第19話 リカルドの仕返し

 デビュタント当日がやってきた。この夜会には、異国間交流も目的にあるらしい。古くからの同盟国である隣国のイージェス王国からも複数人の貴族がやってきていた。


 私の横には、心配したカルがそばに張り付いていた。

 社交界は苦手だと言っていたカルではあるが、最低限のマナーはできるらしく、私よりもスマートにこなしている。

 おかげで、先日私に悪評を流した少女たちを見かけても、最低限の挨拶をしてきただけで、それ以上の交流はなかった。


 しかし、パルティダ・ホレスだけは違ったようで、私には目もくれずカルに向かって「ごきげんよう」と話しかけていた。


「カルロス様。私、ダンスの相手がおりませんの。もしよろしければ、一曲踊ってくださりませんか?」


 普通は男性の方から誘われるのも待つものだろうが、パルティダはそうではないらしい。もし、私が同じことをやろうものなら、ミス・ロペスは怒り狂うだろうと思った。


「悪いけど、今日は家族の付き添いで来ているだけだから。君なら、他に誘ってくれる人はたくさんいるだろう?」 


 素っ気ないが、最低限のマナーを守った断り方だった。先日の私の悪評をばらまいた件で最も「気持ち悪い、そういうことをする奴」と嫌がっていたのはカルだった。

 印象の悪いパルティダに対して、ダンスの申し込みを断るのは当然だろう。


「ですが、私は、カルロス様と踊りたいのです」


 頑なに意思を伝えてくるパルティダ。あの日、私が意地悪をされた理由は、彼女の恋心が原因だったようだ。


「何度も言うけど、今日は家族の付き添いで来ているだけだから。悪いね」


 カルは「行こう、モニカ」と私の肩を抱いて、パルティダから離れた。


「大丈夫なの? カル」


「今日はホレス家の令嬢と交流は伯父さんから禁止令が出ていたからね。ちょうどいい」


 カルの言葉に少しだけ安心したのもつかの間。パルティダは、自分の欲しいものを絶対にあきらめないような性格だったらしい。

 今度は城の中でも権力を持っている、ホレス公爵を連れてきて「私がダンスを申し込んだというのに、恥をかかされてしまった」と父親に非難をするよう誘導したのである。

 自分の娘のデビュタントを台無しにされたことで、父親であるホレス公爵は「君は、どれだけ偉くなったつもりだね?」と怒り心頭だ。


 だが、私の存在に関してホレス公爵が知らされていなかったということは、リカルドの信用度はあまり高くないのだろうと思った。


「申し訳ありません。今日、僕は家族の付き添いに来ただけだと申し上げただけなのですが」


「だとしてもだ。君はオリバレス公爵のあとを継いでいるわけではない。君と私の間は対等ではない。それが分かっていないらしいな」


 聞く耳を持たないとはまさにホレス公爵のことだった。


「親も親なら、娘も娘だな」


 うんざりしたカルが毒を吐いた時、ホレス公爵が手を出した。思い切り、カルを殴ったので、カルはバランスを崩して倒れてしまった。


「お父様! おやめになって。カルロス様のお美しい顔が!」


 原因となったパルティダが、悲鳴をあげているが、内心は自分をコケにした男がやられて楽しんでいるらしい。本気で父親を止めているようには見えなかった。


 カルも簡単にはやられない性格のようで「身分身分、うるせえんだよ」とまさかのホレス公爵にやり返すという顛末である。少女たちのデビュタント会場が、一気に乱闘騒ぎになってしまった。会場の中で、悲鳴があがる。


「何事だ」


 低い声が響いて視線がそちらに向くとリカルドが立っていた。


「国王陛下」


「太陽王」


 会場に集まっていた人々が慌てたように頭を下げる。


「何事だと聞いているのだが」


 リカルドは騒ぎの中心になっている人物たちに視線を投げ、その中に私がいることに少しばかり驚いたような表情を浮かべた。しかし、すぐに表情を引き締め直し「状況を説明しろ。ホレス」と青年の上に馬乗りになっていたホレス公爵に厳しい声をかけた。


