第5話 寄生型妖乙

『寄生されました! 誰か助けて!』


 ダカダカダカッと打ち込む。


“ハァ? 何言ってんだコイツ”

“生魚とか食ったのか? アニキサスとか? ぽんぽんペイン?”

“食い意地悪いからだ。リリカナざまぁ”


「そういう事だけど、そういう事じゃないぃぃいい!!」


 衝撃の触手inお腹事件から一夜明けたが、詠歌は驚くほど元気だった。


 むしろ身体の調子はすこぶるよい。しつこかった頭痛が消えていたし、こびりつくようなだるさもない。寝不足でいつまでも消えなかった目の下のクマもきれいさっぱり無くなっていた。


 ただ、一つ問題がある。


『げはははは! お前マジで人気ねェな! こんなに嫌われてるVtuberほかにいねェよォ!』


 頭の中で響くおつの馬鹿笑いを除けばだ。


「うるさいぃぃ……、頭の中でしゃべるなぁ~」


『テメェが嫌われた原因教えてやろうかァ? まず言動がうざぃんだよォ! 無駄にテンション高ェし、耳に刺さるんだ。いっつもそのテンションだろうが。ちょっとは変化つけやがれよォおお。落ち着いた雰囲気でしんみり喋ったり、視聴者の相談聞いたりするんだよォ』


「うるさいうるさいうるさい! そんな事、化け物に言われたくないぃぃい! っていうか、なんでそんな事しってるの!?」


『そりゃあ、テメェの配信見てたからなぁ。ザマァねぇ。ひどい配信だったなぁ』


「なんで妖がVtuberなんか見てるのよぉ……。い、いつから?」


『チャンネル開設当時からの古参だぜェ』


「はぁぁぁああ!!?? じゃあ、生誕祭の時もいたの!?」


『いたぜェぇえ』


「じゃあ、何であの時退出したのぉぉぉおおおっ! 私めちゃめちゃ傷ついたんだけどぉ! 信じられない信じられない!」


『怒るとこそこかよ! げはは、おもしれー女だなァテメェ』


「うるさいうるさい! 愚民なら愚民らしく、私のいう事聞きなさいよぉ!」


『嫌だねぇ! むしろお前が俺の言う事聞けやァ!』


 乙は頭の中で騒ぐばかりで、直接操ったり、害したりはしないようだった。だが、身体の中に住みつかれているというのは気持ちのいいものではない。


(どうしよう、どうしよう、どうしよう……、とりあえず妖なんだし滅する方向で……、ああでも、もう破軍巫女じゃないしぃい……、あ、オババたち!!)


 詠歌は急いで電話をかけようとした。


 連絡先は、彼女の育ての親であり保護者である退魔組織の老婆たちだ。厳しくて人でなしでちっとも優しくないあのオババたちだって退魔陰陽師だ。妖関連であれば頼りになるはず……。


 そう思ったのだが。


「な、ん、で、出ないのよォぉおおお! オババたち電話に出ないぃぃいい! なんなのアイツら! 連絡無視すんのよぉぉ!」


 陰陽寮からは連絡は二ヶ月に一度。面会は一年に一回と言われていた。どうしても必要なものは、月の連絡の際にまとめて言えと言われている。必要以上にかかわりは持つなと暗に言われていた。


 今まであえてこちらから連絡をしたことは無かったものの、まさか無視されるとは思っていなかった詠歌は地味にショックを受けた。


『てめーが邪魔だからじゃね? 力を失った破軍巫女とか、足手まといでしかないしなァ。殺されてないだけ有情なんじゃねぇかなァ、げははは!』


「ううう、嫌い嫌い嫌いぃ……」


 陰陽寮おんみょうりょうは正式には『国家こっか退魔たいま陰陽寮おんみょうりょうかなで』という。平安の世から続く由緒正しい、国の秘密組織だと聞いていた。


 詠歌は、物心つく頃からそこで育った。両親のことはあまり覚えていない。気が付いた時には退魔陰陽師としての修行をさせられていた。


 詠歌はいま十六歳であるが、十歳のころには、破軍巫女としての力を覚醒させている。陰陽寮の最終秘密兵器として、影から国を脅かす妖たちをちぎっては投げちぎって投げしていた。


 だが、力を失ってからの詠歌はすっかり邪険にされている。妖の怨霊につけ狙われているから保護しているという名目だが、組織の内情を知りすぎている詠歌を放置もできず、実質的な監禁状態になっている。


『なぁ、お前よぉ、あんなクズども頼ってどうするんだァ? 力がある時だけ、良いように使って、駄目になったらあっさり捨てたクソだぞ?? それによォ「身体の中に妖が居ます。助けてください」っていうのかぁ? そんな事したらお前ごと消されるぞ? 黙ってるのが身のためだぜェ……』


