第6章 ハースタの祭り
第22話 祭りの熱
モレスタ王国には、ハースタ祭りという伝統的な祭りがある。
祭りでは、たくさんの食べ物の屋台が出るほか、目玉として、水上で生活するペニグス種と呼ばれるドラゴンの引くボートの上に五人ずつ乗り、棒でつつき合う『ペニグス』というドラゴンの名前の通りのゲームがある。先に全員が水の中に落ちた方の負けとなるらしい。
ここ数年、老王アレハンドロが、自分が勝てないという理由から開催を禁止していたのだが、リカルドが復活させたようだった。
リカルドが私を城に滞在させたのも、このハースタ祭りに参加させようと思っていたからのようだ。
ただし、ハースタの祭りは市民のものなので、完全にお忍びという形である。
「このハースタの祭りが終わった後、お前を婚約者として発表する」
リカルドの宣言に私は「ルシアはもう少し先だって言ってたよ」と朝食を食べながら報告する。
「あいつの陳腐なシナリオはつまらん。貴族のまねごとをして形にこだわりたいだけだ。それにお前は、王家の出だ。そこら辺の貴族の女より、位は高い。文句は言わせないさ」
リカルドが決めたことに、ルシアが抗えるはずもないので、私は了承した。
ゆっくり首都オスランデスに出かけるは、初めてなので浮足立っている私に「あまりはしゃぐなよ」とリカルドに注意された。
セレナに着替えをさせてもらい、リカルドが待っている大広間に移動した。
「日差しが強いから、しっかり帽子もかぶっていけ」
セレナが手に持っていた帽子を私にかぶせる。ルシアが浮かない表情を浮かべて「私がついて行かなくて大丈夫でしょうか?」と尋ねた。
「護衛もついているうえに、お前の眼帯は特徴的だ。目立つだろう」
「それを言うなら、モニカ様の赤毛も特徴的ですけどね。気を付けて行ってくださいよ。何もないとは思いますが」
ルシアや他の使用人たちに見送られて、古いドラゴンの引く車で出発する。中は綺麗だったが、はじめそのドラゴンの引く車を見た時に、あまりに古いのでおののいていると「早く乗れ」とリカルドに叱られた。
ドラゴンの引く車が城から離れると、生成りで統一された建物が見えてきた。祭りということもあって、この街に来たばかりの時以上に、色とりどりの植物や、布が飾られている。
「モニカ、よく見ておけ。これから見る景色に映る市民の顔を」
リカルドの言う通り、窓の外に映る景色を眺める。人々がのびのびとした表情で歩いているのが見えた。
祭りを楽しみ、自分の大切な人々と一緒に過ごしている時間を堪能しているのだろう。
ドラゴンの引く車はしばらく走って、人通りの少ないところで止まった。
「ここからは、ドラゴンの引く車は通れん。人で溢れている。ほら、手を出せ。特別に手を繋いで歩いてやる」
どうしてそんな偉そうに言うのだろうと思ったが、リカルドの言う通りその先は想像以上に人で溢れていた。先日の夜会でも人の数が多いなと思っていたが、それ以上の光景に思わず圧倒されてしまった。
リカルドと手を繋いで歩いていても、途中でもみくちゃにされてはぐれてしまいそうだった。
「モニカ。護衛を巻くぞ」
後ろにぴったりくっついてきている護衛に聞こえないようにリカルドが耳元でささやいてきた。
「大丈夫なの?」
「問題ない」
今日のリカルドはまるで子供のようだ。私の手を引っ張り護衛を巻こうと走り始める。
人でごった返している通路で、慌てて追いかけようにも「押しのけてくるな」と通行人に注意をされてしまう。リカルドの目論見通り、護衛はあっさりと巻くことができた。
「たまには、一人の人間として楽しむことも大事だ。責任を伴うことも大事だがな」
人の波をかき分けながら、リカルドは私を祭りの出店が場所へと連れて行った。商人たちは、果物や酒など喉が潤うようなものを売っていた。
「あれが、アラティウムの果実だ」
リカルドは、握りこぶしほどの大きさの橙色をした実を、一つ買って私に渡した。実は思っているよりも固かったが、上の方に小さな穴が開いていた。
「そこから、果汁を飲むようにできている。今回は熟しているから、苦みや酸味はないだろう」
そういえば、喉が渇いていたことを思い出し、穴から流れてくる果汁を飲み干した。ちゃんと熟していたらしく、甘かった。小さな黒い種の周りにはゼリー状のものが周りについていて、それも一緒に食べると美味しかった。
「モニカ、これも食べてみろ」