「陛下。私は……」


「陛下。私が悪いんですわ。私がダンスをカルロス様に、お願いしたんですの。お父様は、私の願いをかなえようとして……」


 パルティダが間に入って、自分の父を守ろうとしている。


「お前は誰だ」


 リカルドは冷ややかに言ったが、パルティダは諦めなかった。


「私は、パルティダ・ホレスと申します」


「ああ、あの女の引き立て役か」


 リカルドの言葉はあまりにも冷ややかで意地悪い声色だった。辺りにいる貴族たちは、クスクスと笑う者、ばつの悪そうな表情でうつむくものそれぞれだった。


 あの女というのは、前にペペが言っていたベラトリスという第三王女だろうか。

 侮辱されたパルティダは、顔を真っ赤にしている。


「で、お前はそこにいるカルロスと踊りたかったのか?」


 自分の恋心を餌にして笑い話にしようとしているリカルドにパルティダは唇をかんで我慢している。


 リカルドのそばに立っているルシアが止めるかと思ったが、黙って隣に立っている。


「モニカ様は、絶対に間に入ってはいけません」


 そばに控えていたペペに言われたので、私は頷いたが、あまりに不穏な空気に不安な気持ちが増幅した。


「カルロス。お前に命令だ。この令嬢はお前と踊りたいらしい。一曲くらい踊ってやったらどうだ?」


「……分かりました」


 王の命令では仕方がないと言わんばかりに、うんざりした表情を浮かべていたカルロスではあるが、了承した。

 パルティダは、輝くような表情を浮かべて「陛下。ありがとうございます」とお辞儀をした。


「だが、その前に、お前に食べてもらいたいものがある」


「食べてもらいたいものですか?」


「ああ。とあるシェフの作った焼き菓子をまねたものなのだが、お前は特に詳しいだろう?」


 使用人が陶器の皿の上に一つの焼き菓子を持ってきた。

 それを見て、私を筆頭にあのお茶会にいた時の少女たちが瞳を丸くした。


「それは……」


「先日のお前が開催したお茶会で出た焼き菓子らしいな。味がうまいととある人物から聞いている。ダンスを踊る前に、召し上がってくれ」


 ホレス公爵や、そのほかの人々が怪訝な表情を浮かべている。中には「陛下がせっかく特別に焼き菓子を下さっているというのに、あの令嬢は、何を躊躇しているんだ?」と不思議そうな声をあげている者もいた。


「頂戴いたしますわ」


 どのような味か知っているパルティダは、震える手を押さえ付けながらその焼き菓子を受け取った。


「早く食べてくれ。お前がどのような反応をするか見たい」


 リカルドの言葉に急かされて、パルティダはその焼き菓子を一口で食べた。

 味を知っている私は思わず顔をしかめてしまう。強い苦みがある、あの焼き菓子を一口で食べるとは思ってもいなかった。


 パルティダは、瞳に涙を浮かべながら、必死に口を動かし、飲み込もうとしている。


「味の方はどうだ? 感想を教えてくれ」


「青いアラティウムが……アクセントとなっており……非常に……美味ですわ、陛下」


 息も絶え絶えに無理矢理、微笑むパルティダは、鬼気迫るものがあった。その姿は、敵ながらあっぱれだった。

 それだけカルと一緒にダンスが踊りたいという強い意志を感じた。


「そうか。まあ、食べたら踊っていいという約束だったな。カルロス踊ってやれ」


 想像していた展開と違ったらしい。リカルドが手をあげると、宮廷音楽隊が音楽を奏で始めた。


 カルロスは納得していないながらも「分かりました」とパルティダに手を差し出した。

 違った意味で顔を真っ赤にしているパルティダは、気持ち悪さと意中の相手と踊れる喜びで変な表情を浮かべている。


 ホレス公爵はリカルドに「次はないぞ」と注意を受けていた。異国から来た貴族がいる前で、とんだ恥をさらしてくれたものだ、と冷ややかに陰口を言う声もどこかから聞こえた。


「まだ熟していないアラティウムを混ぜた焼き菓子なんて、ひどい」


 ペペが憤慨しているので「あれはアラティウムだったの?」と私は尋ねた。アラティウムの果実は、甘くて美味しいイメージしかなかったからだ。


「アラティウムの果実は、まだ実が熟していないと渋くて苦いんです。吐き出して当然です」


「でも、パルティダ公爵令嬢は全部食べてたね……」


『書籍を食べろと言いましたね、食べるべきですし、食べた後微笑みくらい浮かべて見せなさい。あなたのような得体のしれない人間はね、そうやって我慢をして、我慢をして、好機を待つのよ。甘えるのもいい加減にしなさい。貴族になるということは、そういうことです』


 ミス・ロペスの言葉をまた思い出した。彼女の言っていたことはあながち間違いでもなかったらしい。

 貴族の中で家名を落とさず、食べられたものではない物を飲み込み微笑んだ。そのうえ、自分の欲しいものを得たパルティダ。

 決してもう習いたくはないが、ミス・ロペスから学んだことは心の隅に残しておこう。そう思うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る