第6話 孤立する第⑤班

 自分たちはダッフルバッグから、いったいどれだけの武具を持って来られたのか。それを確認したい。


 だが、その前に問わねばならぬことがあるだろうと、真司しんじ宗一郎そういちろうに掴みかかった。


「何を考えているんだ、お前! みんなを危険に晒す気か!」


 胸倉に他人の手があっても、宗一郎そういちろうは平然としている。それどころか、真司しんじの対応がおかしかったのか、不敵な笑みを見せてさえいた。


「けったいなことを言う。私が死んだところで、貴殿らには関係があるまい」

「なっ……!」


 それは暴論が過ぎるだろう。

 ここは紫色の靄のように、でたらめな現象が起こる世界なのだ。単独で行動していては、何か問題が起きた時に対処が難しくなる。まとまって動いたほうが、リスクは俄然低いはずだ。


 そして、残りの人間というのは必然的に、今ここいる⑤班のメンバーに限られる。俗っぽい表現だが、すでに自分の命は自分だけのものではなくなっていると、そう言っても過言ではないだろう。


 翔太朗しょうたろう真司しんじに同調しようとすれば、それよりも早くにたけしが彼の手首を掴んで、宗一郎そういちろうを庇っていた。


「爺さんの言うとおりだね。班のリーダーを任されて、頑張りたくなっちゃう真司しんじ君の気持ちもわかるよ。でも、それは拳斗けんとが暴れる前の話でしょう。今さら協力もクソもないって。……だから、腕を離しなよ」


 確かに、こうなった以上は、全員を一つにまとめあげることなぞできないかもしれないと、真司しんじは考えなおした。拳斗けんとのようないかれぽんちが、調査員の中にそうそういないと期待するにしても、擬朝焼ヴァイパーモスキートのように不気味な存在がまだ残っている。親しくもない関係性で、どこまで他人を信頼できるのかは不透明だ。力で無理に従わせる方法は、それこそ、取るべきではないだろう。


 襟を正す宗一郎そういちろう

 その姿を翔太朗しょうたろうが訝しむように見つめていれば、視線に気がついた宗一郎そういちろうが口元を緩める。どうやら、翔太朗しょうたろうが何を尋ねたいのかを理解したらしい。無論、『これは毒の類ではないな』という言葉の、真意についてである。


「ふっ、見かけによらず、貴殿は耳ざといな。案ずるな、他意なぞない。言葉どおりの意味だ」

「挨拶は終わった? じゃあ、そういうわけだから、俺は⑤班を抜けるね。もし、現地人がいるなら、ちょっくら殺して来たいし」


 案の定、それに宗一郎そういちろうも同意していた。


「理由はともかく、私も団体行動はよして貰おうか。第一、私にしてみれば、この調査という名目自体が疑わしい」


「それは、どういう……?」


 翔太朗しょうたろうが問えば、宗一郎そういちろうは一瞬の逡巡のあと、胸の内を話してくれた。本来は語るつもりがなかったが、宗一郎そういちろうなりに、翔太朗しょうたろうに敬意を払った様子だった。


「簡単な話だ。私たちが無事に調査を終えたところで、その待遇に変化がないのではないかということだよ。私たちは死刑囚……。いくら国策とはいえ、死罪になった者を恩赦するとは思えん」


 それならば、どうして司法取引を受けたのか。なぜ、危険を冒してまで調査員になろうとしたのかと、翔太朗しょうたろうは重ねて問いを発しようとしたが、その声はたけしの高笑いによって掻き消える。


「あははは! 気が合うね、爺さん。あんたも『そういう(帰らなくていい)』口かい?」


 言いながら、ちゃっかりと鞄の中から取って来ていたハンドガンを一丁、たけし宗一郎そういちろうに手渡した。


「かたじけない。もっとも、どこまで役に立つかはわからんがね」


 あっという間の出来事だった。

 パースに来てから一〇分足らずで、⑤班の人員は半分にまで減ってしまったのである。

 残りの装備は、かろうじて真司しんじが入手していたサバイバルナイフが一つ。遅れて来た翔太朗しょうたろうは言わずもがな、周囲の景色に警戒していた愛莉あいりもまた、戦力という意味では問題外である。


「とにかく逃げましょうよ!」


 愛莉あいりが悲鳴のように叫ぶ。


「そうだな……」


 擬朝焼ヴァイパーモスキートの脅威が去ったわけではない。

 今、この瞬間に木々の陰から現れたとしても、何もおかしくはないのである。

 落胆の色を隠せなかったが、互いが無事であるうちは固まっていたほうが安全だ。相手のことを信じるならば、その主張に変わりはない。


 翔太朗しょうたろうは、真司しんじと共に進む覚悟を決めていた。

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