第7話 足手まといの愛莉

 見知らぬ森。

 暑さと湿気とで、汗が止まらない。

 擬朝焼ヴァイパーモスキートのようなイレギュラーに、また遭遇してしまうのではないかという不安の中、三人は慎重に足を運んでいた。


 だが、その先入観が却って危機を招く結果となった。

 空中にばかり注意が向いていたため、足元が全くお留守だったのである。

 真司しんじを先頭に、愛莉あいり翔太朗しょうたろうと歩いていたのだが、僅かに進路が左にそれたとたん、彼女の足に向かって地中から何かが飛びだしていた。


 歯だ。

 肉厚の植物が、ちょうどハエトリグサの要領で口を開け、愛莉あいりの足にかぶりついていたのである。見方によっては、それを牙と呼んでもいいかもしれない。


 マリオシリーズのパックンフラワーを彷彿とさせるが、それとは色もサイズも違うだろう。こちらは人の背丈ほどもないし、色合いも赤ではなく、どこか青痣を思わせる。


「いやっ!」


 ずるりと、愛莉あいりの足が地中に沈む。

 まさか、こいつは人間を引きずりこもうとしているのか。

 どうするべきかなぞ、考えるまでもなく理解できた。愛莉あいりを助けるのだ。

 しかし、翔太朗しょうたろうが行動を起こそうとすれば、それを真司しんじが手で制する。首を横に振って、真司しんじ翔太朗しょうたろうの顔をまじまじと見つめた。その瞳は、この場で愛莉あいりを置いていくべきだと、そう言外に告げている。


 いつ、どこで擬朝焼ヴァイパーモスキートに追いつかれるのかわからない。そんな切迫した状況下で、救助活動――それも、足を怪我し、今後の移動に支障が出ることが、わかりきっているような相手――なんぞに、かまけてなんかいられないということなのだろう。


 ましてや、現在の班員は、愛莉あいりを除けば、真司しんじ翔太朗しょうたろうとだけなのである。

 救助にどれだけ時間がかかるのか、見当もつかないうえに、その間は完全な無防備になってしまう。残念ながら助けられない、というのが真司しんじの判断だった。


「見捨てるの!?」


 そんな心の動きを察してか、愛莉あいりが甲高い声を上げる。

 他人の悲鳴、それも女性のものを間近で聞いて黙っていられるほど、翔太朗しょうたろうは大人ではなかった。ゆえに、真司しんじの手を振り払って、愛莉あいりの足に食らいついている植物を踏みつける。


 硬い。

 およそ、植物とは信じがたいほどの硬度である。

 元来、この食捕ヴォルプラントが獲物としているのは、ネズミなどの小動物であって、人ではない。しかしながら、大型の動物だろうと、自身の頭上を通り過ぎれば、やたらめったらかじりついてしまう。


 極めて、食欲旺盛。それゆえに、食捕ヴォルプラントの名がある。

 おまけに、一度、櫛状の歯に噛みつかれると、そこから逃れることは難しい。ネズミはもとより、人であっても難儀する。


 懸命に、翔太朗しょうたろう愛莉あいりから食捕ヴォルプラントを引きはがそうとしたが、いかんせん素手ではどうにもならなかった。自分の手を庇って、歯を避けようとすると、腕に力が入らないのである。そうかと言って、無理やり引きちぎろうにも、尋常ではない葉の厚さが邪魔をする。爪を突き立ててみても僅かに食いこむばかりで、一向に状況が好転する気配がなかった。


 そうやって格闘を続けていれば、さすがに見るに堪えなくなったのか、溜め息をついた真司しんじ翔太朗しょうたろうに手を貸してくれた。


 サバイバルナイフで四方八方からめった刺しにすれば、さすがに食捕ヴォルプラント愛莉あいりを諦めた様子で、口を開けると、ずるずると地中に戻っていく。


 案の定と言うべきなのだろう。愛莉あいりの足は血だらけで、その一部にあっては、肉の内側まで露出していた。見るからに痛そうである。歩行に障害があることは言うまでもなかった。


 手早く、真司しんじは服の一部を切り取ると、それを包帯の代わりとして愛莉あいりの足に巻いた。


「ありがとう、助かったわ」

「……」


 真司しんじは何も答えない。

 助かったのかどうかはまだわからないだろうと、そんなことを言いたげに目を伏せている。

 なぜ、そこまで愛莉あいりに否定的なのかと、翔太朗しょうたろう真司しんじを少しだけ訝しんだが、それよりも愛莉あいりの状態のほうが気にかかる。


「歩けそうか?」

「ええ……まあ、なんとか」


 だが、それが無理していることは明白だ。

 とてもではないが、長距離の移動は不可能だろう。途中でギブアップするのが目に見えている。

 ならば、日が落ちる前に、安全なシェルターを見つける必要がある。そこで一夜を明かすのだ。

 そのあとのことについては、また別の機会にでも考えればよい。

 今はとにかく、身を守れる場所を確保しなければならなかった。

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