第18話・動画

『どうも、皆さんこーんにーちはー!オカルト探検隊、ガッチャンズでございます!』


 イヤホンを持ってきて良かった、と紬は思う。一番詳しそうな資料が、ブログなどではなくYouTubeに動画として上がっていたのだから。

 オカルト探検隊、ガッチャンズ。若い男性三人のユーチューバーだが、チャラそうな見た目に反して非常にマナーがよく、人をよく褒めることで高評価を得ている集団だった。ユーチューバーというと品のないイメージを抱く人もいるかもしれないが、実際の中身はピンキリなのである。

 それこそ、人気ユーチューバーほど、接した人達から好感度が高かったり、地域のボランティア活動に従事して貢献していたりするという。

 このガッチャンズ、というチームもそうだった。オカルト探検隊という名の通り都市伝説をメインで調べているチームだったが、時にはボランティア活動の様子をレポートしたり、観光地の見どころを紹介したりもする。そして、基本的には何かを貶めるようなことは言わない。レストランで食レポしても、遊園地に行っても、良いところや気に入ったところを中心に話す。――面倒な愚痴や批判にうんざりしている人が、安心して見られるチャンネルとして知られているのだった。

 赤、青、黄。信号機のような帽子を被った三人の青年が、フリップを出しながらソファーに座って解説している。


『さて、今回紹介するのはですね、映画“呪い岬”の聖地として有名な下蓋村の紹介です。この下蓋村、〇〇県●●群の……ほんと奥地の方にあって、行くのはなかなか大変なんですよね。僕達も三日前に車に乗って観光してきましたけど、車かバスは必須だなといったかんじでして』

『やっちゃんが免許持っててよかったよなー』

『やっちゃんの免許、ただの身分証明書じゃなかったんやな。ほんまに運転できると思わんかったわ!』

『うっさい、俺は昔車通勤してたんだっつーの!確かに東京住んでるとあんま車使う機会ないけどもー!』


 あっはっは、と明るい笑い声が上がる。そこから暫くは、下蓋村の“観光名所”としての紹介だった。

 やれ、どこどこのホテルが綺麗で良かっただの、神社が荘厳で美しかっただの、この料亭のこういうメニューが美味しかったのでオススメだの。取材対象を褒め殺しにすることで有名なガッチャンズらしいほのぼのとしたトークが続く。

 そして、やや引っ張った後に始まったのが、下蓋村の“言い伝え”に関する話である。


『遥遠い昔、下蓋村に恐ろしい怪物が住み着いて、それを神主さんが地下に封印したんだそうです。このへんは、呪い岬のサイトでもちらっと紹介されてましたし、知っている人は多いのではないでしょうか』


 黄色い帽子の“やっちゃん”がチームのリーダーだと聞いている。同時に彼は、イラスト担当であることでも有名だった。

 彼が手に持っているフリップのイラストも、やっちゃんが描いたものである。色鉛筆のアナログ絵なのだが、これがまた味があるということで人気を博しているのだった。子供の絵本のような、可愛らしい絵柄。若い男性が描いたものだとはにわかに信じがたいほどポップなデザインである。


『その封印を保つため、大昔の下蓋村では、生贄の儀式が繰り返されていたんだそうです。そのやり方が結構残酷なもので……地面に穴を掘って、痛めつけた生贄を落とすというものだったそうで』

『痛めつけたってどういうことなん?何したん?拷問とか?』

『らしいですね。それも結構えげつない拷問してたみたいです。例えば、この下蓋村は化学薬品を扱う工場が立っていた時期があるそうなんですが……穴の中に風呂桶を入れてですね、その風呂桶の底に生贄の体を固定するんですって。で、その中に強酸の薬を流し込んで、生贄の体に大やけどを負わせてしまう、と。で、薬傷を負った体をそのまま土に埋めて生き埋めにしてしまうっていう』

『ええええ』

『あとは、穴の中にハチミツを塗った生贄を落として、毒のある害虫を大量にその体の上に落として食わせてしまうとか。ボロボロになったあとは、やっぱり生き埋め』

『ひええええええええ』

『他にも、土を用いないパターンだと、もう使わないことになった井戸に人を落としてしまうっていうのもやったらしいですね。しかも、その井戸にわざわざ、糞尿と泥を混ぜた汚水を大量にため込んで、そこに生贄を落として溺れさせ、蓋を締めて漬物石で固定すると。真っ暗闇の中、汚水の中でひたすらもがき苦しんで生贄は死んでいくわけです。……これは、下蓋村の一人目の生贄がやられた儀式だって噂で……』

『やめやめやめ!怖すぎ、怖すぎです!』


 土に埋められる人、大量の虫にまみれる人、井戸に落とされる人。

 ポップな絵であるせいで残酷さは半減しているが、語っている内容はあまりにも恐ろしすぎる。紬は思わず震えあがったのだった。

 ただ人を生贄にするというだけでとんでもないというのに。何で、そんな苦しめて苦しめて殺すようなやり方を思いつくのだろう?


