第24話 救世主プーチャ
どうやら、私とリカルドは酒場の地下に閉じ込められていたようだった。
階段を上ると、何人かの男女が酒を飲みながら談笑している様子が見える。
「にしても、マネキの奴張り切ってたな」
「まあ、小国ウィクスの数少ない生き残りで、かなりの地獄をみてきたからな。国を潰し、裏切った王女のことが許せなかったんだろ」
「にしても静かだな。殺しちまってねえか? ベラトリス様は、生け捕りにして捕まえろってご命令だろ」
「さすがのあいつも、そこら辺はちゃんとするだろ。今頃男の方は殺してお楽しみってこともあるかもしれねえぜ」
「やべ、俺混ざってこようかな」
「バカ野郎、やめとけ。奥さんにしばかれるぞ」
「そうよ。あとで、私が奥さんに言いつけてやるんだから」
あまりいい会話ではなかったらしく、リカルドは私の両耳を塞いだ。
「モニカ。俺が合図したら、まっすぐあの出口に向かって走れよ。そして城に戻ってルシアに報告しろ。北の酒場と言えば、あいつなら分かるだろう」
出口は会話している人間たちの向こう側にしかないようだった。非常に逃げにくい作りをしている酒場である。
古びた床板はそっと歩いてもギシギシ音が鳴る。気付かれていないのは、会話している人間たちの笑い声でかき消されているからだった。
「分かった。リカルドは?」
「俺はここで足止めする。追手も来るかもしれないが、頑張って走れ」
「……分かった。がんばる」
「行け」
リカルドが合図をしたので、私は全速力で出口まで走った。
「おい! なんであの女が!」
一人の人間が、気が付いてしまった。私を追いかけようとしたところを、リカルドが奪った剣で背中を切ったらしい。
「うわああああ! 血が!」と叫ぶ声が聞こえた。
私が振り返ろうとすると「振り返るな! 走れ!」とリカルドが叫んだ。
無我夢中で走って出口まで向かった。出口から出ても、しばらく走ると、酒場から遠ざかっていた。
リカルドを置き去りにしてしまったと思ったが、戻ったところで私が役に立つことはない。応援を呼ぶべきだと、私は人通りの多いところへ向かおうとした。
「おい、逃げんじゃねえ」
数人の男が私を追いかけてきた。リカルドはいない。
私は走って逃げるが、首都オスランデスの道の造りを理解していなかった。
あっという間に行き止まりになってしまい、追い詰められてしまう。
「逃げようったってそうはいかない」
「知ってるぜ、ドラゴンを操れるんだろう? ずいぶん金になる話じゃないか」
どうして私の情報が洩れているのか分からない。誰が流したかなんて分からないが、私の周りに情報を流した人間がいるのは間違いなかった。
じりじりと男たちに追い詰められていく。
どうしようもない。そんな風に諦めた時だった。
上空からキラリと地面に何かが反射するのが見えた。
私が顔を上にあげたので、男たちも同じように視線を上に向けた。
「プーチャ!」
そこにいたのは、プーチャ。ファブラ種のドラゴンだった。
「ファブラ種のドラゴンがなんで、こんなところに!」
男たちは慌てた。
普段は温厚な性格のプーチャであったが、私が今までに見たことがないくらい怒っていた。
獰猛な咆哮をあげて、男たちを尻尾を使ってなぎ倒していく。かかってこようものなら、鋭い牙を向けて、威嚇し、それでも向かってくるなら、噛みついていた。
私は今まで大人しいプーチャしか見てこなかったので、ファブラ種のドラゴンが、どれだけ獰猛なのか理解していなかった。
メトミニー修道院から出た後、ルシアが私に怒っていた理由がよく分かった。
「プーチャ。もう全滅してる。大丈夫だよ」
私が声をかけると、プーチャは私の方を向いて、頭を擦り付けてきた。
「ありがとう。プーチャ、助けてくれて。あともう一つお願いしてもいい?」
私がプーチャにお願いすると、プーチャは、任しとけと言わんばかりに鼻を鳴らした。
☼☼☼
プーチャと共に酒場に戻ると、リカルドはまだ酒場の中で戦っていた。どう見ても、一人で戦うには無理がある。それでも、何人かは白目をむいて倒れており、リカルドの先頭の力の高さを見せつけられた。
