第28話 城から抜け出した宮廷占い師

 私が澄ました表情で戻って来たので、リカルドは訝し気な表情を浮かべていた。


「何か悪いことをしたんだろ」


「そんなことしてない。強いて言うなら、さっきはカッとなってひどいことを言ってごめんなさい。深く反省してる。リカルドの立場も考えないで、あんなこと言うなんて」


「怪しい……」


 リカルドは私の頬をぎゅっとつまんだ。冷汗が浮かんでいたが、私は黙っていた。


 ボバにカードで占ってもらい、今日の結果を見てもらった。


『あの男はそんなに怒っていないみたいだね。むしろ、あんたの方が怒っているんじゃないかって心配しているようだよ。なんだか、不思議な関係になってきたね……』


「本当だよ、嘘じゃないもん。リカルドの助けになれたらいいなと思ってたけど、役立たずだもんね。ごめんね、私が悪かったよ」


 反省っぽい言葉を浮かべてつらつらと言っていると「役立たずは言い過ぎた。俺も悪かった」とリカルドが謝罪をしてきた。


 先ほど私に冷たく当たってしまったことを、リカルドは非常に反省しているらしかった。罪悪感が心に募った。先ほど、勢いでボバの足の鎖の鍵を開けてきてしまったのだ。


 帰り際にセレナに面倒を見てもらうようにお願いしたが、リカルドを「悪魔」と呼んだ原因を作ったボバのことを、リカルドは心底嫌っている。

 ボバがあの塔にいないとばれた瞬間、大目玉をくらうかもしれない。


「この後のことだが、やはりドラルコ谷にいるベラトリクスの件を片付けるのが先だ。それが全部かたづいたら、婚約発表をしようと思っている」


 私の悪行に気が付いていないリカルドは、私の機嫌を取ろうと、いつになく優しかった。


「……うん」


「お前は、オリバレス邸に待機していろ。こうなった以上、あのファブラ種のドラゴンとセットでいた方が安心だ。カギ閉め女とペペも連れて行っていい。他に連れて行きたい者がいれば好きな奴を連れて行け」


「分かった。本当に好きな人を連れて行っていいの?」


「かまわん。ルシアはこの城に置いておくから、それ以外だったら誰でもいい」


 どんな年齢の人でも?と尋ねようとしてやめた。これ以上話をしてしまうと、ボロがでそうだったからだ。


「分かった。リカルド、ありがとう」


「好きなタイミングでオリバレス邸に戻れ。俺はやることがある。ただし、絶対に護衛はつけろよ」


 リカルドの表情が変わった。

 私は黙って頷いた後、彼をぎゅっと抱きしめた。


「どうした」


「気を付けて行ってきてね」


 リカルドは返事をしないまま、部屋を出て行ってしまった。入れ替わるように、ぺぺが部屋の中に入って来た。


「なんだか、城が変な空気になってきましたね……ところで、オリバレス邸にはいつ向かう予定ですか?」


 ぺぺに尋ねられて「夜かな」と私は答えた。やはり先ほど、ボバに夜の方が見つかりにくいと占ってもらったからだった。


「夜って、逆に危なくないですか? 城以外あまり明かりがつかないじゃないですか」


「うん。でも、逆に夜に城からオリバレス邸へ向かう車の中に私が入っているなんて思う人も少ないと思わない? 普通は明るい人目があるうちに動くと思うの。こんな目にあっているならなおさらね」


