第10話 消えて、そして……

 汐音と話し合ってから数年が経過した。


 あれから色々とあったが、俺と汐音は結婚した。


 もちろんフリーターはやめて、正社員になった。


 最初こそ控えめだった汐音だが、今では性欲を抑えることをやめたようで、毎日襲われる。


 嫌ではない、むしろウェルカムなんだが、子供の前ではやめて欲しい。


 俺と汐音には子供がいた。


 名前はひらがなでしだれ。


 汐音が昔、抱き枕ちゃんに付けようとした名前だ。


 ちなみにその抱き枕ちゃんは消えた。


 別に日光を浴びて灰になったとかそういうことではない。


 汐音と話し合った日の夜に居なくなっていた。


 お腹が空いたら帰って来るだろと思い最初は気にしてなかったが、いくら経っても抱き枕ちゃんは帰って来なかった。


 探そうにも、抱き枕ちゃんが本気で隠れたら俺には見つけることはできない。


 何せ見た目を変えられるのだから。


 だから俺は待つことにした。


 そして今に至る。


 結局抱き枕ちゃんは帰って来なかった。


 あれは長すぎる夢だったのかもしれない。


 そんなことを考える日もある。


 隣に可愛い妻を寝かして、他の女のことを考えてる俺は最低なんだとも思う。


「ちちよー」


 いきなり部屋の扉が開いて幼女が入ってきた。


「その呼び方はなんとかしろ。そして夫婦が一緒の部屋に居る時はノックをしてから少し待てと言ったろ」


「実の娘をほったらかしにしてプロレスごっこを堂々としてる夫婦に使う気遣いなんて、ははの中に置いてきたのじゃよ」


「その喋り方もやめろ」


 しだれはたまに喋り方が特殊だ。


「ちちは最近の流行に疎いからな。今はこれがブームなんじゃよ」


「いつの時代だよ。これがネット世代ってやつか」


「残念、テレビを見る年代なんじゃよ」


 テレビを見ない世代の俺には何も言えない。


「ははの隣で別の可愛い女のことを考えているちちよ」


「お前は本当に何歳なんだよ」


「よんちゃい」


 しだれが指を四本立てながら言う。


「そういう時だけ年相応になるな。それでなんだ?」


「たまの休みなんだから、わらわと遊んでくれていいんだぞ? ははとは毎晩お楽しみなんじゃから」


 要は遊んでくれとのことだ。


「そうだな。いつも一人にさせてる分、休みの日ぐらいはお前と一緒に居るか」


「わらわとしては、仲睦まじいちちとははを見てるのは好きじゃがな。だが、わらわは隣の部屋にいるのだから、声は抑えさせて欲しいものじゃよ」


「それは知らん。汐音が自分から襲ってくるのに、やり返すとたまにしおらしくなるから可愛くて」


「はぁ、わらわは何人兄弟になるのやら……」


 しだれが「やれやれ」といったように首を振る。


「では行くぞ。ちちに最近のブームを教えてしんぜよう」


 そう言われて俺達は最近流行りのアイドルグループ鑑賞会を始めた。


 よくはわからないが「吸血系アイドル」らしい。


 そして喋り方があいつと同じで「のじゃ」なんかの喋り方。


「楽しいか?」


「楽しいな」


「一つ聞いていいか?」


 俺はテレビの画面を見ながら隣の幼女に声をかける。


「……なんじゃ?」


「なんでそんなことをするんだ?」


「なんのことじゃ?」


「嫌がらせか? それとも俺に恨みでもあるのか?」


 俺は淡々と隣の幼女に言う。


「だからなんのこ──」


「しだれはもう


 しだれは生まれてすぐに死んだ。


 理由はわからない。


 正確には、頭に入ってこなかった。


「たまにしだれの姿で俺の前に来るけどさ、なにが目的なんだよ。俺への嫌がらせならもっと違うのにしてくれよ。汐音の前ではやらないのはそういうことなんだろ?」


 汐音の前でこんなことをやっていたら、俺はこいつを許していない。


「……だめだね。悲しむれいじを救いたくてやってたのに、逆に傷つけてたんだ」


 隣のしだれの姿の幼女の見た目が変わった。


 その姿は抱き枕ちゃん(ロリモード)になった。


