第4話 お届け仙丹、霊力ひゃくまんばい(嘘)

 詠歌に届いたのは小さな小包だった。


 なにこれー。宛先も何もないんだけど? と警戒しながら開けると紙に包まれた丸薬がいくつか。それと手紙が入っていた。


『奏詠歌様。日々お困りと存じます。同封の仙丹は霊力復活薬です。一日一錠を内服していただければ、失われた力はたちまちに復活します。私は『破軍巫女』の復活を望む者です』


 はぁ? 何これ。怪しい。いきなり送り付けてきてなに様? こんなの飲むわけないじゃん……と詠歌は呆れた。


 ☆★☆彡

 

「ぎぼぎわ"る"い"い"いぃぃ」


 一時間後、詠歌は床でのたうちまわっていた。


 明らかに怪しかった薬だ。だが彼女は飲んだ。それも全部一気に。という文面に目がくらんだからだ。そしてすぐに後悔することになった。


「あついよ、身体が、あつい……」


 飲んですぐ全身が燃えるように熱くなった。汗が止まらなくて眩暈も始まった。目の前がチカチカする。視界がグルグル回る。ハァハァと荒い息で床を這う。


 やっちゃった! 飲まなきゃかった!!


 そう思うが後の祭りである。


「騙ぁ、まぁ、さぁぁああれたぁああ!」


 こんなに苦しいということは、毒か何かなのだろうか。

 自分はどうなるの? 死ぬの? 思考が空転する。


 このまま死んだら、孤独死として処理されるの? 陰陽寮のオババたちは一年に一回しか見に来ない。ぐずぐずの腐乱死体、もしくは干からびたミイラになって発見されるのは嫌だよぉ~~っ! と、そう思った。


「誰か、助けてぇ……」


 次は吐き気が襲ってきた。こみ上がる気持ち悪さに耐えられず、腹の中のものをすべてぶちまける。そのとたんに身体から力が抜けた。


 自らの吐しゃ物の中にべしゃりと突っ伏す。臭いし汚い。だが詠歌にはどうすることもできなかった。


(あ、もうだめか……)


 絶望である。


「短い一生だったよぉ……」


 朦朧とする意識の中で手を伸ばした。だが、その手を取るものは誰も居ない。


 ☆★☆彡


 だが気が付くと、楽になっていた。

 詠歌がゆっくり目を開けると、伸ばした手に触れるものがあった。


(なにこれ……、なんかにょろにょろしてる? こんなのあったっけ?)


 にぎにぎすると、うにょうにょした。


 そのうにょうにょはペシリと詠歌の手をはたくと、視界の隅に消えた。


 まだ朦朧とする詠歌の前をひゅんひゅんと飛び回る。それは、細長くてピンク色の紐のようなもので、それがせわしなくぺたぺたと詠歌の身体を触ったり離れたりしているのだった。


 それだけではない。どこからか声も聞こえて――


「――ちっ、やっぱりだァ。龍脈の流れがおかしいと思ったよテメェ……、なんで全部飲んでんだボケナスがァ……。一気にいったら負荷かかるにきまってるだろうが馬鹿かよォ。経絡もずたずたじゃねぇか、この野郎がァ……」


 一日一錠だって書いてただろうが。とブツブツ言いながら、詠歌の身体に触る紐の親玉。その先にあるのは肉の塊だった。脳みそみたいな桃色の肉。そこから触手がうねうねと伸びていて、詠歌の身体をまさぐっていたのだ。


「――ひ。なに、何これ!! ムグゥ!?!!???」


「しゃべんなァ、脳みそすっからかん巫女ォ……、騒ぐと煩せぇんだよぉ……。黙っとけよォ……」


 悲鳴を上げかけた詠歌の口に触手をぶち込んだまま、その触手の塊は詠歌の頭をぐるりと向けさせた。


 気づくと手足も拘束されている。至近距離から見るそいつには目があった。険しくて三白眼で、性格の悪そうな男の目だ。


「あーあー……、天下の『破軍巫女』様が今やこんなクソゴミカスメスガキとはよぉぉお……、時の流れは残酷だなぁオイィぃイイ……、だがまぁ安心しろや、俺が手助けしてやるからよぉぉォォ」


「むぐむぐぅう! むぐぅ!」(あ、あんた何! どうやってここに!)


「あーあァ? 聞こえねぇなぁ!? はっきり喋れやオラァオラァ」


 ぐわんぐわんと頭をゆすられた。この触手塊、頼りなさそうな見た目をしている割に力が強い。ゆすられて詠歌は目がちかちかした。


「だが、お前の考えてることは分かるぜぇ……まず一つ、俺は何者か? 答えてやろう。俺様は寄生型妖の『おつ』という。てめーが殺しまくった妖の生き残りだぁ……。二つ目、俺はどこから来たか? この家は結界に阻まれてるからナぁ……、妖も怨霊も入れないもんなァ……?」


 至近距離で乙と名乗る触手が嗤う。詠歌はその恐ろし気な顔にぞっとしたが、何もできないし、乙の言うことが気になったから、こくこくとうなずいた。


「テメェが、バカみたいに一気食いしたあの丸薬だよォ! あれの中にあったのが、俺の種だったんだよォ! 一日一回ずつ大人しく食ってりゃ、少しずつてめーの身体を乗っ取れる算段だったのによォおお、バカが一気食いしやがるから、乗っ取る前に育っちまったじゃねぇか、クソがよぉぉお」


 雷に打たれたようなショックを受けた。


 ということは、さっきは自分が吐き出したのが、この気持ち悪い妖魔だというのか。自分のお腹の中からこいつが出てきた? というか、今さっき『生まれた』って言った!? 詠歌は無意識に自分の下腹部を見た。


「ああ、そうだよ、俺はお前からできてんだよ、ナぁ、ママぁ??」


「むぐむぐぅ!」(ママとかいうな気持ち悪い~~!)


「おーおー、気が強いじゃねぇか、まだそんな目つき出来るんだなぁ、さすが破軍巫女様だァ……だが」


「うぐぅ!?」


 腹にずんときた。何か重いものが中に入ってくる感覚。いやそれは感覚だけじゃない。ずるずると、詠歌の口の中に突っ込まれた触手が中に入ってきているのだ。


「仲良くしようぜぇ……、俺もお前が必要なんだよォ……」


「むぐぅ――! むぐぅ――!」


 あっという間に、触手は詠歌の中に入ってしまった。最後に手足を縛っていた触手がしゅるんと口の中に入ると、そこには最初から何もなかったかのように、青ざめた詠歌だけが居た。


「ゲホゲホっ、ぇ……入って……?」


『あー、自殺しようとか、物理的に取り出そうとかすんなよ? その瞬間お前の腹、食い破ってやるからなァ。それは死ぬより痛ぇ。さらに一回じゃ終わらねぇぞ。お前の心が折れるまで何度も何度も、治しては食い破り、治しては食い破りしてやるからよォ……!』


「ひ、ひぃ」


 その声は、頭の中から聞こえてきた。

 自分の中に、アイツがいる。理解した詠歌は絶望した。


『仲良くしようぜェ、破軍巫女様ァ? げはははは!!』


 乙の下品な馬鹿笑いを聞きながら、詠歌はまた気を失ったのだった。

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