 こんな風に決めてうまくいってしまうのであれば、彼女を鎖で繋いで閉じ込めておくことをする人間が多くても仕方ないような気がした。

 あまり依存しないようにしないとと私は心の中で決意する。


「分かりました。モニカ様がそうおっしゃるのでありましたら、夜に移動するよう指示を出しておきます。昼食はここで召し上がられますね」


「うん。ありがとう」 


「そういえば、セレナも行くのよね? 姿が見当たらないようだけど」


「あなたが見ていないのなら、私は知らないわ」


「そうですよね。申し訳ありません。昼食をお持ちしますね」


 ぺぺが部屋を出て行ったので、リカルドの執務室の中で、ようやくホッと一息をつくのだった。


 ☼☼☼


 作戦を立てるのに夢中になっているリカルドとルシアは、私がボバを公爵邸に移動させようと画策していることに気が付きもしないようだった。


 普段あまり利口だと思われていない人間は、こういう時に便利だと学んだ。


 だが、この一連の流れを受けて、もっと勉強しなくてはと思うようになった。


 作戦を立てている途中の二人の会話に入れなかったことで、リカルドやルシアが、普段相当手加減して私に話していたと思ったからである。


 ミス・ロペスはさすがにもう遠慮したいが、新しい家庭教師はつけてもらう必要はありそうだ。

 カルも仕事が忙しくなってきていると先日少しこぼしていたので、あまり甘えてばかりはいられない。それに、カルのこととなるとリカルドが少し不機嫌になるので、女性の家庭教師の方がよいかと思った。


 馬車に乗り込んで出発する。


 セレナとボバは、城門から出て少し進んだところで合流する予定だ。


「結局セレナは連れて来なくてよかったのですか?」


 ペペに尋ねられて、私は曖昧な返事をした。

 訝し気な表情を浮かべてるペペであったが、私があまり反応しないので、これ以上口出しをしないと決めたようだった。


 城門を出発してからしばらく経って、セレナが自分であるという合図をした。両手を三回叩くというものだ。


「車を停めて!」


 私が大きな声をあげると、ドラゴンの引手は大慌ててクレレ種のドラゴンを停めた。


 私が扉を開けると、ボバを担いだセレナが勢いよく車に乗り込んでくる。


「え、ちょっと待って。あんた何やってんの?」


「ごめん。遅くなった」


「いやいやいや。ごめん。遅くなった。じゃないのよ。その人誰?」


 あっけらかんと悪びれもなく言うセレナに対して戸惑っているぺぺに「ほら、ペペ奥に詰めて」と私が命令を出した。


「悪いね。ヒェヒェヒェ」とボバが引き笑いをしながらペペの隣に座ったことで、セレナが誰を連れてきたのか、ペペは理解したようだった。


「ちょっと、セレナ! これはさすがにだめでしょ。認められないわよ」


「ペペ。この方に、『これ』だなんて、失礼だよ。凄腕なんだから。ね、ボバ様」


 セレナがぺぺの言葉遣いに中止して、ボバが「恐れ入ります」とお辞儀をしている。


 ペペが騒いでいる間に、私は「出発させて!」と大きな声で叫んだ。ドラゴンの引手がまたドラゴンを動かしたので、車が公爵邸に向かって走り出した。

 あまりこんなところでもたもたしていられない。


 車が走り出したので、私は「ふうっ」と一息ついて、頷いた。


「絶対に、認められませんよ。モニカ様」


「でも、リカルドが『かまわん。ルシアはこの城に置いておくから、それ以外だったら誰でもいい』って言ったんだよ。ボバがだめだなんて言ってなかったもん」


 私の言葉を聞いて、ペペはもう抗議する気力も残っていないようだった。それもそのはずだ。何十年間も王室が隠し通してきた人間を、あっさり脱出させてしまったのだ。しかも、今のところ王妃になる予定の人間がだ。

 

 ルシアに叱られるとすれば、私でもセレナでもなく、この中であったら確実にぺぺだ。これだけ私にべったり張り付いていて、一体なんてことをしてくれたんだと、ルシアから大目玉を食らうに決まっている。


「占い的に見ても、あまり怒っている余裕はなさそうだね。というより、この先ちょっと大変だから、こんな些細なことにかまっている余裕なんてないはずだよ」


 あまりにペペが絶望した表情を浮かべているので、ボバが「仕方ないね」と助け船を出した。

 ボバの発言に、セレナがパチパチと拍手をする。


「さすが、大占い師ボバ様! 私の運命の人、いつになったら出てきますか。ずっと待っているのですが、全然出てきません」


「せっかちな子だね。もう少しお待ち」


 セレナとボバのやり取りを見て、ぺぺが盛大なため息をつくのだった。

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囚われの砂漠姫は、悪魔と噂される太陽王の花嫁になる 坂合奏 @zofui0424

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