第15話 なぜ、合流すべきは④班なのか

 翔太朗しょうたろうが加勢するように愛莉あいりに同調すれば、それについても真司しんじは想定内だったようで、二人を窘めるように軽く手を挙げた。


「お前たちの心配は、俺も十分にわかっている。だからこそ、狙い目は④班なんだ」


 どいうことなのかと問うべく、愛莉あいりたちは真司しんじを見返す。


「①班も②班も③班も無傷だが、④班だけは人数が少ない。俺たちを受け入れる可能性があるとすれば、同じく班員の不足で悩んでいるここだけだ。拳斗けんとによって壊滅させられた⑥班も、相当に苦しんでいるだろうが、生き残ったのはたしか一人だけ。言い方が悪いが、すでに死んでいるかもしれん。当然、宗一郎そういちろうたちを呼び戻すという案も却下だ。仮に生きていたとしても、連絡する手段はもとより、勝手に出ていった人間を連れ戻したところで、うまくいくわけがないだろう。だからこそ、一番現実的なのが④班なんだよ」


 つかの間、その場に沈黙が流れる。

 先に口を開いたのは、翔太朗しょうたろうではなく、愛莉あいりのようだった。


「それでも私は反対ね。安易に動き回りたくないもの」


 彼女の帰還理由に照らせば、今までの言動も心配性ゆえのものと言うより、より無難な方法を模索したいがためのものなのだろう。


 ようやく合点がいったと、翔太朗しょうたろうは少しだけ愛莉あいりのことを理解できた気がした。


「OK、一対一だ。どうするかは、翔太朗しょうたろうが決めてくれ」


 プレッシャーを与える言い方だが、その決定の重みに反し、翔太朗しょうたろうはあまり迷っていなかった。


真司しんじの考えを聞いて、意見を変えた。俺たちの目的は帰還することだろう? それなら、④班については、俺たちを恨んでいないほうに賭けるしかない。そっちが日本に戻るための選択だ」


 首肯する真司しんじが、さらに言葉を繋げる。


「ああ。その『恨んでいるかどうか』ってことにも関連するんだが、ほかの調査員の動向についても、ちょっとだけ俺の考えを話しておくぜ。翔太朗しょうたろう、なぜ拳斗けんとは銃を乱射したんだ? どうして、たけし宗一郎そういちろうは⑤班を離れた?」


「どうして?」

「ああ、どうしてそんなことをしたのか――だ」


 そんなことに明確な理由があるのかと、翔太朗しょうたろう真司しんじを訝しむ。

 自分たち調査員の目的は、パースの調査を無事に終え、愛する日本へと帰ることである。もっと言えば、現地の探索なぞおざなりにしてでも、パースから脱出することこそが使命だと、そう断じてもよい。


 ところが、拳斗けんとたちの行動はどうか?

 銃の乱射に班からの離脱。まるで、真逆のふるまいではないか。

 そんなことをしても、帰還の日が遠のくばかりで、パースの解明は一向に進まない。


「……」


 だが、その逆説的な考え方は、結果的に真司しんじの問いに答えることとなった。

 つまり、初めから拳斗けんとたちには、日本へ帰ろうという意思が欠如しているのだ。


「まさか!」

「たぶんだが、そういうことだ。ここに来ている調査員は、みんながみんな、俺たちみたいに日本での新しい生活を、夢見ているわけじゃない。犯罪者を調査員に仕立てようなんていう、この制度そのものの欠陥だな。戻らなくてもいい派の人間が、一定数混じってやがる」


 思わず、翔太朗しょうたろうがごくりと息を呑む。

 それは、拳斗けんとのようにクレイジーな人間が、相当数パースに来てしまっているということを、暗に意味するのではないか。


 最悪な想定をする翔太朗しょうたろうに対して、真司しんじがゆっくりと首を横に振る。


「勘違いしてくれるなよ。俺も戻りたくない派が全員、拳斗けんとみたいに気が触れているやつだとは思っちゃいない。だが、たとえ④班が戻りたくない派であったとしても、それでも協力を求めることが、俺たち全員の生存に繋がると思ったからこそ、こうして提案している。言っただろう? 俺たちは運命共同体だって」


 昨夜の寮雨転蝉タービュローチャーを思い出せば、どうするべきかなぞ一目瞭然だった。


「ああ、わかっている。今のままじゃダメだ。昨日は偶然に助けられたが、俺たちは着実に、終わりの寸前まで追いこめられているんだろう。真司しんじの言うとおり、④班を探すしかないさ。だが、そういうことなら、手土産くらいはあったほうがいいんじゃないか? 向こうが戻りたくない派であったとしても、合流を果たすため、交渉の余地くらいは残しておきたい。にべもなく突っぱねられずに済むだろう」


「なるほど、それもそうだな」


 何か妙案はあるかと考える二人に、真司しんじの話を退屈そうに聞いていた愛莉あいりが、横から助言をしていた。


「情報は? このセミと、触手とについての知見は、十分に有益な内容でしょう」

「……確かに」


 他班との合流には否定的だったはずの、愛莉あいりが出した鋭い意見に、翔太朗しょうたろうたちは一斉に驚いてしまう。


 翔太朗しょうたろうがダメ押しの一手までもを考えようとしだせば、真司しんじはそれをはっきりと制止していた。


「いや、そこまでやると下手に出ているようで、却って、後々が不利になると思う。武器こそないが、あくまでも、俺たちと④班は対等だという形を維持したい。こんなもんでいいだろう。……それに、俺たち自身の安全が確保できていない状態で、さらなる交渉の材料を得るための調査なんか、している場合でもないしな」


「それもそうか」

「何でもいいけど、ここから移動するなら、せめて簡単な武器くらいは作りましょうよ。無防備じゃ、さすがに道中が不安だわ」


 どれだけ歩くのかも不透明なのだ。サバイバルナイフ一本で向かうには、さすがに心もとない。愛莉あいりの指摘はもっともだろう。


 近場の植物を加工して、竹槍と木刀まがいの棒を作ってみたが、この中で最も強力なナイフでさえ、寮雨転蝉タービュローチャーの殻も破れないのだ。これらの武具が、いったいどこまで効果的なのかは甚だ不明であった。


 ないよりはマシ。

 そう言わざるをえなかっただろう。

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