第23話 誘拐

 車がどんどん加速していくので、リカルドは「モニカ、この車を捨てて逃げるぞ」と言った。


 しかし、クレレ種のドラゴンは「こわいよ」と言っている。不測の事態に戸惑っているようだった。


「だめだよ。この車を引いているドラゴンが怖がってる」


「チッ。ちょっと待ってろ」


 リカルドは、車のドアを開けて、外へ出て行く。車体の上へ腕の力だけで登って行った。しばらくして「ギャア!」といった悲鳴があがり、車は急停止した。


「モニカ。こちらへ来い」


 リカルドに呼ばれて車を降りる。そこに倒れている男は、先ほど私たちを馬車へ誘導した護衛の男ではなかった。


「モニカ」


 リカルドに厳しい声で呼ばれ、私は彼の方へと駆け寄った。

 怯えているクレレ種のドラゴンに「もう大丈夫だよ」と声をかける。クレレ種のドラゴンは「知らない人が勝手に触って来て嫌だった」と震えていた。 

 リカルドが車との連結を外し、私に「もう乗っても大丈夫か?」と尋ねた。


「もう大丈夫だと思う」


 私が答えると、リカルドは私をクレレ種のドラゴンの上に乗せ、自分も乗った。


「車体は後で回収させる。問題は、この男が、どこの誰かということだ」


 リカルドがクレレ種のドラゴンを出発させようとした時だった。


「おい、降りろ」


 武装した集団が私たちの周りをぐるりと囲んでいた。布で顔を覆っているので、素顔が見えない。


「少し遅かったか」


 リカルドが苛立ったような声をあげた。祭りがあるせいで、住人のほとんどが出払っている。


「男、お前はいい。俺たちはその女に用がある」


「悪いが、渡せないな」


「渡してもらう」


 髪の毛を全てそり落とした男が、腰から剣を抜いた。

 リカルドは、足でクレレ種のドラゴンの腹を蹴った。クレレ種のドラゴンは、慌ててリカルドの指示に従い、走り始めようとする。


 しかし、集団が鎖でクレレ種のドラゴンの足を絡めたので、ドラゴンはバランスを崩して倒れてしまった。


 リカルドは私を離そうとはしなかった。私を守るように抱きしめて怪我をしないように受け身をとってくれた。


「モニカ、絶対に俺から離れるな」


「う、うん」


 何がなんだか分からなかった。


 武器を持った集団は、じりじりと私とリカルドに近づいてきている。


「抵抗をしないなら、傷つけはしない。大人しく女を渡せ」


「生憎、俺は気に入った女は手放さないタイプだ。お前の命令には従えないな」


 リカルドは私を守りながら、敵のリーダーと対話している。私は、空に小型ドラゴンの群れが飛んでいないか確認した。  


 しかし、それにはドラゴン一匹飛んでいなかった。


 敵の方を見たが、ドラゴン一匹連れていない。不思議だった。彼らはどうやって移動して来たのだろう。


「彼女を連れて行く目的はなんだ」


「お前に言う必要はない」


 丸腰のリカルドは、武器を持っている集団に私を守りながら戦って勝ち目を見つけられないと思ったのだろう。


「分かった。一つ条件がある。俺も連れて行け」


「お前の価値は?」


 リカルドは自分の胸元のシャツを広げ、刻まれた太陽のタトゥを見せた。


「この国の王、リカルドだ」


 刻印を見た集団たちは、驚いたような声をあげている。


「その反応を見ている限り、国内の人間ではないな。で、俺も連れて行くのか?」


「いいだろう」


 相手はリカルドにも価値を見出したようだった。目的が分からないまま、私とリカルドは拘束された。


 目隠しをされて、どこかへ連れて行かれる。その間も、リカルドは私の手をずっと握っていた。


 途中で犯人グループの一人がその手を離そうとしたが、あまりにリカルドが強く私の手を握っているので、離すのを諦めた。


 ☼☼☼


「目隠しを外せ」


 そこは、どこかの酒場のようだった。

 蝋燭の灯った火がまぶしくて、目を細める。リカルドが横にいるか確認すると、彼は辺りを確認しているようだった。リカルドがいることにホッとして、私もここがどこであるか情報探るが、全く分からなかった。


 両手も両足も、縄で縛られていて身動きが取れない。これでは逃げようにも、逃げられないだろう。


 先ほど場を仕切っていた坊主頭の男が、私に軽蔑したような、憎しみを込めたような視線を向けた。面識のない相手だったので、私はどうしてこちらにそのような視線を向けるのか分からない。もしかしたら、パルティダ達が雇った人間なのかと思った。彼女たちは私のことが嫌いなはずだ。そこまで考えて、首を横に振った。


 もし、パルティダ達が雇ったのであれば、この国の王であるリカルドを知らないはずがない。


「モニカ・マルドナド。俺たちのことを知るはずもないな」


 坊主頭の男が低い声で、私の名前を呼んだ。


「知らない。ごめんなさい」


 私は正直に答えた。見覚えのない顔だったからだ。


「殺してやりたいくらいだ。俺たちは、小国ウィクスの民だった。お前の両親がしくじり、お前が行方不明になったせいで、俺たちの国は滅びだ。お前は、王族がいなくなった後の王国の末路を知っているか? 家族は飢え苦しみ、好きな女は売られていった」


「……」


 どうやって返答していいのか分からなかった。私は知らない。何も知らない。


「無知は罪だ」


 リカルドが静かに呟いた。前にも言われた言葉だった。何も知らないでは済まされないことがある。


「国が滅びたのは、お前らの信じた王族のせいだ。己の力量も図らず、巨大な力のある敵にあらぬ攻撃をしかけた。その先のことも考えずな。そういった意味では、こいつの親に責任がある」


