第7章 ドラルコ谷の闘技場

第27話 私も一緒に

 リカルドとルシアが立ち会った尋問により、ベラトリスはドラルコ谷に潜伏していることが判明した。


 ドラルコ谷とは、元々小国ウィクスがあった場所から少し南西に位置している谷の名前で、近くに大陸最大規模のウータルデ火山がある場所である。そこでは、ドラゴンが多く生息し、私が仲良くしているプーチャ、つまりファブラ種も生息している地域である。


 つまり、ドラゴンと意思疎通のできる私を誘拐し、闘技場にいるドラゴンだけでなく、希少種であり気性の荒いドラゴンを誘発して、首都オスランデスに攻め込もうとしているらしかった。


 先日のプーチャの暴れっぷりを思い出して、あれよりも大きなドラゴンたちが複数体も首都オスランデスに攻め込んできたらと考えると恐ろしいことだった。


「相変わらず胸糞悪い作戦を考える女だ」


 執務室でリカルドが悪態をつく。


「太陽王の刻印を持っている限り、彼女につく人物もこれから出てくるかもしれませんね」


 ルシアが困ったようにため息をついているので、私は思わずじっと見つめてしまった。先日のペペの恋心とカルーラ元王妃の話を思い出してしまったのだ。


「モニカ様。何か?」


「い、いえ……」


 私は慌ててルシアから視線を逸らした。散々泣きつかれたペペに「ルシア様にもうこれ以上迷惑をかけたくないんです。今日泣いたことは内緒にしておいてください」と言われていたからだった。


「なんだ、モニカ。今度はルシアに惚れたのか? 気の多いやつめ」


 リカルドがからかうような口調で言ったので、私は人の気も知らないでとリカルドを無視した。


「だが、問題は、ドラルコ谷に行ったとして、野生のドラゴンをどうするかだ」


 リカルドは私が無視したことをあまり気にしていないようだった。地図を指してため息をついた。


 机の上に広げられたモレスタ王国の地図でドラルコ谷を探すと、メトミニー砂漠よりもずっと北にある場所であることは分かった。メトミニー修道院から、首都オスランデスに車で、かなりの時間がかかった。ドラルコ谷へ向かうとなると、かなりの長旅になるだろう。


「ドラルコ谷のドラゴンは、かなり気性も荒いですから。そんなところで、よくベラトリスは生き延びていられますね……」


「誰かを生贄にして移動してるんだろう。あの女に慈悲という心はないからな。そのままドラゴンに食われてしまえばよかったものの、しぶとい女め」


 リカルドが毒を吐いて、連れて行く人数と費用を計算する。


「城を守る人間も必要になってきますが、相手は相当作戦を練ってきていますね。こっちがどうやったら目減りしてくるかをよく考えてきています」


 リカルドが計算している様子を見て、私は改めて、勉強の必要性を痛感してくる。私の能力では、まだ足りない。


 彼らが言っていることは分かっても、理解できない話も多くて、それが歯がゆかった。


「ねえ、リカルド。ルシア。私が行くのはダメなの?」


 私が提案すると、二人は呆れたように大きなため息をついた。


「モニカ。お前が行ったら確実にアウトだろう。捕まって、自分の大事な物を人質に取られたと誘導させ、ドラゴンを操らせようと選択を迫られるぞ」


 リカルドが決めつけたように言うので「大丈夫だよ。逆に言えば、それだけドラゴンがいるんだもん。私がお願いして、その人たちをやつけるって方法もあるんじゃない?」と言い返した。


