第25話 元第三王女ベラトリス

 公爵家の馬車に乗って、私とリカルドは城に向かっていた。

 先ほどの人間たちが追いかけてきている可能性も考えて、私を城に置いておく方が安心だとリカルドは判断したらしい。


 城に到着すると、はぐれた護衛から報告を受けていたルシアが血相を変えて、出迎えた。


「陛下。何があったのですか」


「北の酒場で伸びている人間を全て連行しろ。逃げている可能性があるが。それとオリバレス公爵邸に人員を割いて、あのドラゴンと夫人を警護しろ。この国になくてはならない者たちだ」


 リカルドは先ほどプーチャと夫人のやり取りを思い出して、かた肩を震わせた。


 リカルドが笑っている姿をあまり見たことがなかったらしいルシアは「どうなさったのですか? そんなに面白いことが?」と首を傾げていた。


 息を整えたリカルドは真顔になって「今日の会議は全部中止だ。ルシア、ベラトリスがモニカを狙っている」と言葉を向けた。


 その言葉を聞いていたルシアの表情が固まった。


「どういうことですか?」


「知らん。護衛に指示を出して、車を発進させた後、奇襲された。モニカの能力まで把握している上に、ベラトリスに指示を受けたと言っていた。モニカが連れてきたファブラ種のドラゴンの存在も見られた。奴らはそっちも狙ってくるだろう」


「分かりました。すぐに北の酒場にいる人間たちを連行し、オリバレス公爵邸に人員を割きます」


「準備が整ったら、俺の執務室へ来い。モニカは、しばらく俺のそばに置く」


「承知しました。お召し物が汚れていらっしゃいますので、後で執務室へ人を送ります」


 ルシアは頭を下げた後、すぐに兵士たちを集めて指示を出していた。


「モニカ。来い」


 リカルドに呼ばれて、私は彼の後について行く。

 リカルドは執務室に到着すると、私に座るように手で指示した。

 私は、酒場の硬い床とは正反対の、ふかふかの椅子に腰かけて「リカルド、助けてくれてありがとう」と言葉をかけた。


「助けられたのは、俺も同じだ。まさか、あそこでファブラ種のドラゴンが登場するとは思ってもいなかったがな。しばらく夢に出てきそうだ」


 またリカルドは夫人とプーチャのことを思い出して笑っているらしかった。


「ちなみに、夫人は、ガルスの生肉を片手でプーチャに餌をあげることもあるよ」


 私が追加の情報を与えると、リカルドはそれもツボにはいったらしく、肩を震わせて笑っていた。


「モニカ。やめろ。俺はまじめに今回の件について作戦を立てたいんだ」


「意外にリカルドって笑い上戸なんだね」


 ひとしきり笑った後、リカルドはまじめな表情に戻り、「モニカ。お前、誰かに何か話をしていないか?」と尋ねた。


 私は首を横に振った。


「嫌われていることはあっても、私は誰にも言ってないよ」


「そうか。疑わしきは、ってやつだ。まずは、お前と接触のあった人間をあらっていかないとな。これに関しては、オリバレス公爵邸の人間も話を聞く必要がある。俺の周りもしかりだがな」


 ここに来るまでに、相当な人間を足切りして来たらしいリカルドは情報を流した犯人に心当たりが多くあるようだった。


 ノックの音がして、セレナとそのほかの使用人が入ってくる。


 私はリカルドの書斎の別室に連れて行かれ、ドレスを着替えさせられた。

 リカルドの書斎の奥には、簡易的に仮眠ができるようにベッドが置かれているようだった。あまり使われている形跡はなかったが、ここでリカルドも寝たりしているのかなと思うと、不思議な気持ちになった。


