捌 店主の置き土産(2)

 それから泣くだけ泣いた後、茫然自失として丸一日を俺は過ごした……。


「……そういえば、あいつらどうしてるんだろう?」


 翌日もぼんやりと呆けてベッドの上で過ごしていた俺は、ふと悪友達のことを思い出した。


 聞いたところによると、俺は一週間も意識を失ったままでいたようだ。あいつらもきっと心配していることだろう。


 残った左手で枕元の携帯を手に取り、俺はメールをチェックしてみる……当時はガラケーだったし、今のようにSNSも発達していなかったので、通信手段はもっぱらメールか電話するかである。


「なんだよ、冷てえな。誰も心配してねえのかよ……」


 だが、あいつらからのメールは一通も受信していないし、留守電はおろか不在着信も一件たりとも入ってはいない。


 友達が大怪我を負う事故したってのに、なんとも薄情なやつらだな……。


 最初、そんな当たり前の感情を抱き、俺は独り不貞腐れたのだったが。


「……いや……もしかして、あいつらも俺と同じように……」


 一瞬の後、今度はある不安が俺の心を支配する……。


 あの店主に取り憑かれていたのはあいつらも同じだ……だったら、俺と同じような災いが、あの四人の身の上にも降りかかっているんじゃないか?


 確かめてみなくては……俺は携帯を操り、通話履歴の一番上にあったエバラにとりあえず電話しようとしたのだったが。


「よう? 生きてるか?」


 その時、不意に部屋の入口の方から、よく知った声が聞こえてきた。


「……!」


 その声に上体を起こしてみると、そこには今まさに電話をかけようとしていたくだんのエバラ本人がタイミングよくも立っている。


「エバラ……おまえ……」


 だが、俺が知るエバラと、今、俺の前にいる彼とではその姿形が少し異なっている……俺と同じ水色の入院着を着て、松葉杖を突いて立つヤツの下半身に右脚はなかった。


「おまえは右腕か……俺は右脚だよ。おまえと同じようにバイクでやっちまった……」


 エバラは物憂げな苦笑いを浮かべながら、失した右脚を見せびらかすようにしてそう言う。


「俺やおまえだけじゃないぜ? 腐れ縁ってやつだな。みんなここに入院してんだ……動けんならちょっとツラ貸せよ」


 そして、思わぬことを口にすると、器用に松葉杖を使って踵を返し、俺を誘って廊下へと出てゆく。


「……え? あ、ちょ、ちょっと待てよ……」


 俺は一拍置いた後、痛みの残る身体に鞭打つと、慌ててベッドを出てエバラの後を追った──。




「──やあ! タカロウも元気そうじゃないか」


「ま、お互い、あんまり元気とはいえない有り様なんだけどな」


 俺達の姿を見ると、ミハラが場違いに暢気な声をあげ、サンロウが皮肉混じりに苦笑いをその顔に浮かべる。


 エバラについて公共スペースの休憩所へ行くと、そこにはミハラとサンロウがすでに来て待っていた。


 二人ともやはり水色の入院着を着ており、ミハラは左の袖の中身がなく、サンロウは左脚を失うと車椅子に乗っている。


「おまえらもか……」


 他人ひとのことは言えないが、俺は二人の痛々しい姿を交互に見つめながら、まさかのこの状況に驚いて呟く。


「なんか寝覚めもよかったし、久々に鍛錬もかねてチャリで学校行こうとしたんだけどさ、その途中で2トントラックにはねられたんだ。居眠り運転だったみたいだね」


「俺は親が乗せてってくれるってんで、たまにはいいかと助手席に乗ったんだが……交差点で酒気帯び運転の車に思いっきり突っ込まれた。おかげで車の左側は俺の左脚ごとペシャンコだ」