「まあ、一理ありますが……」


 ルシアが私の提案に乗ろうとした時、リカルドは強い口調で「だめだ」と言い放った。


「先日、お前を助けるために、俺は散々苦労したんだぞ。忘れたのか?」


 うんざりしたような口調で言ったので、私は腹が立って「私だってリカルドのこと助けたもん!」と言い返した。


「ダメなものはだめだ。お前は、城の中でちゃんと勉強して、王妃になる準備をしておけ」


「やだ! 絶対やだ! 一緒に行く」


「お前はガキか!」


「リカルドの分からずや」


「分からすやは、お前の方だ。なんで分からないんだ」


「分かってないのは、リカルドの方だよ! 勝手に自分だけで決めちゃって。なんのために周りの人がいるの」


「そういうのはな、役に立つようになってから言え」


「うるさい! バカ、リカルドのバカ!」


 私は憎まれ口を吐き出すと、リカルドの執務室から出て行った。


 ルシアが「モニカ様!」と声をあげたが、苛立ったリカルドが「ほっとけ。腹がすいたら戻ってくるだろ」と吐き捨てるのがドアを閉める瞬間聞こえた。


 その言葉にも腹が立って、私はしばらく戻らないことを決めた。


 少しは私の気持ちだって尊重してくれてもいいのに、どうしてリカルドは頭ごなしに私のことを突き放すのだろう。


 彼のことを助けたいと思っている気持ちが伝わらなくて、イライラする。


 勢いよく出てきてしまった手前、彼の執務室に戻ることもできなくて、私は困っていたが、とあることを思い出して、歩き始めた。


 ☼☼☼


 私が向かったのは、宮廷占い師ボバのところだった。

 カーテンが全て開けられている廊下を走り抜け、重たい木製扉を開ける。石畳でできた階段を上ると、前と同じように、扉が見えてきた。


 思い切り駆け上がったので、息が切れている。ゆっくり深呼吸して息を整えたあと、先日間違えたベルをしっかりと鳴らした。


 ベルを鳴らすと「どうぞ」としわがれた声が聞こえた。


「失礼します」


 私は今まで習った作法を思い出しながら、ボバの待つ部屋の中へと入った。


「思ったより、我慢していたようだね。そしてだいぶ貴族の娘に見えるようになった」


「そうなんです! もう聞いて下さい!」


 私の勢いに、ボバは少しだけ驚いたようだった。


「まあ、そんな勢いよく大きな声を出さないでおくれ。年寄りには優しく落ち着いた声で話しておくれよ」


 ボバに言われた通り、私は指示された椅子に座って一息ついた。


「あの男、思ったよりあんたが大事になったようだよ」


 私が再び口を開ける前に、ボバが先に言葉を述べた。


「リカルドが? 意地悪ばっかり、大嫌い」


「本心じゃないことを口にするのはおやめ。お前は、大好きになっちまったんだろう? だから助けたい。あの男の中に住まう悪魔を追い出して、安心させてやりたい。そう思ってるんじゃないかい?」


「悪魔って……リカルドの性格のことじゃないですよね。私、ずっと思ってたんです。リカルドは確かに意地悪いところはあるけど、人のことは大事にするところもある。もちろん攻撃的なところもあるけれど……」


「そこまで見抜いたのは、愛の証。ようやく私の予言が当たりそうな雰囲気になってきた。だが、あの男は、はじめ、お前さんの能力を自分も利用してやろうと思っていた。それは本当さ。ドラゴンが襲ってくるなんて、各国の抑止力になるのは当然の話だからね」


 私はボバがシャッフルするカードの行方を見守った。何が出るのか怖かった。


「大丈夫安心しな。お前さんの言う通り、ドラルコ谷へは一緒に行った方がいいね。あそこにいる野生のドラゴンたちは、あの男たちでは太刀打ちできない。野生の力は強すぎるのさ。あんたが可愛がっているファブラ種の幼体は、人に慣れているところもある。だけど、ドラルコ谷にいるドラゴンたちは、そんな優しさは持ち合わせていないだろうね」


