが確信に変わったのは魂転が無いと分かった五歳の誕生日から半年後。

 マハトはその時既に科学、数学、医学、宗教、言語学、考古学等の学問に強い興味を示し、それらを理解していた。それも、一般的な大人の頭脳でも到底内容が分からないような難解な理論をいくつも理解し、それを更に応用した新しい理論を組み立てるところまで手を出していた。


 マハトは天才だったのだ。


 だからマハトなら、才能にも魅力にも溢れるマハトならきっと幸せな人生を送ってくれると思った。

 

 だが、周囲の貴族はそんな淡い期待を打ち砕いた。

 私と違い、妻のイネスはかなり位の高い貴族の娘だ。その命の代わりに産まれたのが無能とは何事だと、マハトを嫌う者が大勢居た。イネスの命を奪った悪魔だとして、あいつを忌み嫌った。

 天才的な頭脳も気味悪がり、それをマハトの個性として認める者はいなかった。


 あいつは普通の人間として受け入れてもらえなかったのだ。


 周囲からの厳しい目線に当てられ、遂にマハトは家から出ることを辞めてしまった。それでもあいつは、私やフィークスには笑顔を振りまき弱音を吐かないように見せていた。

 そのまま、歳だけを重ね社会から離れていくマハトを私は見ている事しか出来なかった。


 情けないことに当時、私はマハトが何を思い、何を欲しているかが分からなかった。社会から拒絶され、心を閉ざしてしまったあの子をどう助ければいいのか分からなかったのだ。


 それでもあいつの為に何かしてやりたいと思った私は、先程も使用した魂転を当時六歳のマハトに使った。


 私の魂転は『道』というもので、何かが通る道さえあればその道の構造や進行方向を作り変えることが出来る。脳に少し細工をすれば、他人の思考を言葉に変えることくらい容易いのだ。