 事情を尋ねたい俺の心情を察してか、二人はそれぞれ、そう言って簡潔に起きたことを説明してくれる。


「やっぱり、おまえの所にも現れたんだろう? ……あの店主が」


 そして、サンロウは不意に真顔になると、俺もなんとなく予想していたことを敢えて口に出して確認する。


「ああ……じゃあ、おまえらも言われたのか? なんか、まとめて一頭分で許してやるとかなんとか」


 俺はそれに頷くと、もう一つ、やはり確かめてみたかったことをこちらもサンロウ達に尋ねた。


「やっぱみんな一緒だな……住職の言ったとおり、まだ完全に除霊しきれてなかったってわけだ」


 俺のその問いに三人は首を縦に振ると、エバラがまさに言いたかったことを代弁してくれる。


「でもよ、まとめて一頭分ってどういう意味だ?」


「おまえ、俺達のこの有り様を見て何か気づかないか?」


 エバラの言葉を受け、俺がさらにその疑問を口にすると、逆にサンロウが意味深長にもそう訊き返してくる。


「何か気づく? ……いや、全員、事故で大怪我負ったぐらいしか……」


「失った身体の部分だよ。全員、見事にかぶってないだろ? ていうか、まるで各々にその部分を分担してるかのようだ」


 質問の意図がまるで掴めず、正直なところを呟く俺に、サンロウはまたも思わせぶりな、そんな謎かけを返して寄こした。


「分担?」


「おまえが右腕、エバラが左腕、ミハラが右脚、そして俺が左脚だ……あとは頭と胴体さえあれば、人間一人分…いや、肉屋の感覚でいえば一頭分になると思わないか?」


 オウム返しにまたも呟くと、サンロウはその答えを解説してくれる。


「一頭分……じゃ、じゃあ、店主が言ってたのって、こういう……」


 そこで、俺はすべてを理解した……ヤツは、俺達一人々〃から各部位を少しづつ奪い、それで人間一人分をあがなわせようというのだ。


「でも、それなら頭と胴体は……いや、待て。そういえばモッチャンはどうした? あいつだけ無事だったのか?」


 今さらながらだが、ここまできてようやくにも、俺はこの場に一人足りないことに気づく……モッチャンがいないのだ。


 あいつだけ事故らず、ここに入院してもいないのか……だが、そんな希望的観測とは正反対の、最悪な予想が俺の脳裏を過ぎる。


「じつはな、俺達がそれぞれに事故ってたその日に、モッチャンは踏切で電車にはねられて死んだんだ。目撃者の話だと、なぜか踏切下りてるとこへふらふら入ってったらしい……」


 その最悪な予測を、淡々と語るサンロウの言葉が現実のものへと変えてゆく。


「たぶん即死だろう。ぶつかった衝撃で四肢はちぎれ飛び、現場は惨憺たる有り様だったみたいだ……けど、いくら探しても見つからないんだよ。モッチャンの頭と胴体が……だから、葬式も腕と脚だけを棺桶に入れてやったそうだ……」


 頭と胴体……俺達四人の両腕・両脚にそれを足せば、ちょうど人間一人分の人肉コンプリートだ。


「じゃあ、モッチャンだけ腕や脚じゃなく、反対に頭と胴体を店主に持ってかれて……」


「人肉館じゃ一番あいつがチョげてたからな。それに動画撮ったのもモッチャンだったし……それで、一番デカい部位の担当にされたんだろう……けど、そこ取られたらさすがに命もないからな……」


 俺が譫言のように言葉を漏らすと、サンロウはどこか遠い目をして、悲しむでも憤るでもなく、まるで他人事ひとごとみたいな淡々と口調でその違いの理由を推測する。


 友人の死を前に、なんとも薄情に感じられるかもしれないが、その反応はサンロウばかりではなく、俺やエバラ、ミハラにしても皆同じだ……あまりにも非現実な人智を超えたこの状況に、感情がまったくついてゆけてないのだ。


 この世には、けして触れてはならないものがある……休憩所の大きなガラス窓から人肉館のある方向を眺め、俺はそんな教訓じみたことを、ただただぼんやりと思っていた。


 以上が、俺と悪友達が体験した地元の心霊スポットにまつわるヤバイ出来事だ。


 最後に一つ、軽い気持ちで心霊スポットへ行かない方がいいことを、その道の先輩として忠告しておこう……後で後悔したところで、その時はもう手遅れなのだから。


(人肉館 了)

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人肉館 平中なごん @HiranakaNagon

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