第16話 捜索の開始

 ④班と合流する。

 そう決心したはいいが、はたして彼らはどこにいるのだろう。


「居場所に見当はついているのか?」


 翔太朗しょうたろうが当然の疑問を口に出せば、対する真司しんじは困ったような、それでいてどこか相手を小馬鹿にするような、いかんとも形容しがたい、複雑な表情を浮かべていた。


「別れた時の姿を目撃しているので、大体の方向だけ――だな。最初の地点まで戻って、④班の足取りを追うのが堅実だろう」


 真司しんじの妥当な提案に対して応じたのは、翔太朗しょうたろうではなく愛莉あいりである。予想される懸念をもって、彼女は真司しんじに言い返す。


「それじゃあ、拳斗けんとの死体まで戻るって訳? 危険だわ。紫色の靄の正体だって、まだ掴めていないのよ?」


 真司しんじがダッフルバッグを取りに戻った時、擬朝焼ヴァイパーモスキートがその場からいなくなっていたのは、偶然の出来事に過ぎないだろうと、愛莉あいりは主張する。擬朝焼ヴァイパーモスキートが現象なのか、それとも生物なのかどうかさえ、まだ翔太朗しょうたろうたちにはわかっていないのだ。


 遭遇すれば一発でアウト。

 いくら愛莉あいりが心配性だからといえども、警戒するのは当然だろう。

 しかし、闇雲に捜索するのは無謀だと、真司しんじ愛莉あいりに尋ね返す。


「なら、ほかに何かいいアイディアでもあるのか? ないだろ」


 黙考。

 翔太朗しょうたろうは二人のやり取りを眺めながら、漠然と⑤班の状態を捉えなおしていた。

 幸いにして、愛莉あいりの足は感染症を罹患することもなく、順調に回復しつつあったが、まだまだ本調子とは程遠い。長時間の歩行は、なるべく避けるべきだろう。


 それに、④班の足取りを追うと言っても、彼らと離れてから、すでに数日が経過しているのだ。火も起こせなかった素人同然の自分たちが、サバイバルの心得を持たない中で、一体全体、どれだけのことができるのかは甚だ謎である。


 それならば、もっとスマートな方法があるのではないかと、翔太朗しょうたろうは口を開く。


「川はどうだ? 川を見つけられれば、それに沿って歩いていくことで、ほかの班の痕跡を得られるかもしれない。いくら雨水が豊富とはいえ、向こうだって、水浴びくらいはしたいんじゃないか?」


 口元に手を当て、しばらく頭を働かせていた真司しんじだったが、やがては翔太朗しょうたろうの意見に同意していた。


「まあ……たしかに。捜索範囲が狭いぶん、下手に動き回るよりも安全か。ナイスだな、翔太朗しょうたろう


 三人が移動を始める。

 歩く順番は、真司しんじ愛莉あいり翔太朗しょうたろうとこれまでどおり。最も怪我の少ない真司しんじを先頭に、念のため、翔太朗しょうたろうが後方を警戒するという形である。


 愛莉あいり真司しんじとの間に、距離ができ始めたのを見計らうと、すかさず翔太朗しょうたろう愛莉あいりに近づいて、小声で耳打ちした。


「さっきのあれ(反対意見)は、やはり昨日の『人じゃなくてよかった』っていう話が、関係しているのか?」


 いくら愛莉あいりが心配性と言っても、紫色の靄が拳斗けんとに襲いかかった時、それらは移動して来ていたのだ。つまり、靄が常に一つ所にとどまっているわけでないことは、愛莉あいりも承知しているはずなのである。時間をかけ、慎重にタイミングを図れば、擬朝焼ヴァイパーモスキートの間を抜けること自体は、そう難しくはないだろう。


 もちろん、靄との不意の遭遇を警戒しているのであれば、話は別だが、それについてはどこであっても同じと言えた。向こうは移動するのだから、その分布を知らない自分たちにしてみれば、実際はともかくとして、表面上は、ルートの違いに有意な差がない。どこの道を行けば遭遇しないのか、丸っきりわからないのだから、評価できないのも当然だろう。


 ゆえに、川を見つけるという翔太朗しょうたろうの提案は、決して出まかせではなかったのだが、少なからず、愛莉あいりのことを慮っている一面もあったのである。


 一瞥。

 翔太朗しょうたろうのことを不思議がるように眺めた愛莉あいりが、そっけない返事でもって応える。

 その態度は、どこか翔太朗しょうたろうを試すようであり、また、彼の他人とは異なる言動を、いまひとつ掴みかねている様子でもあった。


「あくまでも念のためよ。誰もほかの人を見捨てることがない、運命共同体なら、あんまり関係ないわ」


 愛莉あいりの対応にはやや引っかかりを覚えるが、わざわざ二人っきりになっても話して来ないあたり、大した内容でもないのだろうと、翔太朗しょうたろうは考えなおす。


 それからまもなくして、一帯には都合よく雨が降り始めていた。

 これまでの小雨とは異なり、かなりの水量が空から落ちて来ているのだ。

 三人の頭上は生い茂った木々に覆われているが、体が濡れることまでは免れない。

 だが、その一方で、足元にできた水の流れを追っていけば、川に出られる見込みもあった。

 うなずく一同。目的は明快である。

 その小さな水流を懸命に辿っていけば、ほどなくして、目の前には大きな川が現われていた。

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