第17話 ④班――高橋曜介
目標となる川に到着したのはいいが、雨による増水の危険が高い。
鉄砲水の恐れがある中、川岸を進んでいくのは、さすがに自殺行為だ。本来の川床を見失うかもしれないので、岸から離れつつも川が見えるように歩く、という方法も勧められないだろう。
ここは大人しく、雨がやむのを待つほうが賢明だ。
そう決めて、近くに簡易的な寝床を作った。幹に倒木を立てかけ、「へ」の字を作ったら、そこに雨風を凌ぐための葉を加えて、屋根の代わりとするのである。欲を言えば、火を起こせていないので、本当は樹上などの高所に、休める場所を作ったほうが虫を避けられたのだが、そこまでの造りは望めなかった。
寝床を仕上げてしまえば、ほかにはもうすることがない。
せいぜいが、交代して互いに見張りをしながら、眠ることくらいである。
そうやって起きている間ずっと、
寝て体力が復活すれば、再びみんなで食べ物を探す。
あとはひたすら、降雨が穏やかになるのを待った。
※
丸一日くらいは経過しただろうか。
気がつけば、三人は川沿いを歩きだしていた。
思っていたよりも岩肌が鋭い。
転ばないよう、一層の注意が必要だろう。
「……」
昨日は濁りきっていた川の水も、今日は透き通るほどに綺麗だ。
魚はいないのかと、時折、
パースに来てからというもの、食料は常に不足している。
こんなことならば、干からびた
「ちょうどいいから、俺たちもここで体を洗ってしまおうか。いい加減、みんなも体のべたつきがうざいんじゃないか? 今なら見通しもいいし、不意の遭遇はないだろう」
たとえ、衛生面で変わることがなかったとしても、個々人のモチベーションを維持できるのであれば、積極的に取り入れていったほうが、最終的にはよい結果が得られる。それがわかっているからこその発言だろう。
体がべたつくのは、汗に含まれる塩のせいである。
では、なぜ塩が含まれているのかと言えば、汗を作るのに必要不可欠だからだ。元々、汗は血液を原料に産生される
浸透圧という言葉を、難しく考える必要はない。干からびたレタスを水に漬ければ、しゃきしゃきとした食感が戻って来るようになる、あの現象が浸透圧だ。濃度の濃いほうへと向かって、低いほうから水などが移るという点に、この現象の眼目がある。
したがって、もうおわかりのように、血中よりも塩分濃度を濃くした汗の工場に、水が移動することになる。その定量は、血中の濃度と同じになるまでである。言い換えるならば、汗の原液には、多量の塩が含まれているということだ。この状態での出荷は、商品としては望ましくない。生命の維持に塩は不可欠なので、やたらめったら、気軽に体外に排出するべきではないし、塩を含んだ汗は蒸発しにくくなるので、体を冷やすという目的にもそぐわなくなってしまう。ゆえに、商品の包装――汗の原液から塩を回収する、という作業が行われるのである
翻って、体を冷やすという脳からの命令が、商品の包装速度よりも、遥かに強まってしまった場合はどうか? つまり、酷暑などの環境においては、命を守るために、よりスピディーに汗が排出されるわけだが、この場合には、塩の回収が間に合わなくなるため、皮膚を流れる汗もべたつくものとなる。これが嫌な汗の正体である
水の流れ。
うずくまるようにして川床に体を着ければ、瞬く間に皮膚に潤いが戻っていく。それは、生き返るという表現こそふさわしい。
文明の高さが、皮膚の清潔さに比例していると言っていたのは、たしか安部公房だっただろうか
中休みを終え、再び④班と合流するべく歩きだせば、ふと
自身の懸念を
「だから前に言ったろう、
言うが早いか、まもなく
遠目にも見えるのは、素っ裸で水浴びをしている若い男。
やがて近づいていけば、それが④班の
だが、気は抜けない。
彼らが戻りたい派・戻りたくない派のどちらであるかによって、
※
*1:三橋淳(2012)「第二章 虫の食べ方」、三橋淳編『虫を食べる人びと』、平凡社、pp. 23-9
ただし、生食は微生物などの関係で危険であると、著者は続けている。
*2:同上。
*3:菅屋潤壹(2017)『汗はすごい』、筑摩書房、pp. 25-6
*4:同上、pp. 45-7
*5:同上、p. 48
*6:安部公房(1981)『砂の女』、新潮社、p. 136
「文明の高さは、皮膚の清潔度に比例しているという」。
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