 リカルドが同調したので、坊主頭の男は「そ、そうだろう。全部こいつのせいだ」と大きな声を出した。


「しかし、その先のことはお前らの責任だ。お前が苦しいのは、お前のせいだ。力を持っていなかったのも、大事な人間を守れなかったのもな。こいつが、幽閉されていたのは、まだほんの子供のころだ。もし、こいつが捕まっていなかったとしても、何ができた?」


「うるさい! 王族なんだ。それなりの仕事をしてもらったさ」


「子供にできることなど少ない。王というのは、その人間の器がそれなりに育ち、民の責任を理解して初めてできる仕事だ。それに、こいつが生かされた理由は、お前らだってわかっているだろう? こいつが、女王として祭り上げられたとしても、殺されて終わっただけだ。抵抗した分、老王アレハンドロはもっとひどい目にお前らをあわせていたはずだ」


 リカルドは冷静に相手の男を詰めていく。


「違う! こいつは仕事をしなかった。だから俺たちは苦しいままなんだ……」


「そんな戯言を吹き込んだ奴は誰だ? お前に情報を流した人間が裏にいるんだろう? こいつは正直に有能か無能かでいったら無能な部類だ。お茶会に参加したと思ったら、とんでもない悪評を流されるわ、文字は読めないわ、割と評判のよい家庭教師をあてがったら喧嘩してクビにするわで、大変な女だぞ。まさか、自分の配下にある公爵にフォローを入れる羽目になるとは思っていなかった」


 確かに間違ってはいないが、なかなか私に失礼なことを言っている気がした。情報を引き出すために言っているのだろうと、私は黙ろうと思ったが我慢できなかった。


「リカルドって、私のことそんな風に思ってたの?」


 そこまで言われて「ええ、私、役立たずの無能なんです」と笑顔で言えるはずがない。


「まあ、一部分だ。何かと問題児であることに間違いはないだろう。今の状況だってそうだ」


「もしかして、リカルドって私のこと嫌いなの?」


「いやいや、嫌いだったら、あの場でお前を見捨てて逃げている。助けてやろうとしているんだろう」


「無能って何? 言い方に問題ない? 前から思ってたけど、リカルドって女心も分かってないし、偉そうだよね」


「俺は王様だ。偉いに決まっているだろう。この立場を手に入れるために、どれだけ苦労したと思っているんだ。お前だって、昨日の夜、俺の腹をぺたぺた触って感傷に浸っていただろうが。ちょっと恥ずかしかったぞ」


「こんな人達の前でそんな話しをしないでよ」 


「俺たちが言い争いをしている場合じゃないだろう。モニカ。お前は無能。だから解放。それで、いいじゃないか」


「なんかよくない。解放されたいけど、なんかよくない」


 坊主頭は呆気にとられていたが「うるさい!」と怒鳴った。  


 リカルドはめんどくさそうな表情を浮かべて「ほら、お前がいろいろごちゃごちゃ言うから怒っているぞ」と私のせいにした。


「これは、どっちかというとリカルドに怒ってる気がするけど」


 坊主頭の男が近くに置いてあった椅子を蹴り飛ばした。


「バカにしやがって!」


「バカにしているのは、俺たちじゃない。お前に、そんな考えを吹き込んだ人間だ。」


 男は剣を取り出して、リカルドに切りかかった。


「ふざけるな! 苦労も知らない、お前らに俺たちの何が分かる!」


 いつの間にか、リカルドは両手の縄を解いていた。男の手元を思い切り掴むと、坊主頭の男はバランスを崩して倒れた。


 そして、リカルドは男の首を左腕で思い切り締めると、右腕で剣を奪い取った。


「く……くるし……離せ」


「こちらが大人しくしている間に素直に答えればよかったものを。どこのどいつに指示された? 言え、クソハゲ」


 リカルドは持っていた剣で、男の太ももを思い切り刺した。悲痛な男の叫び声が部屋中に響いたが、誰も入っては来なかった。男がリカルドを痛めつけていると思っているのだろう。


「ほら、言えよ。指示したのは誰だ? 俺は気が短い上に、情けをかけるのが嫌いな人間だ。次に正直に言わないと、お前の足を身体から切り離すぞ」


「待って……言う」


「ほら、三、二、一……」


「ベラトリスって女だ!」


「ベラトリス? どんな容姿の女だ?」


「髪が長くて、細身。お前のタトゥと同じ太陽のネックレスをしている女だ。長い髪の毛を一本の三つ編みしたパブロという背の高い男を連れている」


「……その女は今何をしている?」


「ドラゴンの闘技場を運営している……自分の素性は語らない。そいつがモニカ・マルドナドはモレスタ王国の王妃になるために、俺たちを裏切ったと言っていた。だから俺たちはっ……」


 男はリカルドの腕の中で気絶していた。リカルドが、高等部を思い切り剣の柄で殴ったからだ。


「モニカ、逃げるぞ」


 自分の足に巻かれている縄を切った後、私の縄も解いてリカルドは淡々と言った。


「リカルド……いつから作戦なの?」


「さすがだな。お前が本気で俺に怒ってくれたから、俺は縄を解く時間ができた。有能な女だ」


 なぜかうまく誤魔化されているような気がしなくもなかったが、今はリカルドと言い争いをしている場合ではない。


 私は解かれた縄をそこら辺に投げた後、リカルドの後に続いた。

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