第14話 今後の方針

 朝になった。

 パースに来て三日目になる。

 睡眠も食事も、満足に取れていない状態での起床。

 いよいよ、全員とも顔色が悪くなりつつあった。

 そんな仲間の様子を見回しながら、真司しんじは改まった顔つきで話し始める。


「事情が変わった……。こうなっては仕方がないだろう」


 その言葉遣いに覚えのあった翔太朗しょうたろうは、すぐさま真司しんじに尋ね返す。


「昨日、言っていた話だな?」

「ああ、そうだ」


 自分の知らない間に喋っていたのかと問いたげに、愛莉あいり翔太朗しょうたろうを睨みつける。

 そんな愛莉あいりの訝しむ視線を受け、慌てて翔太朗しょうたろうは言葉を繋いだ。


「俺も詳しく聞いていなかったよな。教えてくれ」


 うなずき、真司しんじが今一度真剣な表情を見せる。


「俺たちは、もはや運命共同体だ。あんな化け物(寮雨転蝉など)がうじゃうじゃと出て来るようじゃ、どの道、一人じゃこの世界を生きられない。俺たちの装備は貧弱が過ぎる。愛莉あいり、俺はまだお前を認めたわけじゃないが、それでも全員で行動するのが、最も安全な策だと思う」


 いったい何を言い出すのかと思えば、そんなことかと、翔太朗しょうたろうは肩透かしにでもあったかのように、一瞬面食らっていた。


「異論はないぜ」


 これまでと同じではないかと、愛莉あいり真司しんじを疎むようにして翔太朗しょうたろうに追従する。


「何よ、今さら」


 だが、どうにもそういうわけではないらしい。

 用心深く、洞窟の入口を睨みつけるように目線を動かしながら、真司しんじが言葉を続けていた。


「俺は薄々だが、お前たちが抱いている、日本に帰ってからのやりたいことってやつに、気がついている。だから、確認の意味も込めて俺の目的も話すぞ。……俺には、付き合っていた女がいた。もっとも、俺が麻衣まいと交際していたのは、こうして死刑囚になる前の話だがな。彼女の腹に子供がいると知ったのは、既決囚(有罪確定)になってからだ。俺の逮捕を機に、麻衣まいとは疎遠になったので、子供についての事情は全くわからない。手紙のやり取りもなかったしな。俺は、何がなんでも子供の顔が見たいんだ。自分の子も知らずに、死ぬのだけは御免だ。だから、俺が調査員になった理由も、日本での自由にある。心音ことねに会うこと――それが俺のすべてだ。たとえ、じかには喋れなくとも、遠目からでも構わないから、一目、心音ことねの元気な姿が見たい。それだけだ。……俺の知る限り、翔太朗しょうたろうは妹の生活を援助するための資金、つまりは成功報酬が必要で、愛莉あいりは保険金殺人でたらふく得た金の回収、それを実現するべく、シャバに出るための新しい戸籍を求めている。要するに、ここにいる全員が、本気で日本に戻りたいと思っている。これで間違いないな?」


「よくご存じで」


 当たり前のように同意した愛莉あいりの台詞に驚き、翔太朗しょうたろうが思わずそちらを向く。

 そんな翔太朗しょうたろうの姿を見るにつき、愛莉あいりは寂しげとも、小馬鹿にするようとも取れる笑みを、その口元に浮かべていた。


「あら? あなたほどじゃないにせよ、私もそこそこの有名人よ。てっきり、それを知っていて助けてくれた(食捕から)のかと思っていたのに……残念」


 なるほど。

 道理で、真司しんじは初めから愛莉あいりに否定的だったわけだ。

 得心がいったとうなずく翔太朗しょうたろうは、内心、苦虫を噛み潰したかのような気分だった。もちろん、事前に承知していれば助けなかったかのと問われれば、それはまた違うだろうが、知っていて助けるのと、そうでないとでは、おのずと気の持ちようは変わって来る。


 頭を切り替えようと、翔太朗しょうたろうは重ねて真司しんじに問うた。


「それで結局、真司しんじはどうしようって言うんだ?」


 一瞥。

 愛莉あいりのことをチラ見した真司しんじは、反発されることをわかったうえで話すと言わんばかりに、より一層真剣な顔つきに改めていた。


「武器を貰うしかないだろうな。はっきり言う。俺は④班と合流すべきだと考えている」

「ちょっと待ってよ!」


 とたんに愛莉あいりが非難する。

 こうなることは織り込み済みのようであり、真司しんじは呆れた素振りを見せない。正面から、口を開く愛莉あいりのことを見返している。


「④班と合流って、あそこは拳斗けんとに三人も班員を殺されているのよ! 私たちを恨んでいるかもしれないじゃない! 絶対に反対だわ」


 全体的に過敏な調子の愛莉あいりだが、今回の指摘は妥当な部分が多い。

 正直、死亡した班員の数までは、翔太朗しょうたろうも正確には把握していなかったのだが、すでにダッフルバッグの一件から、他人の武器を盗んだ調査員の存在が、不愉快にも明らかとなっている。必ずしも、みんながみんな友好的ではないだろう。愛莉あいりの『人じゃなくてよかった』という発言は、さすがに些か大げさだが、翔太朗しょうたろうとしても、④班が自分たちに武器を分けてくれると、楽観的に捉えることはできなかった。

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