第6話 元気になってしまいました
私の容体は少しずつ回復していきました。
最初は、痛みが心なしか和らいでいるような気がして、睡眠時間が気持ち多めに取れるようになりました。
それから、少しずつ食欲が出てくるようになり……。
次第に、甘味をもっと食べたいとか、バスタブに浸かりたいとか、人として、女性としての欲が湧いてくるようになりました。
今までだったら、誰かに頼むのも億劫で、忘れるように務めていたことを、自分一人でも出来るようになって……。
そこで、ようやく私は自分が快方に向かっていることを、自覚したのです。
おかしいですよね。
毒を盛られる可能性の方を、確実視していたのに……。
王都に来てから頻繁だった診察回数を、一カ月に一度と定めた日、ロータス医師が笑顔で言いました。
「ラトナ様。ずいぶんと顔色が良くなってきましたね。何が要因なのか分かりませんが、やはり、ここの土地は貴方の体に適していたようですな」
白い顎鬚を擦りながら、ロータス先生は得意満面でした。
元々、目が弓形に細く、口角も上がっていて、常時笑っているような愛想の良い人ですが、最近は特にご機嫌のようで、楽しそうです。
お医者様なのですから、患者が良くなっていることは、嬉しいに違いありません。
……ですが。
私としては、己の復調を手放しで喜ぶことは出来ませんでした。
「確かに、最近前より良くなっているとは思うのですが、まだ本調子とは言えなくて。たまに高熱が出たり、咳が出たりします。体もまだまだ怠くて」
……はい。
ほとんど嘘です。
ここ一カ月くらい、私は平熱です。
咳ももう出ません。
体の怠さも解消されつつあります。
だけど、ここでそれを認めてしまったら?
(私、一体どうなってしまうの?)
今にも死にそうな病人だからこそ、エオールから、与えて貰っている生活なのです。
元気になったと告白して、義父母と仲良く……なんて、今更出来るはずもありませんし、機械的で冷たい使用人の方々を自分の味方につけて……なんて、そんな器用な真似が私に行えるはずもないのです。
……第一。
エオールに怒られる。
『出来るだけ長生きはして欲しかったが、回復しろとは言っていない』
そんなふうに、容赦なく私を奈落の底に叩きつける言葉を、あの人は知っているような気がするのです。
(そうよね。だって、エオール様は少しでも長く愛する人と過ごしたいのだから)
これで私が元気になんてなってしまった日には、ややこしくなること必至です。
ロータス医師は私の考えが分かっているのか、分かっていないのか……。
途方に暮れている私の頭を軽く撫でました。
白髪に白髭。
医師を示す純白のローブ。
まるで、神様のような方です。
このお爺さん先生は、そうやって、実家にいた頃も病に苦しんでいる私を慰めてくれたものでした。
「私はラトナ様の意思を尊重しますよ。ですが、元気になるということは絶対に良いことなのです。今まで見えなかったことが見えてくるのです。やりたいことが何だって出来るようになるのです。世界が広がっていく感覚を、私は貴方にも味わってもらいたいのです」
……やっぱり。
ロータス医師は、私の嘘なんて軽く見抜いていますね。
私は罪悪感から、小さく頷くことしか出来ませんでした。
(先生は……つまり、そんなに長く隠し通せないから、自分が様子見している間に、身の振り方を考えなさいということを仰っているのですよね?)
――だけど、先生。
私は心の中で毒づきました。
(分かっていらっしゃるとは思いますけどね、先生。何が原因で良くなったか分からないってことは裏を返せば、今は良くてもまたいつ体調が逆戻りになるか、分からないってことですよ。そんな状況下で回復したなんて、口が裂けても言えるはずないのです)
確かに、私だって長い時間、先生に偽りの診察なんてさせたくなんてありません。
ですが、私自身が一番驚いて混乱しているのです。
「ああっ。どうしましょう」
先生が去って、一人きりになった部屋の中で、私は一人頭を抱えていました。
生きている人間は誰も応えてはくれませんが、でも……。
死人たちは私の力強い味方となってくれていました。
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