『と、ここまで詳しいのは、実は俺の友達のオカンが、下蓋村出身だったからなんですけどね。友達、夏休みや正月にはよく親と一緒に下蓋村に帰ってて、そこでいろいろ話を聞かされてたみたいです。多分、教訓もかねてるんでしょうね。二度とこういう恐ろしいことを繰り返さないようにって』


 やっちゃん、はしみじみとと告げた。


『何故このような残酷な儀式をしていたか。それは、地下からやってくるものを、生贄の力で“蓋をする”目的があったからだそうです。生贄の苦痛が強ければ強いほど、蓋をする力も強くなると信じられていたからですね。だから、毎年毎年……より“苦しみが強くなるような”拷問を考えて、生贄を殺していた時期があったそうです』

『怖すぎやろ、そんなん。……ていうか、その生贄ってどうやって選ばれてたん?まさかくじ引きで選ぶわけにもいかんやろ』

『それに関しては、友達もよく知らないと言ってましたね。ただ、村人たちはみんな噂していました。……村の有力者にとって邪魔な人間を選んで、都合よく生贄に捧げていたんじゃないか、と。より拷問して、苦しめて殺すことで良い見せしめになり、村の支配を強めていたのではないかと』

『え、何それ、最悪すぎんか……』


 このあたりは、貴子の祖父である増岡典之も似たようなことを言っていた。この生贄システムは、村の邪魔者を消すための都合の良いシステムとして機能していたのではないか、と。


『ねえやっちゃん。結局、村の地下にいる怪物ってなんなの?なんか、僕らが取材に行った時も、すごく曖昧な情報しか出てこなかったんだけど。悪霊なのか妖怪なのか悪魔なのかさっぱりわからなかったというか。この手の話なら、“大昔に殺された女の子が祟ってー”とかなんとか、そういうネタが出てきそうなものなのに』


 紬が思ったのと、同じ疑問を青い帽子の青年が口にする。すると黄色帽子のやっちゃんが“それなんですよ!”と指を一本立てて見せた。


『俺らが取材で聞いて回っても、全然怪物の正体が出てこなかった。友達も、そのお父さんお母さんも知らなかった、と。怪物って言ってる人もいるし、妖怪って言ってる人もいるし、邪神って言ってる人もいるし。……それから、生贄の儀式がなくなってから少なく見積もって数十年は過ぎているそうなんですが。生贄がいなくなっても、村に祟りなんて起きてないんですよね。一応、お祭りで“結界を強化する”ための簡単な儀式はやってるみたいですけど』

『ええっと、それはつまり?』

『生贄なんていなくても祟りが起きない、それってつまり……最初から下蓋村の地下に、ヤバイ怪物なんていなかったんじゃないの?ってことです。少なくとも、今村の人達の間ではその考えが主流になっているみたいですね……表立って口にする人はいないけど。かつての生贄の儀式は、村にとって都合の悪い人間を消すための口実でしかなかったんじゃ?と。だから、下蓋村の名前の由来になった怪物やらあやかしやらの正体を誰も知らないし、村人たちの話もぼんやりしていると』

『……ほんまのほんまに最悪やんけ、それ』

『かつて、村をいくつもの天災が襲った時期があったのは確かなようで。それを見て、邪神が到来した!ってことにしちゃった人達がいたんでしょうね。で、生贄を捧げて封印すれば収まるだろ的な。確かに、天気とかの知識がない昔の人にとっては、大雨も洪水も地震も凶作も邪神の祟りにしか思えなかったのかもしれませんが……』


 やはり、典之と紬の予想は正しかったらしい。もちろん、ガッチャンズの考察も間違っている可能性はあるだろうが。


『生贄を捧げる方法は、数年ごとに変化していき、その間にたくさんの人が亡くなったそうです。友達がお父さんに聞かされた話によれば、穴の中に貼り付けた生贄の周囲に藁をしいて火をつけて、生きたまま丸焼きにしたこともあったそうで……』