「そ、そんなこと……ッ」


 ――無い。と言いたかった。だがそう言い切れない。


 苛烈かれつで鳴らした退魔陰陽師たちは、妖の存在を許さない。だが、自分の中にいる乙を選んで滅せるのか。少なくとも詠歌は方法を知らなかった。仮に出来たとしても、手間がかかるかもしれない。それならいっそ役立たずの自分ごと消そうするのでは……。


「あり得るぅぅぅううう!!」


『だろォ? 中に入られた時点でお前は詰んでんだよォ! 諦めろばぁーかぁ!』


「うわぁぁぁああん! ひどぃぃぃ!!」


『けけけ、けけけけ!!』


 頭の中で爆笑する乙と、詰んでいる自分の身の上に絶望しかない詠歌だった。


「じゃあ、じゃあさ! 私はどうすればいいの! 生活もできなくて、妖魔に乗っ取られて、挙句に殺されるかもって? ふざけないでよぉ!」


 詠歌はおいおいと泣いた。彼女の情緒はぐちゃぐちゃだった。もう何に悲しんで何に怒っているのかさっぱり分からない。


『あー、笑った笑ったぁ! ――まぁ、そう泣くなよ。テメェが可哀そうなのは今に始まったことじゃねぇだろ? 悪いようにはしねェって。身体の調子もいいだろォ? ほれ、立てな? 涙ふけよ』


「ううう、何よ急に優しくしてぇ。確かに体の調子はいいけどぉ……」


 そう。朝から体調だけは絶好調なのだ。不思議な事に。


『確かに俺はお前に寄生した。だがな、乗っ取る事はできなかったんだよ。俺は。俺もこうなったのは不本意なのよ。だから、ある程度は協力してやろうって思ってんだぜェ』


「協力って……」


『俺は役に立つぞ。お前の悩みを消してやらァ』


「そんなこと信じられるわけ……」


『その代わりにお前が我慢するべきなのは頭ん中でギャーギャー騒がれるぐらいだ。お前寂しかったんだろォ? 話相手ができたくらいに思っとけよォ?』


「いや、そんな風には」


『うるせぇ。納得しろ。涙ふけ。そんで立つんだよォ』


「ええええ」


『シャキッとしろ。お前は生きてるんだろうが!』


「い、生きてるけどぉ……」


『生きてりゃいいコトあるぜェ。こう見えて俺は長生きな妖でよぉ。人生経験豊富だからお前に色々教えてやんよォ。こうして共生関係になったんだからなァ』


「そ、そうなんだ。すごい……ね?」


 詠歌は詠歌で人付き合いが苦手である。そのうえ流されやすい性格でもあった。早口でつぎつぎと言われると、正直、何が何やらわからなくなってきた。


 乙と名乗る妖魔は、『ほら、元気出せ』『考えてもどうしようもないコトぁ、考えねぇのが楽しくやるコツだぜェ』なんていう。


 何コイツ、私のことなぐさめてる? こんなに泣いてるの誰のせいだと思ってるの? そもそも、なんで敵に慰められなくちゃいけないの? と詠歌は思ったが、口には出さなかった。


『俺を寄生させてるうちは身体のことは面倒見てやるよ。俺たちは一心同体だからなぁ……。で、だ詠歌ァ。お前メシィ食ってるのかァ?』


「ごはん……? 食べてない、けど」


『クソみたいに痩せやがって。家の中、弁当の残骸とエナドリばっかじゃねぇかァ。テメェ、自炊してねぇのかよ? 健康的な生活は飯からだぞ、お前ェ』


「――はぁ? そんなの今はどうでも」


 と言いかけて、お腹がぐうと鳴った。

 お腹の中には触手がいるのに腹は減るらしい。


『材料はあるかァ? ああ、弁当をネットスーパーで頼んでるのか。じゃあいいや。お前今すぐ俺の言う通りのもん、注文しろやァ』


「な、なんであんたの言う事聞かなきゃいけないのぉ……」


『うるせえ、腹食い破んぞ』

「ひぃぃ……」


『一心同体って言っただろうがよォ……。俺様は寄生型妖だぜ? 宿主が健康じゃねぇと駄目なんだよォ……! オラ、今すぐ健康になりやがれ! じゃねぇと食い破る!』


 声に合わせて詠歌の薄い腹がぐねぐねと動く。


「い、いやあああ!」と詠歌は恐怖した。


『時は金なりなんだよォ……ハリーハリーハリーだぁ!』


 触手の化け物の癖に、乙は我が物顔で詠歌に命令するのだった。


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