第26話 ルシアの罪


「じゃあ、どうしたの?」


「私が動いたんです」


 ルシアがリカルドに代わって話を始めた。

 リカルドに指示を出されて、ルシアは、狙いをベラトリスの妹であるカルーラに狙いを定めた。


 姉のベラトリスと異なって、妹のカルーラの方が、隙が多かったからである。

 はじめは偶然を装って城の中ですれ違い、カルーラの好きなものを持ったり、感心を引くような行動を起こした。

 元々端正な顔を持っている自覚があったので、少し行動を起こせばすぐに引っかかると思っていた。


 案の定、しばらく経って『あなた、私に興味がおありになって?』と声をかけてくるようになった。


 自分で知っている限りの甘い言葉をたくさん吐いた。まるで別人になったような気がして、時折自己嫌悪に陥ったが、リカルドの革命を成功させるために、人肌脱がなければいけなかったのである。


 ルシアの両親と妹は、老王アレハンドロの気まぐれで殺されている。たまたま、老王アレハンドロの通る車の前にいたがために、気まぐれに不機嫌だったあの老人は、ルシアの両親を殺し、妹を城に連れ帰り、好き放題して捨てた。

 一命をとりとめたが、妹は、精神が壊れていた。


『兄さん! 私なんて! 私なんて、死んだ方がましよ!』


 一体なにをされたのか分からないまま、妹は異国に向かう船に乗って行方が分からなくなった。しばらく経って、身投げしたと連絡が入った。


 そんな男の娘に愛を囁くなど、反吐がでる行為でしかなかった。


 しかし、そんなルシアの思惑とはよそに、カルーラは本気でルシアのことを好きになっていたようだった。


 感覚を自分で壊して麻痺させれば、意外にも簡単にカルーラのことを愛することができた。顔と性格が彼女の母親に似ていたというのも、麻痺させられる理由の一つだった。


 騎士であるルシアに恋をしているカルーラをバカにしていたベラトリスだったが、妹が大事にしているものには手をだすことはなかった。


 ルシアは、カルーラの懐に入り込み、何度も彼女を抱き、愛を囁いた。


 そして、ある日、好機はやってきたのだ。


『お父様がね、今夜だけは一人でお過ごしになるんですって。宮廷占い師ボバ様が、身を清める時間が必要だっておしゃったそうなの。お姉様は危ないから護衛をつけろって進言なさっていたけれどね、お父様は、あの占い師は当たるからって、言うことを聞かないらいしいのよ』


『そうなんだね。無事に身を清める時間が終わることを願うよ。ちなみにどこで身を清めるんだい?』


『まあ、ルシアったら、優しいのね。故モレスタ王の墓場で一人月明かりに当たっておくらしいの。内緒よ。誰にも言ったらいけないんだから』 


『ああ、もちろんだよ。カルーラ』


 カルーラの寝室を出た後、すぐにリカルドのところへ向かい、待機していた兵士たちを集めた。


 月が出るまで、白砂漠で有名なパブルス砂漠にある白い岩陰で身を顰めた。

 月が出てしばらく経って、占い師の言うことを純粋に信じた哀れな王が一人で月明かりへあたりにやってきた。


 リカルドの指示に従って、こっそり老いた男に近寄って行き、長年命を狙い続けてきた男に首をはねられたのだ。


 アレハンドロの首を持った兵士たちが城の中を駆け回っていた。阿鼻叫喚な王宮の中で、兵士たちは、アレハンドロの腹心の部下から始め、身内の命を奪っていった。


 ルシアは自分で、決着をつけねばならないと、カルーラの寝室へと向かった。


 そこには、すでに命を奪われていたカルーラの姿があった。


『カルーラ! カルーラ!』 


 自分でもなぜあのように駆け寄ってしまったのか分からなかった。愛を囁き、情を重ね合ってしまったからだろうか。


『ああ、ルシア……私がいけないの……私が……』


 息も絶え絶えの状態で、カルーラが呟いた言葉が最後の言葉だった。瞼を閉じて、ベッドの下に彼女の遺体を隠そうとした時だった。


『カルーラ!』


 混乱から辛うじて逃げてきたベラトリスが、そこに立っていた。亡くなったカルーラの遺体を見た時、彼女は即座に自分の妹切り捨てた。いや、切り捨てるしかなかったのだろう。敵に抱きかかえられている妹の遺体を持って逃げても仕方がないない。