 ぶるる、とやっちゃんが体を震わせる。


『本当に、村の有力者の邪魔になったからってだけで何人が殺されたかと思うとやるせません。今の村のお祭りは、そんな生贄にされた人々の鎮魂もかねているのだそうです。まあ、今はほとんど、屋台が出て盆踊りしてーみたいな普通のお祭りみたいになってるみたいですけどね。本当は俺達もお祭りの時期に行きたかったんですけど、別の取材重なっちゃって無理で……申し訳ない!』


 なるほど、と紬は動画の投稿日時を見る。今からちょうど三日前にアップされていた。と言うことは多分、一週間以上前に下蓋村に取材旅行に来ていたということなのだろう。

 お祭りの時期に取材するのが一番取れ高があるだろうが、この時期が混みやすいのも間違いあるまい。夏休みを外しているだけ少しマシではあるだろうが。


『不思議なことに、地下の怪物の存在を村人たちが誰も信じていないのに、怪物を恐れる風習は残っているってことです。その最たるところが、“お祭りの時期は明かりを消すな”。お祭りの時期が七月初旬なのは、この時期に下蓋村の結界が壊れて、地下に封じ込めた怪物が上に出てきてしまう可能性があるかららしいです。お祭りの儀式によって、その結界を貼り直すわけですが……結界の貼り直しにはちょっと時間がかかりますからね。注意が必要ってことだそうで』

『それが、明かりを消さないこととどう関係が?』

『地下の暗闇に閉じ込められた怪物は、永遠に暗闇の中でしか生きられない存在に変化しているわけです。だから明るい場所ではものも見えないし、本能的に恐怖する。それゆえ、明かりをつけている場所には出て行けない……もしくは出て行きにくいんです。明かりをつけて寝れば、結界がほころんで地下から怪物が出てきてしまっても、明るい部屋の中には入ってこられないから安全ってことですね』


 ただ、とやっちゃんはわざと声をひそめて言った。


『強い怪物は、一時的に人の明かりに干渉する力を持つこともあるそうな。人が直接手で持っている懐中電灯などは、無意識に自分の気の力で守っているのでそうそう消せないそうですが。……ゆえに、心配性な村人さんは、わざわざ電気に加えてランタンの明かりを枕元に置いて寝たりするそうですよ。……電池もったいないですけどね!』

『そりゃそーだ!』


 最後は、そんな冗談めかした言葉で終わっていた。エンディングトークをして、動画は終了。この内容を十五分以内で収めているのだから、やっぱり人気ユーチューバーは凄いなあと思ってしまう。YouTubeの動画は、長すぎると再生数が下がることでも有名だ。短く編集し、視聴者を引き寄せる工夫をするのもまた一つの才能であり努力でもあるのである。


――しっかし……結局、下蓋村の怪物、は“いない”か“わからない”が通説なのかあ。


 これは困った。紬はテーブルの上に突っ伏した。

 下蓋村の言い伝えをモデルに、なんならそのまま流用しようと思っていたが、それは少々考えが甘かったということらしい。

 同時に。動画を見たことで少し印象が変わってしまった。それは地下にいるどんな怪物よりも、生きた人間の方が恐ろしいのでは?ということである。なんせ、気に食わない人間を消すために、いるかどうかもわからない邪神をでっちあげた神職がいたかもしれないというのだから。


――むしろ、そういう方向で話作った方がいい?


 それもありかもしれない、と思い立つ。

 つまり、邪神やあやかしによって祟りが起きるのではなく、実は生きた人間の仕業でした!という結末にするのだ。誰かが祟りを装って、村人を次々惨殺している話にするのはどうだろうか。そして、それを村全体で黙認しているとすれば?

 祟られた人間が置きあがって襲ってくる展開にはできなくなるし、“何故殺人鬼を村全体が匿っているのか?殺人鬼は何故殺人を犯すのか?”という問題を解決する必要が出てくるが。


――なんなら、村全体がカルト教団に染まってるってことにする?……日本人って宗教アレルギーだし、それはそれで共感呼べるかも……。


 そっち方向で一つ考えてみようか。ノートの新しいページを開き、紬が新しく文字を書き始めた時だった。


「え」


 突然、部屋の電気が消えてしまったのである。

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