第5章 デビュタント

第17話 敵の情報集め


 ミス・ロペスは、公爵邸に再度呼び出しを受け、私がいる前で公爵と夫人にかなりこってり絞られることになった。


「お茶会の案内をしてしまったのも、彼女たちの悪評を知らずに送り出してしまったのも私です。あなたが、オリバレス家の名誉を重んじていたのか、自分の監視下でモニカが勝手に動いたように見えて、尊厳を傷つけられたから八つ当たりをしたのか、私は判断しかねます」


「お言葉ですが、夫人は彼女の普段の態度をご存じですの? 私は、デビュタントもこのままでは怪しいと申しておりました。それなのに、ミス・マルドナドからそういった報告は受けておりませんでしたか?」


「あなたからもそういった報告は受けていませんでしたよ。ミス・ロペス。そういった状況なのであれば、どうして私に先に言わなかったのですか?」


「とにかく、私はもうミス・マルドナドの面倒は見たくありません。令嬢たちにやられたのも自業自得であると思いますわ。私は、これ以上彼女に教えることはありません。これ以上、オリバレス家の名誉を傷つける前に、彼女を手放すことをお勧めいたしますわ。この家にふさわしい令嬢は、他にいるかと思います」


 ミス・ロペスの頑な態度に、公爵が深いため息をついた。


「分かった。これ以上、やりたくない人間を雇っていても仕方ない。ミス・ロペス。今までご苦労だったね」


 オリバレス公爵の言葉に、ミス・ロペスの頬がピクリと動いた。


「先ほど、カルロスに声をかけたんだ。モニカの面倒を見ることを彼が了承した。君が続けてくれるというのであれば、そのままにしたかったが、仕方がない」


「ええ、ご身内でされるのでしたら、私の出番はありませんわね。それでは失礼いたします」


 ミス・ロペスは、ガタっと立ち上がって部屋を出て行った。彼女の様子を見ていると、私より自分の意見を公爵たちは受け入れてくれると自信があったのかもしれなかった。


 しかし、ミス・ロペスと同じように、私も彼女の授業は受けたくない。カルが教えてくれるというのであれば、そちらの方が大歓迎だ。


「いいんですの? あなた」


「嫌々やっている人間に支払う金が勿体ない。モニカ様。我々の対応が後手になってしまって、申し訳ありません」


「私の方こそ、うまくやれずに申し訳ありません」


「あなたが、あやまる必要はないわ」


 夫人が私の手をそっと取った。温かい手に包まれて安心する。母というものに触れたことがなかったが、このような無償の愛を与えられてしまって大丈夫なのだろうか。


「では、モニカ様。ここから先は、あなたを公爵家の身内として扱ったうえで言わせていただきます」


 突然、公爵が改まった。そして、「カルロス、もう入っていいぞ」と隣の部屋で待機していたカルを呼んだ。

 カルは黙って部屋の中に入ってくると、気だるげな様子で椅子に座った。公爵は、その様子を見届けると、再び口を開いた。


「カスティーヤ。先日送られてきたお茶会の招待客のリストは準備してあるね」


「ばっちりよ、あなた」


 夫人はなぜか楽しそうだ。人が集まっているのを発見して、窓の外からプーチャが中を覗いている。夫人は窓を開けて、プーチャが私たちの様子をよく見えるようにした。


「モニカ嬢」


 公爵の呼び方が、カルが来たことによって変化した。私の正体は、公爵と夫人、そして護衛のペペ以外知らないからだ。


「彼女たちがなぜ、君にあのような真似をしたか、分かっているかい?」


 公爵の言葉に私は先日のことを思い出す。同時にあの日の怒りや屈辱が同時に蘇ってきた。


『今度のデビュタント、あんた辞退するって言えば、解放してあげなくもないわよ』


 少女たちの一人が言っていた言葉を思い出す。


「……私が、デビュタントに参加しないようにするため?」


「くだらねえ理由」


 カルがうんざりしたような表情で呟いた。


「そのくだらない理由で、女性は人生が決まる者もいるんだよ。カルロス。よく覚えておきなさい。まあ、だとしてもだ。こちら側の人生を汚されていいはずもない。モニカ嬢。この文字は読めるね?」


