第18話 文句なしのろくでなし

 些細な挙動も見逃すまいと、相手の身振りに細心の注意を払いながら、⑤班は曜介ようすけへと近づいていく。


 僅かに離れた地点から、様子見を兼ねて真司しんじが片手を持ちあげた。

 挨拶の代わりだ。

 対する曜介ようすけは、こちらの存在に気がつくと、両手を頭上で振り回して、翔太朗しょうたろうたちを歓迎していた。


「⑤班じゃん! 元気していた? ってか、女の子もいるじゃん。いっけね、隠さね~と」


 言うやいなや、曜介ようすけは洗濯途中と思わしき衣類を、その身にまとい始めた。まだ服も乾いていないだろうに、中々にせわしないやつだ。


 そのお気楽な態度に、翔太朗しょうたろうたちはついつい面食らってしまう。

 これから合流する④班が、もしも日本に戻りたくない派であったらば、いったいどうしようかと、人並みに警戒しながら歩いて来たこれまでの道程は、何だったというのか。


 油断は禁物。とは言え、半分近くの緊張はすでに解けてしまった。

 ほっと息を吐いたことを悟られないよう、注意深く辺りを見回した真司しんじが、当然の疑問を口にする。


「お前ひとりか? ほかのメンバーはどうしている?」


 まるで事情を探るような聞き方であったが、曜介ようすけは何も気にしていないらしい。

 つまらないことを尋ねるなと言いたげでこそあったものの、こちらを疑うこともなく、正直に答えてくれた。


「ん? いや、権蔵ごんぞうの旦那ならあっちにいるぜ。フィニアスとは別れた」

権蔵ごんぞう……」


 独り言ちるような返答に、翔太朗しょうたろう真司しんじを訝しむ。

 だが、それには何も答えず、真司しんじは首を横に振ると、曜介ようすけに向きなおっていた。


「別れた?」

「あ~。だってあいつ、こんなところにまで来て、『殺人がして~』とか言っているんだぜ? 頭おかし~だろう」


 その言葉に、今度こそ翔太朗しょうたろう愛莉あいりとは、胸を撫でおろしていた。

 発言から察するに、そのフィニアスという何某は、十中八九戻りたくない派だろう。異世界での衣食住を整えるよりも前に、殺人衝動に駆られるような人間が、まともであるはずがない。間違っても、日本に戻ることなんぞ考えていないはずだ。


 裏を返せば、フィニアスと離れたからには、曜介ようすけたちが戻りたい派であると見込める。

 ラッキーだ。

 正式な協力関係を築けていない以上、喜ぶのはまだ早いとしても、少なくとも、肩の荷をおろすことくらいは許されるだろう。


 ④班に話がある。そう言って、真司しんじ曜介ようすけ権蔵ごんぞうのもとまで案内させた。

 茂みの先。

 巨木の一部が天然のうろとなって、雨風を凌げるようになっている。

 いい場所だ。

 こんなところを見つけていたのであれば、なるほど、そう簡単に移動はしないだろう。

 曜介ようすけの「旦那」という口ぶりから、薄々わかっていたことではあったが、もう一人のメンバーは中年の男だった。その姿を見るにつき、再び真司しんじがその名を呟く。


柴田しばた権蔵ごんぞう……」

「なんだ? どこかで会ったか」


 これまたずいぶんと面倒臭そうに、曜介ようすけの連れて来た翔太朗しょうたろうたちを権蔵ごんぞうは見回す。


権蔵ごんぞう、なんでお前が調査員なんかになっているんだ。お前は死刑囚じゃないだろう」

「えっ、そうなん?」


 驚いた声で聞き返していたのは、同じ班員の曜介ようすけだ。その様子に、権蔵ごんぞうが呆れるような視線を送っている。おおかた、本人が失念しているだけで、曜介ようすけには事情を話してあるのだろう。


 翔太朗しょうたろう愛莉あいりとも、真司しんじに言葉を促すようにして彼を見やる。


「ああ、こいつは懲役三十年を食らった大物だよ」

「よく知っているじゃねえか! 役満だぜ? 褒めてもいいぞ」


 言って、権蔵ごんぞうが卑猥な笑みを浮かべた。

 日本の懲役刑――つまり、罰として働けというペナルティーは、有期の場合だと、最大でも二十・・年にしかならない。ただし、これは一般のケースの話であって、ここから条件つきで一・五倍にまで跳ねあがる。


 有期というのは言葉どおりの意味で、期限が定まっているということである。したがって、期限の定まっていない・・・刑罰――無期刑は、当然ながら、有期よりも罪が重いことを意味している。無期懲役というのは、少なくとも三十年以上を指しているのだ。模範囚であるならば、十年も経てば無期懲役であっても、豚箱から出て来られるなぞとうそぶく議員は、仕事もしないで寝てばかりいるので、知らぬ間に頭の病にでも罹患したのだろう。嘘しか言わないのだから、いっそ辞職したほうが国のためでさえある。


 ゆえに、懲役三十年という数字は、上限いっぱいということであり、尋常ではない。


「何をやったんだ?」


 権蔵ごんぞうから視線を外さずに翔太朗しょうたろうが尋ねれば、同じようにして真司しんじが答えてくれていた。


「飲酒運転だ」

「常習犯か……」


 そうでなければ、加重刑罰(一・五倍)なぞ受けていないだろう。

 翔太朗しょうたろうの返事を肯定するように、真司しんじが肩を竦めれば、対面する権蔵ごんぞうは、その場で誇らしげに高笑いをあげていた。


「ハッハ! 酒も楽しい。車も楽しい。とくりゃ、飲んで運転するのが、一番楽しいに決まっているだろう? それだけのことだこった


権蔵ごんぞうの旦那は『三十年も酒が飲めないなんて、我慢できね~』って理由で、パースの調査員になったからな。筋金入りだぜ~。あっ! だから、死刑囚じゃないってことか、なるほどな~」


 手を叩いた曜介ようすけが独りでに納得している。

 パースの調査員は、日本各地の死刑囚がベースとなっているが、その一部には、権蔵ごんぞうのような重罪犯が含まれている。刑務所内での懲罰を恐れない、素行不良の囚人は、その規律の維持に想像以上の手間がかかるので、いっそのこと、パースに送ってしまったほうが何かと都合がよい、というのがその理由であった。ありていに言えば、駄々をこねた結果なのである。


「ちっ、余計なことまで喋ってんじゃねえよ。……それで、お前たちは何しに来た?」。


 本題に入る。

 その予感で一瞬、翔太朗しょうたろうたちに緊張が走った。

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