 アレハンドロの首を玉座の下に放り投げ、リカルドが占領するまでに、数時間もかからなかった。


 ルシアはベッドの下にカルーラの遺体を隠し、これ以上彼女が蹂躙されないように手配した後、ベラトリスの後を追いかけたが、彼女を見つけることはできなかった。


 ☼☼☼



 私が思っていた革命よりも、想像を絶する過去の話に、私は驚きおののいた。


 だが、彼らを「悪だ」と言い切ることはできなかった。もし、老王アレハンドロが生きていて、私が彼らのいる城に行っていたとしたら、何をされているか分かったものではなかった。


「その後ですよ。太陽王の証が消えていたのは。おそらく、彼女が持ち去ったのだろうと思いますが……ここで動き出したということは、彼女は城を、王座を取り返しに来ているということになりますね」


「そういうことだな……」


 リカルドが深いため息をつく。私も口を噤む以外できなかった。

 部屋をノックする音が聞こえて、兵士が一人入って来た。


「陛下、ルシア様。北の酒場より男を数人確保いたしました。オリバレス公爵邸の警護も手配完了です。オリバレス公爵には、報告済みで了承も頂いております」


「ご苦労。下がっていい」


 リカルドの言葉に、兵士は頭を下げて部屋を出て行った。


「ベアトリスの居場所を吐かせるしかないな。この場合、先手必勝だ。奴はドラゴン闘技場を運営しているといったな。あの女が一人で勝手に運営を始められたわけがあるまい。必ず裏についている奴がいるはずだ」


 リカルドの言葉に「そうですね」とルシアが同調した。


 私はどうしたらいいか分からずに、リカルドの方を見つめていると「お前は、大人しく俺部屋にいろ。見ていて気持ちがいいものでもないからな。ペペとカギ閉め女と一緒いろ」と指示を出した。


 リカルドとルシアが部屋を出て行くのと入れ違いに、ペペとセレナが部屋の中へ入って来た。


「モニカ。大丈夫だった?」


 心配そうに声をかけるセレナに、ペペが「リカルド様も護衛もついていたのに……私もいれば……」と後悔している声が聞こえた。


 私は起きたことを二人に話した。リカルドから話してもいいと許可をもらっていたからだった。


 二人は無理をしなくていいと言ってくれたが、話している方が落ち着いた。


「にしても、ルシア様。そんなテクニックをお持ちだったなんて、隅に置けないわね」 


 セレナが腕を組んでため息をついた。


「本当は苦手なはずなのに、陛下の革命を成功させるために、無理矢理やったのよ」


 ペペが小さな声で呟いたので、私は「ペペはルシアと昔からの知り合いだったの?」尋ねた。


「あ、うん。ほら、兵士時代から一緒だったから」


 私に言われて慌てるペペに、セレナがグイっと近寄った。


「もしかし、ペペってルシア様に好意持ってたりしない?」


「そ、そんなわけないでしょ。やめてよ」


「またまたあ。顔が赤いぞ」


 からかっているセレナに抵抗していたペペだったが、突然ほろりと涙を流した。


「え、どうしたの? ごめん! からかいすぎた?」


 慌てるセレナにペペは首を横に振った。


「私、ルシア様に三回告白して振られてるの……だから、カルーラ元王女の話はちょっとしんどくて……」


 どうやら、ぺぺはずっとルシアに憧れの念を抱いていたらしかった。口は悪いが面倒見はよく、何度も命を救ってくれた。自分が辛い時も、ペペが辛いときは『妹みたいなもんだから、気にしないで話しなさい』と声をかけてくれたのだ。


 憧れはやがて恋慕に変わった。初めて告白した時『妹のようにしか見れない』と断られた。その後、二回告白したが、同じように断られてしまった。


 そして、彼の家族が悲惨な目にあった。支えたいと思ったが、自分にできることは、彼をそっと見守ることしかできなかった。


 そうしているうちに、カルーラ元王女との噂が流れ、半信半疑ではあったものの、私の話でそれが本当であったと知ってしまったらしい。


 どうやら、リカルドもルシアもペペの気持ちを知っていたので、あえて作戦を伝えていなかったらしかった。


 痛恨のミスをしてしまった。

 気まずい空気が私とセレナの間に流れていた。お互いに目配せしあって「どうする」と無言で会話をする。


 むしろ、その情報を先に私に渡しておいてほしかったと、部屋を出て行った男二人を私は恨んだ。


「ごめん……」


 先に謝罪の言葉を述べたのは、セレナだった。私もセレナに続いて「申し訳なかったわ」と言葉をかけた。


 涙を拭いたぺぺは「私の方こそ、任務中に、ふがいない対応をして申し訳ありませんでした」と鼻声で呟いた。


「にしても、ルシア様……。罪な男だわ」 


 セレナの言葉が、リカルドの執務室の中で響き渡り、再びぺぺが泣き始めてしまうのだった。

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