 着替えが終わり、セレナに連れられて執務室へ戻る。セレナは、お辞儀をした後、汚れた服を持って部屋を出て行った。


 リカルドも着替えが終わっており、先ほどまで汚い古い酒場で誘拐されていたようにはお互い見えなかった。


「モニカ。お前に話をしておきたいことがある」


 神妙な面持ちでリカルドが私に視線を向けた。


「どうしたの?」


 私が尋ね返した時「全て手配は終えました」とルシアが部屋に入って来た。


「ちょうどよかった。ルシア、お前も話を聞け」


 リカルドはルシアに声をかける。ルシアは「ベラトリスの件ですか?」と察しよく返事をした。


「モニカを誘拐しようとした犯人一味の裏にベラトリスがいるらしいが、あの太陽王の紋章もあの女が持っていたようだ」


「ベラトリスがですか!」


 ルシアが声を荒げた。


「ああ、あの反乱に乗じて、逃げたらしい。腹心の部下であるパブロを連れてな」


「パブロ……やはりベラトリスについていたんですね」


 話についていけなくて、私は必死に二人の会話を聞いていた。私がついていけていないと分かったリカルドは、私の方を向いて、分かりやすいように説明を始める。


 ☼☼☼


 元々、リカルドは愛人の子供であった。老王アレハンドロが、正妻以外にもたくさんの妻を持ち、他にも愛人を持っていたというのは、国内外でも有名な話である。


 私も知っている通り、王宮専属占い師ボバにリカルドが「悪魔である」と予言を受けた後、老王の生活は一変した。


 半永久に続くであろう自分の王としての生活が、下の子供たちに奪われてたまるかといった感情だったらしい。

 殺し屋を雇い、自分でもリカルドを殺そうとしたが、なぜか偶然が重なって、リカルドは生き延びることができた。

 他にも念には念をと、男児に関しては、老王アレハンドロの手によって殺されてきた。


 その子供たちの中で、唯一可愛がられていたのは、正妻の娘たちである、ベラトリスとカルーラである。年子の姉妹の仲はよく、自分を愛してくれる父親のことも、愛していた。


 王宮専属占い師ボバからも、ベラトリスとカルーラが生き続けていけば、老王アレハンドロの繁栄は約束されると言われていたのである。


 なので、孤独な老人は自分の娘たちになんでも与え、甘やかした。「自分の繁栄を約束してくれる女神たち」と呼んで、たとえ罪を犯したとしても許してきたのである。


 王女といえどもまだ子供。物事の分別がついていないベラトリスとカルーラが、やりたい放題になってしまったのは言うまでもなかった。


 人を人とも見ない扱いをして、傷ついた人間は大勢いた。


「悪魔の生まれ変わりだ」と揶揄されたリカルドについても、例外ではなかった。大勢の前で見せしめのようなことは、いくらでもされたうえに、愛人であるリカルドの母親にも言うことが憚られるような扱いをし続けた。


 結局精神を病んだリカルドの母は、自ら命を絶ち、敵だらけの王宮にリカルドだけが残った。

 不幸中の幸いであったことは、ちょうど、その時モニカの祖国である小国ウィクスとの戦争が起こり「死んで来い」と兵隊として王宮の外へ送られたことである。

 その時知り合った、ペペやルシアたちが、革命軍の中心になってしまうという、皮肉な話ではあったが。


 月日は経ち、戦争から戻って来た後も、リカルドは城の中にいた。自分の母親を死に追いやり、自分をこのような扱いをする王族たちを根絶やしにしようと決めていたからである。


 そして、話はモニカと出会った時にたどり着いた。


「お前のところへ行った時、俺はベラトリスに刺され、捨てられていたんだ」


 事件は寝ている時だった。相当食事には気を使っていた。何を入れられるかわかったものではなかったからだ。


 しかし、無味無臭の睡眠薬を食事に混ぜられ、気が付いた時には、手足を縛られて砂漠の中に捨てられていた。

 去り際に、ベラトリスがナイフで刺そうとしてきたので、激しく抵抗し、腕に傷を作ってしまった。

 ドラゴンが走る車が去って行ってしまい、追いかけようとした時、痺れ薬ナイフの刃先に塗ってあったことに気が付いた。


「その後は、お前の知る通りだ。さまよい歩いているところに、ファブラ種のドラゴンと対話をしているお前を見つけた」


『ファブラ種?』


『そこにいる、ドラゴンの子供だ』


『この子は、母親とはぐれて、ここで帰りを待ってるの。ところで、あなたは誰?』 


『人に名乗らせる前に、お前が名乗るんだな』


『モニカよ。それで、あなたは?』


『リカルド』


 出会った時の日のことは今でも鮮明に覚えている。


 あの日を境に、私の運命の歯車は動き出したのだ。


 私を見つけたリカルドは、小国ウィクスの生き残りがメトミニーのような辺境地区に幽閉されていることにすぐ気が付いたらしい。

 メトミニーのベッドの下で体力を回復させた後、まだ回復していなかったが、首都オスランデスの城に戻ることを決めた。


 私の力を使って、全方位に猛威を振るい始めた時、リカルドの勝ち目はないからだ。一度小国ウィクスとの戦争に参加した時、ファブラ種のドラゴンの恐ろしさは嫌というほど体験している。幼体のファブラ種が成長し、私が老王アレハンドロの手に渡ってしまう前に、壊滅させるべきだと決心したのだ。


「私を誘ったのは?」


「いや、あんなところにいても未来はないと思った。だから誘った。誰かさんは、自分のことを閉じ込めている友達が大事だと頑なにうごかなかったがな」


 首都オスランデスに戻ったリカルドは、元々悪政を働いていて不満を持っていた人間たちを集めることに注力した。


 リカルドが想像している以上に、現王政に不満を持っている人間たちが多かったので、そこには困らなかった。


 問題は、王女ベラトリスの鼻の良さだった。

 腐っても王家。一度は国民から信頼され、首都オスランデス周辺の小国家を支配し、吸収させた男の娘であることには変わりない。

 革命を起こすための時間がかかってしまったのは、間違いなかった。

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