「説得するにはどうしたらいいの?」


 ボバの言葉に、私は静かに唸った。

 やはり私の思った通りだった。野生のドラゴンを扱うには、私が行った方がいいのだ。

 リカルドが先ほど言っていたように、それほど狂暴なドラゴン相手に、ベラトリス達は相当な犠牲を強いているに違いない。


 どうにか説得したかった。


 しかし、ボバから戻って来た返答は、私が想像していた返答とは全く異なった返答が戻って来た。


「説得? そんなものあの男に通用するわけないだろう。ついて行くのさ。勝手にね」


「勝手に?」


 ボバから「もう少し相手に寄り添ってみなさい」と言われるかと思っていた私は、ボバの返答を聞いて思わず椅子からずり落ちてしまった。


 私が怪訝な表情を浮かべたので、ボバは笑いながら「何を言っているんだい」と笑い飛ばした。


「そうだよ。途中まで行ったところで、付いてきちまっていたら、あの男も捨てて行くわけにはいかなくなる。思ったより情がわいている。あのファブラ種の幼体にもはじめは恐れの感情を抱いていたけれど、どうやら愛着も沸いているらしいね。こんなに人を変える力を持っていたのは、なかなに面白い。だが、まだあの男の中に悪魔はいる。自分の命を削ってまで手に入れる必要があるか分からないものに執着があるからね……」


 前に聞いた時には分からなかったボバの言葉が、身体の中にすっと入って来た。


「ベラトリスは、私たちを殺そうとしているの?」


「あの子は孤独な星が付きまとっているからね。奪われた物の数を数えるタイプだよ。大事な家族を追い詰めた人間たちは決して許さないね。城を取り戻し、全員を八つ裂きにするまで、手を止めはしないだろう。この先重要になっていくのは、誰が勝利をおさめるかということだね」


 ボバのカードがめくれると、骸骨のマークが出てくる。


「これは?」


「死のカードだよ」


「誰か死ぬの?」


「そういう風にもとれるし、新たな始まりという意味もあるからね……」


「そうなんだ……よく分からないね」


 私が正直に言うと、ボバは「ヒェヒェヒェ」と引き笑いをして笑った。


「まあ、正直に言ってしまえば、こんなものに振り回されているうちは、まだ青二才さ。変えることだってできる」


 それをもっと早くに言っていれば助かる命も多かったに違いない。

 しかし、彼女を責めたところで、ボバの力を利用して、長年虐げてきた過去がある。彼女の言葉を全面的に信用して、自分でものを考えなかった。

 

 リカルドがよく言う『無知は罪だ』という言葉がとてもよく当てはまっている気がした。


「あと、ボバに聞きたいことが二つあるの」


「ここからは出たいよ。それは唯一の願いでもある」


 私が質問する前に、ボバが答えた。私の聞きたいことを分かっているようだった。


「分かった。もう一つ質問があるの。老王アレハンドロに浄化しなさいとアドバイスしたの、あれって嘘でしょう?」


「勘がいい子だね。どうしてそう思う?」


「分からないけど、ボバの占いって、未来を断定するものが多いのに、老王アレハンドロのアドバイスだけ、どうしてだか、抽象的だったから。そのアドバイスを受け入れたせいで、亡くなっているし……」


 ボバは私の質問には答えなかった。だが、「ずっとこんな生活をさせている人間を幸せな最期にさせるはずがないだろう」と静かに答えた。


 この狭い部屋のなかで閉じ込められ、最期を迎えるなんてあまりに哀れで惨めなものだ。


「私がリカルドを説得する。ううん。説得させられないけど、賭けに出てみる。だから、ボバ、私に力を貸してくれない?」


「分かった。約束しよう」


 私は、ボバの足にある鎖の鍵を外した。この間、執務室で待っている時に、こっそり盗んだのだ。


 協力者は盗みのプロであるセレナである。


「あんた、いいのかい? 私はこの城で長年恨みつらみを持っている人間だよ」


「いいよ。ボバ。お互い好きにやろう。でも、私が侵入するタイミングを占って、教えて」


 私の言葉に、ボバは笑って頷いた。

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