第9話 愛莉という人間

 愛莉あいりと並んで、洞窟の前に座って待っていたところで、親しげに会話が弾むわけもない。

 何度か、翔太朗しょうたろうは気を遣って愛莉あいりに話しかけたのだが、すげない返事が重なるばかりか、挙句の果てには、うるさいから黙っていてくれと言われてしまう。


 さすがに、その対応には翔太朗しょうたろうも思うところがあったのだが、足の怪我のせいで気が立っているのだろうと、まもなく自分を納得させた。


 黙って座っているだけの退屈さと、愛莉あいりの隣にいることの、居心地悪さとに耐えかねた翔太朗しょうたろうは、班のために自分が今できることをしようと考え始める。


 運よく、不完全なシェルターを見つけられたとはいえ、それ以外の必須道具は何も得られていない。


 幸いにして、二四時間くらいをパースで過ごしただけでも、ここでは小雨が頻繁に降ることがわかったので、飲み水の確保には困らないだろう。雨を集めるだけでも、十分な量の水を蓄えられるに違いない。


 問題なのは、やはり火と食料とだろうか。

 これだけ湿気が酷いと、食べ物がすぐに傷んでしまう。ただでさえ長期の保存が難しいのに、火も起こせていないのだ。喫緊の問題は、食料の発見に違いない。


 そう思うと、じっとなんかしていられなかった。

 立ちあがり、翔太朗しょうたろうが辺りを散策し始めれば、すぐに愛莉あいりが反応を示す。


「どこに行くつもり?」


 少しの腹立たしさを、努めて抑えた翔太朗しょうたろうは、愛想よく愛莉あいりに向かって言葉を返した。


「近くを見て回るだけだ。心配なら、目の届く範囲にいるよ」


 そうは答えたものの、当たり前だが、洞窟が絶えず視界に入っているような状態で、探すことが可能な場所なぞ、高が知れている。歩くのに夢中になって、ちょっとでも翔太朗しょうたろうが消えようものなら、すぐさま愛莉あいりは大声を上げるのだ。


「行き過ぎよ! ……早く、戻って来て」


 翔太朗しょうたろうも焦燥感が募るが、見知らぬ異界の土地で、自分だけが脚部を負傷しているという、愛莉あいりの不安はもっと甚大だろう。足手まといを理由に置いていかれるのではないかと、過敏なほどの注意が、常に周りに向いてしまっているのだ。


 そのうえでなお、愛莉あいりに不満をぶつけるとしたら、自分に対する信頼の低さだろうか。

 仮にも、愛莉あいり食捕ヴォルプラントと遭遇した時、真っ先に彼女を助けようとしたのは翔太朗しょうたろうなのだ。もう少しばかり、自分のことを信用してくれてもいいのではないかと、翔太朗しょうたろうは愚痴を言いたい気分だった。


「……」


 いいや、相手が真司しんじであれば、こうして周囲を見回ることさえ許さなかったのではないかと、翔太朗しょうたろうは考えなおす。それに照らせば、この現状はマシな部類に入るのかもしれない。もっとも、真司しんじであれば、二人きりになることもなかっただろうが……。


 結局、ほとんど何もできないまま、翔太朗しょうたろうは拠点へと戻る羽目になった。

 手に入ったのは、草木の新芽が数個。触った限りでは、まだ柔らかそうなので、きっと食べられるのではないか。


 真司しんじが戻って来れば、捜索の範囲も広げられる。

 全員が武器を手にすれば、愛莉あいりの不安もまた変わって来るのではないかと、そんなふうに楽天的に考えた翔太朗しょうたろうは、今のうちに彼女の機嫌を取っておこうと、食事の提案をしていた。


「先に食べちゃってもいいんじゃないか? 俺がまた、あとで見つけて来るよ」

『悪いわね』


 そんな言葉を期待していた翔太朗しょうたろうは、愛莉あいりの返事に驚きを隠せなかった。実際の彼女は、翔太朗しょうたろうを訝しむように見つめながら、きっぱりと真司しんじを待つと言い放ったのだ。


「当たり前でしょう? びっくりさせないでよ」


 お前がそれを言うのか。

 そんなフレーズにも似た感想が胸に残る。

 もっともな主張に対して、翔太朗しょうたろうは言葉を返すことができなかった。

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