家庭の事情
俺は異世界において、”スキル”や、それに類するものには他のものと違うレベルで期待をしていた。
スキルと銘打っておけばどんなチートでも実現してしまう。それがなろう系の世界だからな。俺の人生を変えるには絶好のチャンスだと思った。
それが無いというのは、異世界自体への評価すら揺るがしうる緊急事態と言える。
ただ、ダローガ達に直接聞く訳にもいかない。
何故なら、さっきの会話以外の二人の声が全く聞こえないからだ。
つまり二人は、俺に魂転が無いことをわざと俺に伝える為、
何の目的かは分からないが、ここは慎重に動く必要がありそうだ。相手に悟られないよう事情を聞き出すのは骨が折れるが、転生した先の家庭事情に問題があるとなれば、今すぐにそれを解消しないとな。
折角の二度目なのに、俺のやり直しを邪魔される訳にはいかない。
〇
直接部屋に入っても追い返されそうなので、一階の俺が目覚めた部屋にあるテーブルに座って、二人が部屋から降りてくるのを待つ事にした。
今は丁度昼の三時位か。この世界の時計は前世と構造が同じで、時間の概念も似たようなものになっているようなのですぐに分かった。
ぼーっと時計を眺めていると、さっきの部屋から父上達が降りてきた。
「マハト、体は本当に大丈夫なのか?」
「はい、兄さん。もう全くどこも痛くないですよ。二人が助けてくれたおかげでしょうか」
そう言うと、二人は何故か気まずそうに笑った。
「何にせよ、お前が無事なら私達はそれでいい。そうだろう? フィークス」
「えぇ、そうですね。父上」
直接スキルのことについて聞きたいが、ここはグッとこらえて遠回りだ。まずは母親のことを聞こう。
「すみません、父上。ひとつ質問をしてもいいですか?」
「あ、ああ。構わない」
「その、母上は今どこに──」
そう言った瞬間、場の空気がどんよりと重くなった。……俺もしかしてやっちゃった?
「……マハト、お前やっぱり全部──」フィークスは俺の顔を凝視してそう呟く。
まじかよ。俺シャレにならないくらいの失言してるじゃねぇか。
どうしよう……この空気、耐えられない。
「マハト、部屋に戻っていてくれないか?私達は少し二人で話しをする」
「わ、分かりました……」
〇
これ完全にやらかしたな。
慎重にやるって決めたのに、これじゃあ今の俺がおかしい事を二人に教えたようなもんだ。
こっからどう取り繕えばいいんだよ……
何か打開策を考えないと。でもあまりに情報が無さすぎる。
という訳で、俺はこの家の事情を知るため、部屋中を探し回ることにした。
まずは本棚だな。本の裏になにか隠されてたりはしないだろうか。
(ここも何もなし。ここもか……)
一通り探したが、特にこの家の事に関係してそうなものは無かった。
次は机だ。引き出しとかに何が入ってたりするかもしれない。
……おかしい。
明らかにおかしいもの、『幸村 力輝へ』と書かれた手紙が入っていた。
俺の前世の名前がなんでこんな所に書いてあるんだ?
めちゃくちゃ怖いが、これを見ればきっと何かが分かるはずだ。
……よし、開けよう。怖くて仕方がないが、進まないと何も始まらないだろう。
俺は目を半開きにしながら手紙を開けた。
『幸村力輝へ
いかがお過ごしだろうか。
この文を読んでいるということは、俺は既に死んでいるだろう。
どこまで話を理解しているのかは分からないが、恐らくダローガが大体の事情は話してくれているはずだ。それを前提に進めさせてもらう。
俺に、一つ頼みがある。
自殺を計画している俺が言うのもなんだが、俺は本当は本気で生きたいと思ってる。
だが、今度こそやってやろうと思う度に挫折し、他人を恨み、環境を恨み、そんな風に周囲のせいにして己の力不足から目を背ける自分自身に失望する。
そしてそんなことを繰り返している内に、一歩を踏み出す勇気は無くなっていくばかりだ。
お前もそうだろ? だからこそ、俺は一度死んでお前にこの言葉を告げなければならなかった。
他の誰でもない、俺自身の言葉だ。しかと受け止めろ。
幸村力輝。どうか、多くの人に愛される人間になってくれ。俺みたいに孤独に、何も変えられないまま死ぬ事だけはしちゃいけない。
俺の代わりに、今度こそ真っ当な人生を、自分を愛せるような人生を送ってくれ。
マハト・シックザールより』
これは俺から俺への手紙なのか?
そうだとして、俺が一度自殺した?何を言っているのか、全く意味がわからない。
だが、意味は分からないが、俺に取れる選択肢はただ一つ。
この手紙を書いた時の俺の予想では、ダローガが事情を話してくれるはずと言っている。もう迷っている暇は無い。ダローガに話を聞こう。
手紙を戻そうと封筒を持ち上げると、その中から一枚の紙が落ちた。
(今度はなんだ?)
その紙には大きく、
「俺たちは呪われてる」
という走り書きがあった。
〇
元いた部屋から出ると、廊下のような場所に出た。それほど長い廊下ではないが、装飾などがしっかりされていてゴミひとつ落ちていない。不気味なほどに綺麗な家だ。
階段を降りる。思えば、俺は階段の下で目を覚ました。もしかすると俺は階段から落ちて自殺をしたのかもしれない。
「……あぁ、その通りだ。もう隠していても仕方がない。私がマハトを呼んでこよ──マハト!?そ、そこにいたのか」
錯乱した様子のダローガが階段を上ってきた。俺がいたことに相当驚いているようで、尻からひっくり返ってしまった。
「あ、すみません父上。驚かせるつもりはなかったのですが……」
「いやいい。少し私も焦っていた。それより、下に降りてきたということは何か用事か?」
「あ、そうなんですよ父上。いくつかお聞きしたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」
「あぁ、分かった。いいだろう」
「では単刀直入に聞きます。俺は自殺したんですか?」
「マハトお前、それをどうやって──」
「実は、部屋の引き出しの中に手紙が入っていたんです。そこに俺は自殺をしたと書かれていました。」
「そうか、そうだったか。マハトはお前にそれを残したか。」
あれ、何かおかしくないか?
「今の言い方だと、まるでダローガは俺がついさっき転生したことを知っているみたいじゃないか。あれ、考えてることがそのまま口から──」
「……少し意地の悪いことをしたな。今、私の魂転を使ってお前の考えていることを言語化させたのだ。だが、確信する為に必要な事だった。すまない」
これは驚いた。今のが魂転……? 何かをされている感覚が全くなかった。無意識下で本音を吐かせるなんて、あまりにも危険過ぎる能力だ。
この先俺の無双は厳しくなりそうだな。いや、こんなこと考えている場合でもないか。
「いかにも、私はお前がつい先程転生したことを知っている。何故私が知っているか気になるか?」
「はい。教えていただけますか?」
すると、ダローガは覚悟を決めたような顔で俺を見つめた。
「分かった。いいだろう。少し長くなるが、聞いてくれ」
「覚悟は出来てます」
「ありがとう。
これから語るのは、私がマハトに出会ってから死に別れるまでの話だ。
お前はその間の記憶を全て忘れた為、私が何を言っているか分からないだろう。辛いことを聞かせてしまうが、それらを全て伝えさせてもらう」
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