「リカルド!」
私が酒場の中へ入ると、リカルドは「戻ってくるな! お前はアホか!」と叫んだ。
「私だって、守られているばかりじゃないんだから! プーチャ!」
私が指示をするとプーチャが酒場の壁を突き破って、咆哮した。あまりに大きな声で叫んだので、私は思わず両手で耳を塞ぐ。
プーチャは「久々の運動だぜ」と言わんばかりの態度で、酒場を荒らしていった。
「なんで、ファブラ種のドラゴンがこんなところにいるんだ!」
「しかも幼体の雄だぞ。美しい」
逃げまどいながら、そこにいる人間たちはプーチャのことを見ている。
「プーチャ、あそこの人を守って」
リカルドの方を指さして、指示をすると、プーチャはリカルドを守るように、戦っていた相手の男に噛みついて引き離した。
「なんで、戻って来た! しかもファブラ種のドラゴンまで連れて」
「逃げよう。リカルド二人で。プーチャ! 行くよ!」
プーチャは敵が追ってこないように、そこら辺にあった津テーブルや椅子をなぎ倒した。
もしかしたら、檻の中に入れられていた時も、本当は逃げ出すことができたのではないかなと思った。プーチャは私が待っていてと言ったから、待っていたのかもしれない。それに、オリバレス公爵邸でも、造花をつけただけの縄で繋がれていたのが不思議でならなかった。
酒場の外にでると、プーチャは私たちに「乗れ」と背中を低くした。
リカルドは私を前に乗せて、自分も後ろに乗る。
二人が乗ったことを確認すると、プーチャは上空に飛び立った。
二人分の重さがあるので、少しヨロっとしていたが、少し経つと慣れたようでどんどん酒場から離れて行く。空に上がって進むと、人々の喧騒が見えてきて、城も見えた。
あまり離れた場所にいなかったようだ。
「城に戻れ」
リカルドはそう命令したが、プーチャはブルルと鼻を鳴らした。あまりいい印象がないらしく、城には行きたくないようだった。
プーチャが目指したのは、オリバレス公爵邸だった。
プーチャにとって、公爵邸は安心できる場所らしい。庭に降り立つと、私とリカルドを下ろして、引きちぎられた縄を自分の足元に置いた。
ドラゴンが戻って来たので、家の中から血相を変えた夫人が慌てて出てきた。
「まあ! プーチャ! 勝手に出て行くなんて。危ないでしょう。何かあったらどうするの! とっても心配したのよ。縄も勝手に引きちぎって。め!」
夫人に叱られたプーチャは「ごめんなさい」といった様子で「クゥウン」と泣きそうな声をあげている。先ほどまで獰猛な咆哮をあげて、酒場を半壊させたドラゴンと同じには見えなかった。
リカルドは呆気に取られていたようだったが、突然声をあげて笑い始めた。
「あら、陛下。どうしてここに? 何かありましたの?」
なぜリカルドがここに立っているのか分かっていない夫人がきょとんとすればするほど、リカルドのツボにはまっていく。
先ほどまで獰猛な咆哮をあげて、人々をなぎ倒していたプーチャが、おっとりとした夫人の言うことを大人しく聞いている姿がツボに入ったのだろう。
プーチャのことを理解している私ですら、その落差に少し笑ってしまった。
あまりに声をあげて笑うので屋敷の中にいたカルも顔を出して怪訝そうな表情を浮かべていた。
「モニカまで、今日はお城でお泊りじゃなかったの?」
「夫人。これ以上リカルドを笑わせたらだめよ」
私も、状況のギャップに笑わずにはいられなかった。
「どうして? 私、何か変なことしたのかしら」
首を傾げている夫人に、ようやく落ち着いたリカルドが「夫人。あなたはずっとそのままでいてもらいたい。モニカをここに預けた俺の判断は間違っていなかった」と頷いた。
プーチャは大人しく縄の切れ端を持って、夫人に渡している。
状況が理解できていない夫人は、フィアンに新しい縄をもって来させると「もう勝手にお外に出たらだめよ」と優しく語りかけるのだった。
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