第10話 ダッフルバッグの行方が意味する、悲劇的なシナリオは?

 真司しんじの帰りが遅い。

 いつまで待っても戻って来ないことに、翔太朗しょうたろうは不安を覚え始めていた。

 道中で何かあったのだろうか?

 愛莉あいりと同じように、怪我を負って動けなくなっているのではないか。やはり、自分も無理を言ってついていくべきだっただろうか。


 いや、食捕ヴォルプラントの一件をすでに目にしているのだ。真司しんじであれば、一層の注意を払って進んだに違いない。彼が負傷しているとは考えにくかった。


 では、ほかに何が。

 ……まさか、一人で日本に戻ってしまったのか?

 自分たちが放りだされたあの場所に、日本へと帰還するための出口があったならば、いくら真司しんじといえども、何も告げずに一人で戻ってしまうのではないだろうか。パースから日本に戻ることというのは、それだけで国が報酬を与えるほどの大事なのだ。わざわざ翔太朗しょうたろうたちに、出口を見つけた報告をしなかったとしても、そんなに不自然ではないだろう。


「……」


 いいや、それはありえないと、翔太朗しょうたろうは首を横に振る。

 冷静になって考えてもみれば、そんな簡単に帰還できる道が見つかるようならば、現実世界へのUターンが、調査員の目的になっているはずがないではないか。派遣した一分後にはもう、調査員が蒼霞大社そうかたいしゃに戻って来ている。そんな絵面は、さすがにマヌケが過ぎるだろう。


 どうやら思いのほか、未知の世界に来たことで、翔太朗しょうたろうも弱気になっているらしい。

 不安を解消し、気合を入れなおすべく、翔太朗しょうたろうは今一度サバイバルナイフを固く握りしめた。

 荷物の運搬に手間取っているだけかもしれないと、翔太朗しょうたろう愛莉あいりを無視して立ちあがろうとすれば、タイミングよく真司しんじが二人の前に戻って来ていた。


「悪い、遅くなった」


 そう話す真司しんじの肩や腕には、ダッフルバッグの姿がない。

 やはり、あれだけの荷物を一人で抱えたまま、森の中を歩くのは困難だったのだ。どこかに置いて来たに違いない。


 成果はどこだと、そんなふうに愛莉あいりが尋ねるよりも早く、真司しんじは端的に言い放った。


「なくなっていた」


 つかの間、何を言われているのか理解できなかった。

 しかし、頭とは裏腹に翔太朗しょうたろうの口は声を形作っていく。


「どういうことだ?」


 真司しんじが不愉快そうに眉尻を寄せて答える。


「俺も不思議に思って辺りを捜索してみたんだが、俺たちに与えられたはずの鞄が、どこにも見当たらなくなっていたんだよ」


「そんなこと言って、あなたが独り占めしたんじゃないでしょうね?」


 目じりをきっと吊りあげながら愛莉あいりが応えれば、いよいよ堪忍袋の緒が切れたようで、真司しんじも激しく言い返していた。


「お前なぁ、いい加減にしろよ。昨日からずっと何なんだよ!」


 さすがに、これは愛莉あいりのやり過ぎだ。

 仮に真司しんじが鞄を独り占めしたとして、せっかく大量の武器を確保したのに、翔太朗しょうたろうたちに全く使わせないようでは、三人で一緒にいる意味がない。何のために真司しんじは⑤班に戻って来たのかと、そういう話になるだろう。今のままじゃ、真司しんじは独占の発覚を恐れ、翔太朗しょうたろうたちの前で武器を使うことができないのだから、持っていないのと同じになってしまう。せめて、いくつかの武器だけしか残っていなかったという形であれば、まだ疑いようもあるのだろうが、それさえも、本人の生存にどれだけ寄与するのかは、甚だ怪しい。みんなで武器を構えながら進むほうが、独り占めすることよりも自分の身を守れるだろう。


 明らかに、真司しんじ翔太朗しょうたろうにも不快感を露わにしていた。ここまで愛莉あいりが非協力的なのに、翔太朗しょうたろうが彼女に対して、甘い判断をしてばかりだからだろう。


 言いたいことは十分に伝わっている。

 なにも翔太朗しょうたろうも、愛莉あいりのことが異性として魅力的だから、肩を持ちがちなわけではない。

 確かに、真司しんじの指摘するとおり、愛莉あいりのわがままさには、目に余る部分が少なからずあるだろう。


 だがしかし、ここで翔太朗しょうたろうまでもが愛莉あいりを見捨てようものなら、それこそ何のために彼女を食捕ヴォルプラントから助けだしたのかが、わからなくなってしまう。あの時、愛莉あいりを置き去りにすることが、自分たちにとってベストな選択肢だったのだと、そんなふうには思いたくない。


 喫緊の課題は、やはり武具の量だ。

 真司しんじが嘘をついているとは考えられないので、ダッフルバッグは本当になくなっていたのだろう。


「……!」


 はたと思いつく恐ろしげな予感。

 自身の動揺を隠すように、翔太朗しょうたろうは口元に手を当てた。

 武器がなくなっていたとは、いったいどういうことだ?

 それは、壊れて使い物にならなくなったというのとは、また違う。

 扱うのに支障がない状態で、その場から移動したということにほかならない。

 そうだとすると、状況はさらに悪いだろう。今までの、単に拾う暇を失した状態とは、比べられないほど悪化している。


 武具を奪った犯人が、人工の道具に興味津々な動物でない限り、必然的に、それは他の班の誰かということになるからだ。


 相手のぶんの武具まで手にしてしまえば、その班が窮地に立たされることなぞ、初日の一件だけでも容易に理解できるだろう。パースの環境は、それほどまでにでたらめなのだ。


 そうだと言うにもかかわらず、犯人の何者かは平然とそれをやってのけた。

 極端な話、今後、別の調査員との協力は見込めないことになるのではないか。

 自身の抱いた悲観的な想像に、翔太朗しょうたろうが黙りこんでしまえば、おそらくは同じ心配をしているのだろう。愛莉あいり翔太朗しょうたろうの洋服の裾を、ぎゅっと自分のほうに引っぱっていた。

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