「なんで俺達の前から消えたお前がこんなことをした?」


「さっきも言ったけど、れいじを救いたかったの。でも人間の気持ちを理解してない私じゃだめだった……」


 抱き枕ちゃんが膝をかかえて丸くなった。


「なんで消えたんだ?」


「邪魔したくなかったんだよ。だからその間はアイドルの育成してたの」


 抱き枕ちゃんはそう言ってテレビを指さした。


 どうやら「吸血系アイドル」は抱き枕ちゃんが作ったグループらしい。


「私って人間の食事を必要としないから、あの娘達から少しずつ血を貰ってるんだ。私はお金いらないからその分あの子達に回ってウィンウィンでしょ?」


「一人から一日分じゃなくて、一日分を少しずつ貰うことにしたのか。それはわかったが、なんで俺の前にまた現れたんだ?」


 実際待ってはいた。


 しだれの姿で現れたのが抱き枕ちゃんだってのも気づいてはいた。


 気づかないフリをしてはいたが、理由は結局わからなかった。


「しだれが死んでから汐音は俺を毎日求めるんだよ。だけど子供はもう作りたくないみたいだけどな。俺はそんな汐音の居るこの場所にお前が来た理由を聞きたい」


「……救いたかったのはほんとだよ。れいじだって今にも死にそうな顔だったから。だけど実際はまた会いたかったんだと思う」


「だったら普通に来れば良かっただろ」


「うん。そうしてれば良かったんだよね。でも死にそうなれいじを見て失敗した」


 抱き枕ちゃんの方から鼻をすする音が聞こえてきた。


「ごめ、んなさい。うれし、かったの。なま、えをもらえて」


「前の名前ってそんなに嫌だったのか?」


「うん。前は『冷血』って呼ばれてた」


『冷血』要は冷たい奴ということなのだろうか。


 抱き枕ちゃんからは想像がつかない。


「私は吸血鬼の女王の一人だったの。無慈悲に人を殺していたから『冷血女王』になった」


「……」


「言い訳になるかもだけど、私は無害な人は殺してないよ。私を殺しに来た人だけを殺してた。あの頃はそれだけで血が足りるぐらいに来てたから」


 吸血鬼とは、話の中だけのものだと思っていた。


 抱き枕ちゃんは特例で、きっと一人しかいないものだと。


 だけど実際は数ある中の一人、しかも女王とのこと。


「だから私に『冷血』以外の名前をくれたのが嬉しかった。親近感はあったんだけどね」


「冷血がれいじって読めなくもないからか?」


「うん。実際には令字は優しくてあったかい人だから、私とは全然違うけど」


 抱き枕ちゃんが涙で顔を濡らしながら作り笑いを浮かべる。


「どこがだよ」


「え?」


「お前は最初から優しかっただろ。寝てる俺をちゃんと起こしてから血を飲もうとしたり、血を飲む量だって俺を気遣ったくれた。それに汐音との仲直りの時だって方法だけじゃなくて、力を貸してくれた。今回だって、やり方は最悪だったけど、俺の為だったんだろ? それのどこが『冷血』なんだよ」


 抱き枕ちゃんはどこも冷たくない。


 強いて言うなら肌がひんやりしてる程度だ。


 いつでも優しく、いつでも他人を思っている。


「抱き枕ちゃんは優しい奴だよ。俺が保証してやる」


 俺はそう言って抱き枕ちゃんの頭を撫でた。


 すると抱き枕ちゃんが大泣きして俺に抱きついてきた。


 しばらくはそのまま抱き枕ちゃんを抱き続けた。


 頬を濡らした汐音に「うわきものー」と言われて背後から抱きつかれるまで。


 その日から俺達は三人で暮らすようになった。


 そのおかげか、汐音の性欲が学生時代程度には収まったので、今度は反動で俺が汐音を襲うようになったが、それはまぁどうでもいいことだ。

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寝ていたら吸血鬼に起こされたので、キレて抱き枕にしたらとても安眠できた。 とりあえず 鳴 @naru539

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