 魂転を使用すると、すぐにマハトは掠れた声で呟いた。



『もう……やめてくれ……罪の重さは、理解したから、だからもうこんな、無惨な事、は……』


 私は動揺した。マハトが前世の記憶を持つ人間だということもそうだが、それだけでは無い。

 その時のマハトは、仮面を外した本当の自分をさらけ出していた。

 見た目が変わった訳では無い。だが、口調も目つきも、何もかもがそれまでとはかけ離れていた。


 心の底からマハトは憤っ《いきどお》ていた。理不尽な現状、自分の無力さに、その目からは怒りと涙が溢れていた。


 私は力いっぱいにマハトを抱きしめた。マハトのそんな顔を見るのは初めてだったのだ。


 それまではあいつの言動に、どこか演技じみたものを感じていた。そして、それに気づきながら見て見ぬふりをした。


 その後、マハトが抱えていた悩みを転生する以前のことから全て吐き出してもらった。前世では重度の飽き性だったこと。

 そのせいもあって親友に殺されて気づいたらこの世界にいたこと。

 次の人生があれば真面目に生きようと決めたこと。


 誰にも言えなかったであろうその気持ちを、私は全て受け止めた。


 この時は、マハトも少し前向きな気持ちになれていたのでは無いだろうか。私の魂転がマハトの為になったのであれば幸いだと思った。


 それからというもの、マハトは仮面を被って偽りの姿を見せるようなことはしなくなった。

 その時初めて、私とフィークスとマハト、その三人で本心からお互いを信じ合い、強く生きる事を確かめあえた。


 だから、もう私達が挫けることはないと思っていた。


 だが、七歳の頃にマハトはまた心を閉ざした。


 村の子供によるいじめだ。

 それまでのマハトは何故か友達を作りたがらなかったのだが、その頃になると社会との関わりをもう一度やり直しそうとした。

 村の子供達と交友関係を築き、懸命に外の世界に馴染もうとしていたのだ。


 最初は、少しずつ外の世界に慣れていくのだなと私は安心すると共に寂しさすら覚えた。

 マハトが友達との事を自慢げに語る度、私は安堵感から静かに涙を零した。


 しかし、魂転も魔法も使えないことやイネスの件が発覚したせいかは分からないが、彼らはマハトを見下し、馬鹿にするようになった。

 最初はわざとぶつかるとか、些細なことだった。

 しかしマハトがやり返さないことを知ると、またしても無能や悪魔等のあだ名を付けられ、泥や石を投げつけられたり、魔法で服を燃やされたりと、あらゆる嫌がらせを受けた。

 最後には全ての人に無視され、社会への復帰は挫折に終わった。


 マハトには友人が一人もいなくなった。全ての人間関係を失い、あいつの心には深い傷が残った。

 その頃には既に、マハトは私達家族以外の人々に対してかなりの人間不信に陥っていた。家に引きこもり、起床時刻は遅くなり、朝食も食べず、運動もしないままに深夜までずっと部屋で書物ばかりを読む生活をしていた。


 私達には何も出来ない。そう思ってしまった。


 私は事実から目を背け、仕事や家事ばかりに明け暮れた。我に帰ればマハトのことを考えてしまうからだ。解決策はいくら考えても浮かばない。私にはどうしたらいいか分からなかった。


 しかし時間は無情にも過ぎていく。

 そんな事をしている間に、マハトの十歳の誕生日が目前まで来てしまったのだ。


 そこで、私は己の過ちに気づいた。

 マハトのことで悩んでいる内に、いつの間にか私はあいつのことを避けていた。

 それは、私が最も許せなかったことだ。見て見ぬふりをするのなら、それでは村の者達と何も変わりは無いのだから。


 愛すると決めた我が子のことから逃げた私は最低だ。


 私はせめてもの償いに、マハトの誕生日を最高の思い出にしようと決めた。

 室内の装飾を豪華にし、ケーキや肉を奮発した。蝋燭ろうそくはいつもの二倍は置いた。


 マハトはあまり乗り気では無かったが、二人で懸命に誕生日を盛り上げた。


 なんだかんだで男三人、いい一日を過ごせたように思えた。


 そして最後に、プレゼントにと小説を渡した。マハトは前世でよく小説を読んでいたと聞いていたからだ。


 そこで溜まっていたものが一気に溢れたのか、マハトは泣き出してしまった。

 泣き顔はまるで、産まれたばかりの赤子のようだった。


 この子を助けたい。それなのに何もしてやれない私自身の弱さを呪った。


 気休めでも何でもいい。マハトの望むものを叶えてやりたいと思った。

 その場で私は、お前がしたい事を教えてくれと言った。私に出来ることなら何でも手伝うと約束した。


 しかし、返ってきた言葉は私の期待とは違っていた。


 マハトは自害を考えていたのだ。


 状況が好転することも、俺の心の傷が癒えることもないと。解決策は自害しかないと、マハトはそう訴えた。


 あいつはこの世界に絶望していた。


 私にマハトを止める権利などない。最後まで私はただの傍観者でいるしかないのかと、そう思った。


 しかし、マハトはそんな私に残酷な頼み事をしてきた。


 マハトは、私の魂転である『道』を利用して一度転生後の記憶を全て消し、人生をやり直させて欲しいと言い出したのだ。


 確かに、私の手にかかればマハトの十歳までの記憶を忘れさせることは出来る。


 だが、いくつか問題があった。


 一番の障害はその方法だ。マハトの魂を一度体から取り出し、むき出しの魂に細工をする必要があった。それは、私の力が足りなかったからだ。マハトの体を経て魂に干渉するのには必要なエネルギーが多すぎた。


 また、これまでの十年間を過ごしたマハトは実質的に私が殺すことになるということも問題だった。実の息子を殺すなど人の所業では無い。


 更に、私が死ねば閉ざした記憶の蓋が開き、マハトは再び戻ってくるその記憶に苦しむだろう。そんな事はさせたくなかった。


 しかし、マハトに生き続けて欲しいというのも私の願望でしかない。

 しばらく悩みはしたものの、結局私はマハトが死ぬと同時にそれまでの記憶を失い、再度自分の体に命を宿すよう細工をした。例え自害だとしても、マハトの為になりたいという気持ちが私を突き動かした。