リカルドが手にしていたのは、細長い砂糖がまぶしてある揚げた菓子だった。両手が塞がっている私に、リカルドは「そのまま齧れ」と言って私に少しだけ齧らせた。まだ揚げたてだったその菓子をほくほくしながら食べる。合間にアラティウムの果汁を飲むと、幸せな気持ちになった。
「リカルド、美味しいね」
「この揚げ菓子は、なぜか貴族たちの間で不評だ。時折城でも作らせるが、やはり屋台で食べるやつの方が旨いな」
☼☼☼
首都オスランデスには、中心に大きな川が通っている。北に隣接するアバルース王国との国境にある大きな活火山ウータルデ火山を隠すように連なる山、スクトゥーム山脈。山から流れるナヴィタス川をシヴェレ海まで繋げ、それを囲むように首都オスランデスがある。
水上ゲームの『ペニグス』を観賞しようとしていた時、息を切らした護衛たちが私たちを見つけた。
「どこにいらしたんですか……?」
息も絶え絶えな護衛であるが、リカルドはけろっとした表情を浮かべて「お前ら、持ち場を離れてどこに行っていた。祭りだからといって浮足立つなよ」とまるで護衛たちの方が悪い物言いであった。
「モニカ。ペニグスは、至近距離で観るのが一番面白いんだ」
リカルドが指をさした方へ、水上ドラゴン引かせ、五人の男が乗ったボートが登場した。どうやら毎年出ている人気のチームのようで、大きな歓声を浴びている。黒い鱗を持ったペニグス種のドラゴンも、自分の役割を分かっているようで、随分と誇らしげだ。ボートに乗っている男たちが、随分と可愛がり共に頑張って来たのだろう。
「ドラゴンも誇らしげだね」
「まあ、この競技はペニグス種のドラゴンの泳ぎ方にもかかっているところがあるからな」
そうこう会話している間に、両選手とドラゴンが揃い、試合が始まった。
試合は、想像しているよりも激しかった。選手が棒でつつき合うのと同時に、ペニグス種のドラゴンも、互いの船を揺らそうと攻撃をしかけるためだ。
選手たちの叫び声と、ペニグス種のドラゴンの咆哮だけを聞いたら、人がドラゴンに襲われていると勘違いしてしまう人がいるだろう。
しかし、人々は熱い歓声をあげながら、試合の行く末を見ている。
「今年は、どっちが勝つか分からんな」
「あ、一人落ちた」
「何やってんだよ。俺、あいつに賭けてたんだぜ」
「おし! このままいけ!」
「おいおい、あのドラゴン、棒をはじいたぞ。賢いな」
それぞれに応援しているチームがあるらしかった。試合を初めて観る私は、どちらを応援しているというのはなかったが、リカルドはしっかり応援しているチームがあったらしい。自分の応援しているチームの方が有利なので、いたくご機嫌な様子だった。
ボートから落ちた選手たちは、試合の邪魔にならないように救援ボートに泳いで乗っている。救援ボートの方も、ペニグス種のドラゴンが引いているようだった。そちらのドラゴンは、試合用のドラゴンよりも、比較的穏やかな性格のようだ。泳いできた選手たちがボートに乗りやすいように、後ろ足を水上に出して、サポートしている。
十数分の死闘の末、勝ったのは最初に登場してきたチームの方だった。リカルドもそちらのチームを応援していたので、他の観客と同じように「よくやった」と喜んでいる。
「そろそろ、お時間です」
護衛の一人がリカルドに耳打ちしたので、リカルドは興ざめしてしまったようだった。
しかし「分かった」と短い返事をして、車の停めてある場所へと向かう。
「午後に重要な会議とやらがあるのを忘れていた。モニカは、このまま公爵邸へ行け」
「分かった。今日は面白かった」
少しだけ名残惜しいと思っているのが伝わったのだろう。リカルドは「また、時間を作る」と微笑んだ。
突然ガタンと車が揺れた。
「何事だ?」
リカルドがドラゴンを操っている運転手に声をかけたが、返事がない。車はどんどん加速しており、窓の外にある景色が変わっていく。
一体何が起こっているのか分からなかった。
「車を止めろ! 聞こえないのか?」
リカルドが命令するが、車は止まる気配がない。
私は耳を澄ませて、ドラゴンの様子を探った。ドラゴンは「グルルル」とうめき声をあげている。
「リカルド、運転している人が変わったみたい」
「変わった?」
怪訝な表情をリカルドが浮かべているので、運転手は変わる予定などなかったようだ。
不穏な空気が車の中を包んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます