第11話 拘置所よりもまずい飯

 最悪な想像を、いつまでも続けていても仕方がない。気がめいって来るだけで、生産的に活動しようとする気概さえもが、見るみる削がれてしまう。


 気分を変えようと、翔太朗しょうたろうは摘んで来た草木の新芽を見せながら、食事の提案をしていた。


真司しんじ、そろそろ胃に物を入れないか? ちょっと探しただけでも、これだけ見つかったんだ。ちゃんと見つけて来れば、それなりの量になると思う。今度は俺が行って来るから、愛莉あいりとここで待っていてくれ」


 だが、真司しんじが返事をするよりも早く、愛莉あいりがぴしゃりと翔太朗しょうたろうの意見を一蹴する。


「これだけあれば十分でしょう! そんなことより、この洞窟に逃げこめるのかどうか、今のうちに確かめておかないと!」


 翔太朗しょうたろうが採集した新芽の数は、多く見積もっても一〇個程度。それを三人で分けようというのだから、とても満足のいくものではない。


 先ほどの一件から、愛莉あいりに対して不満を隠そうとしなくなった真司しんじは、そんな彼女のことを鼻で笑っていた。


「自分は先に食べたので、もう要りませんってか? お前、何様だよ」


 だが、それに対して、愛莉あいりは臆することもなく、顔を歪めて嘲笑うように答えていた。


「それは翔太朗しょうたろうまで疑うって意味? 少しは考えて話しなさいよね」


 真司しんじを待たずに、愛莉あいりが食事を始めていたのであれば、当然に翔太朗しょうたろうも共犯者でなければならない。そうでなければ、愛莉あいりの身勝手さを、翔太朗しょうたろう真司しんじに告げてしまう恐れがあるからだ。


 なるほど。翔太朗しょうたろう愛莉あいりが怪我人であることを鑑み、甘い判断を下して、彼女の非行を真司しんじに話さないかもしれない。だが、それも結局は、愛莉あいりの暴走を翔太朗しょうたろうが隠蔽していると、彼を疑うことになる。


 実際は、真逆と言ってもよかった。

 食事を先に摂ったらどうかと話した翔太朗しょうたろうのほうが、愛莉あいりに窘められた形だからである。むしろ、翔太朗しょうたろうのほうが真司しんじを裏切っていたとさえ、評価できるだろう。


 悪化する班の雰囲気に、翔太朗しょうたろうは内心、勘弁してくれと愚痴を漏らした。


「……。この中を覗きに行くとしても、飯が先だ。入ったっきり、しばらくは出て来られないなんてことに、なりたくはないからな。食える物があるなら、その場そのばで手にいれるべきだろう」


 真司しんじの同意も得られた以上、座っているのは時間の無駄だ。

 宣言どおり、翔太朗しょうたろうが一人で向かおうとすれば、愛莉あいりが自分も行くと言い出していた。そこまでして、真司しんじと一緒にいたくないのだろうか。


 正直、愛莉あいりには自分の足の療養に、専念して貰いたいのだが、真司しんじも彼女と言い争うことに疲れたのか、結局は、全員で食料を探す方向に心を固めていた。


 三人が森の中へと入っていく。

 少しして、翔太朗しょうたろうと二人きりになれるタイミングを作った真司しんじが、小声で話しかけて来ていた。


「さっきは悪かった。……頭に血が上っていて、冷静じゃなかった」


 翔太朗しょうたろうを疑うつもりなのかと、愛莉あいりに言い返された件についての話だろう。

 もちろん、翔太朗しょうたろうは怒ってなぞいない。

 第一、そもそもの原因は愛莉あいりの側にあるだろうと、翔太朗しょうたろう真司しんじを庇っていた。


「いや、さすがにあれは愛莉あいりが言い過ぎただろう。……だが、俺も真司しんじには悪いと思うが、一度、相手を助けると決めた以上は、できるだけ愛莉あいりを見捨てたくない」


 真司しんじの目を見つめながら話せば、彼も翔太朗しょうたろうに本心を打ち明けてくれる。


「それについては、いまだに俺は否定的だよ。翔太朗しょうたろう、お前と二人だけのほうが、うまくやっていけると思う。もっとも……」


 言いかけた台詞の続きが気になって、翔太朗しょうたろうは小首を傾げてみたが、真司しんじは何でもないふうを装うばかりだった。


「わからん。事情は変わるかもしれん」


 真司しんじの真意は気になるところだが、あまりに長く彼と内緒話をすることで、愛莉あいりの心証が悪くなるのは避けたい。かろうじて今は、翔太朗しょうたろうが蝶番の役目を果たしているが、それも何をきっかけに急変してしまうのかは、残念なことに不透明なのだ。


 食料の調達に専念しよう。

 そうやって集めたいくらかの新芽と、食べられるかどうかのわからない腐りかけの果実とを、全員で分けていく。


 ようやくの食事だ。

 洞窟に戻る体力もなかったので、休憩がてら、三人はその場に座りこんでいた。

 体を動かす熱量に飢えている。

 一同が真っ先に手にしたのは、もちろん果実のほうだ。

 口端から出かかる涎を拭いながら、がぶりと思い切りかじりつけば、舌の上に新鮮な甘みが広がった。


 旨い……。

 だが、直後に感じる猛烈なえぐみは、ぺっと唾を吐き出すには十分過ぎるものであり、口に残ったびりびりとした感触を紛らわすために、翔太朗しょうたろうはべろを前に伸ばしながら、何度も音を立てて息を吸っていた。


 とてもではないが、食えたものではない。

 見れば、真司しんじも似たような状況にあるらしい。目が合うと、こちらに苦笑いを返して来ていた。

 果実は諦め、仕方なく新芽に手を伸ばす。


「……」


 先ほどとは違って、食べられないほどに酷い味でこそないものの、これを主食に生きていきたくはないという、薬品のような苦みがした。


 意外だったのは、ここでも愛莉あいりが一つの文句を言わずに、淡々とそれらを食べていたことだろう。驚きのあまり、翔太朗しょうたろうが美味しいのかと尋ねれば、呆れたように愛莉あいりは眉をひそめていた。


「まずいに決まっているじゃない、馬鹿なの?」

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