 せめていつどこで死ぬかは教えてくれと言ったのだ。何も出来なかった私が、お前の死に際に立ち会わないでどうすると。見たくないとは言ったが、逃げる訳には行かなかった。


 だが、最期までマハトはそれを教えなかった。今思えば、あいつなりの気遣いだったのかもしれない。


 そして今日を迎えた。


 私が仕事から帰る直前に、マハトは1人で自殺した。家の外からでも分かる程大きな落下音が聞こえたので、急いで帰ってみると階段の下でお前が倒れていた。


 マハトはもう居ない事を、本当に、あいつとの十年間は消えてしまったことを理解した」



 ○



「これが、私の知るマハトの一生とお前の転生に関する情報の全てだ。信じてもらえなくてもいい。ただ、お前にだけは伝えるべきだと思った」


 正直、現実味がない。


 俺が無能で、それを理由にいじめを受けて自殺した?そしてその記憶を魂転で消した?話が突飛すぎて追いつけない。


 ……だが、ダローガが全てを知っていることこそが、俺の過去を裏付けていることは間違いなかった。


 思えば俺は、都合のいい考え方ばかりをしていたな。


 異世界に来たら何となくチートを貰って、何となく無双して、何となくハーレムを築いて俺TUEEEE出来ると思っていた。

 俺は本気を出すといいながら、そんな甘い世界を期待して、ぬるま湯の中で都合のいい成功を収めることを心のどこかで望んでいたのだ。


 だが、現実は違った。この世界にも救いはなく、むしろ現状は前世よりも厳しいものになったように思える。


 俺が死を選んだ。次こそは本気で生きると、次死ぬ時は惨めな思いをしたままに終わらせないと誓った俺がだ。


 マハトは生まれつきの才能に恵まれず、そのせいで周囲からは迫害を受け、引きこもり、心は二度と戻らないほどに壊された。


 あいつは辛くて、苦しくて、やるせなくて、それでも何も出来なかった。


 しかし俺は、マハトの置かれていた現状でも、マハトを陥れた周囲でも、マハトに何も与えなかった運命でもなく、俺自身に怒りの感情を抱いた。


 軽薄な自分を叩き直すと決めたはずなのに、楽になれると思った途端にチートだとか無双だとか言って都合のいい考えしか出来ない俺を許せない。


「本当にすまなかった。恨むのなら、何もしてやれなかった私を恨んでくれ」


 続けて謝罪の言葉を吐くダローガ。頭を深く下げ、そのまま動かない。

俺がここでダローガを許すことは出来るが、それは彼にとっても良くないことなんじゃないか?だって俺は……


「俺は、マハトじゃない。俺に謝るのは違う。あんたは、許されたいだけだ。今あんたがするべきことは、失った命と、後悔を心の中に留め風化させることなく抱え続けることだろ。決して、代替品の俺に謝ることなんかじゃない」


「あぁ、そうだ、そうだったな。リキ……だったか。君にわざわざそんなことまで言わせてしまって申し訳ない。君の言う通りだ。私は、自らの過去を抱えようとも! ありがとう、リキ!」


良かった。ダローガは大人だ。


「あー、でも、俺のことは変わらずマハトって呼んでくださいね。周りの人から不思議な目で見られるかも知れないので」


「そうだな。分かった、マハト」


 そして、ダローガから過去を聞いたことで俺から俺への手紙、その意味がやっとわかった。


 前世でもこっちでも、俺は普通の人間になれなかったらしい。結局、人ってのはなかなか変われない生き物だ。


 でも、異端者には異端者なりの生き方がある。

 あいつには届かなかった夢。皆に愛される人生。それは今諦める事じゃないはずだ。


 だったら、ここから始めるのは贖罪の旅なんかじゃない。

 マハト・シックザールの、幸村力輝の代替品が行う、最高に変わり者な人生だ。


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