 彼は、私の前に彼女たちの情報が書かれた紙を目の前に置いた。ミス・ロペスの指導が厳しかったというのもあって、そこに書かれた文字のほとんどを読むことができた。


「はい。読めます」


「文字が一文字も読めなかった君が、ここまで読めるようになったという点では、退職金を彼女に弾まないといけないようだな。そして、モニカ嬢。これは、君に屈辱を与えた人物の情報だ」


「情報?」


「私が調べさせた。いいかい。彼女たちは、君の素性をある程度調べてから君を呼んでいる。つまりは、追い出そうとすれば勝てると思って君に屈辱を与える選択をした。そういった意味で、君はまだ圧倒的ではない」


『「圧倒的になれ、モニカ」とシヴェレ海でリカルドに言われた台詞が脳裏に蘇る。


「圧倒的って……」


「正直に言って、隙が多い。勉強ができない、マナーが未熟、ドレスや宝飾品などの着こなしも、初々しい。長年厳しく躾けられてきた彼女たちにとって、君は何も知らない。それなのに、特権だけは持っている」


「嫉妬したってことだ」


 カルが横から言葉を加えた。公爵は「その通り」と言った。


「嫉妬ってうらやましいってことよね。どうして?」


 純粋に分からなかった。勉強ができなくて、マナーが未熟なのはよく分かる。だが、貴族であるという点においては彼女たちと同じだ。それに、パルティダに関しては、私よりも王族に近い人間であることに違いない。彼女が、私に嫉妬する要素はないはずだ。


「会話の中にヒントがあったはずだ。思い出すのは辛いだろうが、泣き寝入りはしないが我が家の信条だ。君の悪評は私の悪評だ。彼女たちに、それをしっかり分かっていただく必要があるね」


 カルと視線が合った。想像している以上に、私の件について公爵は怒っていることが分かった。夫人も一緒になって「そうね、あなた。ちょっとおいたがすぎるわよね」と微笑んでいる。


「伯父さん、伯母さん。相手はホナス家だよ」


 ホナス家はモレスタ王国の中でも、歴史がある家柄だ。オリバレス家と同じ公爵家だとしても、敵に回すはあまり好ましくないとカルは言いたいようだった。


「だからだよ。カルロス。ホナス家の人間に、オリバレス家の人間がへりくだった。その事実だけが、我々の間にもはびこる。私が直接手を下せば、大事になるだろうがね、モニカ嬢が仕返しをすれば、子どものしたことではありませんかで話は終わる。少女時代に与えた影響は大人になっても響く」


「……伯父さんっていつもそんなめんどくさいこと考えて生きているの? しんどくない……?」


「失礼な。ここまで考えて立ち回り、今の位置を手に入れたのだ。オリバレス家は、元々海運事業しかしてこなかった。爵位にこだわってこなかったばかりに、陸路の商人家に馬鹿にされ続けてきた。海より陸が上だと誰が決めた。モレスタ王国の歴史は、海から運ばれてきた輸入品で大きくなったともいえる。それなのに、ホナス家のやつらめ」


 どうやら、やけに協力的なのは、私怨も少し入っているようだった。公爵の熱い話が始まってしまったので、カルは私に「はい。資料読んで」と私に資料を渡した。どうやらこの先はあまり集中して公爵の話を聞かなくてもいいらしい。


「あ!」


「どうした?」


「そういえば、カルのことも言われたよ」


「俺? なんで、俺?」


「一緒に住んでるなんてって」


「……俺、その子たちと面識ないんだけど」


「え? 知り合いじゃなかったの? カルロス様って呼ばれてたよ」


 面識がないのに、どうして彼女たちはカルロスの名前を挙げたのだろうか。全くよく分からなかった。


「まあ、でもオリバレス家の悪評を流されるのは、俺も嫌だから協力するよ」


「協力?」


「うん。デビュタントのパートナーとして、一緒に行く。悪い虫がついてもあれだしね」


「そういえば、カルが先生になってくれるんでしょう? ありがとう」


「俺の部屋、授業やってる部屋の真上なんだよね」


 どうやら、ミス・ロペスの大声が苦手だったのは、私だけではなかったようだ。


 公爵が雇った人が調べ上げてくる情報を見ていると、彼女たちが買ったドレスの種類まで分かるので、私の情報もこうやって調べられているのだと少し気持ち悪さも覚えた。

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