第4章 夕暮れのシヴェレ海
第13話 プーチャ専用の竜房
デビュタントの日程が決まったと、ミス・ロペスが浮かない表情を浮かべながら私に言った。彼女は、私のデビューについて、来年に見送ってもよいのではないかと思い始めているらしかった。
「正直に申しまして、できていないところが多すぎますので、仮にデビューができたとしても、恥をかくことになるうえに、オリバレス家という名家に傷をつけることになるかもしれません」
あまりに無理だと言いづけてくるので、私もデビューは難しいのではないかと思い始めていた。
メトミニー修道院で閉じ込められていた時の方が、まだ未来が明るい気がしていた。
憂鬱な毎日をすごしていたところ、吉報はやってきた。
「先日、陛下がファブラ種のドラゴンについて、適正な飼育ができていたか確認してくださったそうだ。ドラゴン専属医師と相談して、竜房を城の外へ移そうと考えているらしい」
どういった風の吹き回しだろう。あれほど頑なに拒絶していたというのに。
公爵の書斎で私は「どこに移すとか決まっているのですか?」と尋ねた。
「首都オスランデスから少し東に進んだところに、パルブス白砂漠があるから、そこが候補かもしれない。ただ、そこへ向かう途中に、モレスタ王の墓地があるから、かなり揉めるかもしれないがね」
「墓地の近くだと何か問題があるんですか?」
「あそこは、モレスタ王国の中でもかなり神聖な場所だ。古くから選ばれた人間以外の立ち入りを禁止されている。モレスタ王国の信仰としてモレスタ教も作ったお方だ。ドラゴンなんか放つなどと、信仰深い人間は、まず反対するだろうね」
「やっぱり連れてくるべきじゃなかったんですね……」
「君は、物事を狭い範囲でしか見られないところがあるね。もう少し、大きな視野で物事をみるということも取り入れる必要がある。どうして、陛下がそこまで厄介なファブラ種のドラゴンを、面倒な相手を説得しても大事にしようとしているのか、本当に分からないのかい?」
公爵は静かな口調で、私を諭すように言った。
「私、陛下のことが分からないんです」
「分からないはずがないじゃないか。君に教育の権利を与え、ゆくゆくは地位を与えようとしているというのに」
「でも、ずっと窮屈なんです」
「それは、君が学び始めたからだ。君の処遇は知っているよ。物心ついた時から、メトミニーで幽閉されていたとね。君には知らせるなと指示が降りているようだが、老王アレハンドロは、君を愛人にはしようとしていなかった」
公爵の言葉に、私は顔を上げた。
「でも、パウラ院長は……」
「その院長だが、彼女は聖職者でもなんでもない。金で雇われたゴロツキだ。あそこは修道院の形をしていたが、修道院ではなかったのだ」
「どういうことですか?」
「君は歴史をどれだけ知っているか分からないが、モレスタ王国と小国ウィクスの戦争で、多くの死者が出た。我々がファブラ種に詳しいのも、戦争で小国ウィクスがファブラ種のドラゴンを仕掛けてきたからだ」
「それは、ペペから聞いて知っています」
「ドラゴンが武器になりえると分かった前王アレハンドロは、隙を狙って小国ウィクスを滅ぼした。そして、王族である君を連れ去ったのだ」
「……それは、覚えています」
「無知な少女を洗脳し、時期が来れば君はドラゴンたちを操る兵器にするためにずっと閉じ込められていたんだよ。もし、陛下が革命を起こさなければ、君は今頃城の地下に幽閉の場所を変えられて、世界各国攻撃を仕掛けるための訓練をさせられていたはずだ」
「どうして、知っているんですか?」
「私は、手のひらを反して、陛下についた裏切り者だ。だが、私が公爵の地位にいられるのは、それなりに前王にも忠誠を尽くしていた時期があったからだと言っておこう。直接は関わっていなくても、それなりの情報は入ってくる」
背筋が寒くなった。
「じゃあ、私は……」
「陛下がどうして君を見つけたのかは知らないが、彼がいなかったら、君はもっと苦しい地獄に落ちていただろう。この国の一部の人間にとってリカルド王は悪魔かもしれない。だがね、君にとってはそうではないはずだ」
☼☼☼
公爵の情報通り、リカルドは周囲の反対を押し切ってプーチャの竜房を、パルブス白砂漠に作り直した。
白砂漠では、小型のドラゴンがいるため、餌にも困らないだろうとのことだった。オリバレス公爵邸からも、ドラゴンが引く車でそれほど時間がかからないということからも、私が会いやすいように手配してくれたらしい。
白砂漠は、メトミニー修道院の近くにあった砂漠よりも、厳かな場所だった。はるか昔、海の底に沈んでいたパルブスの海底生物たちが、石となって砂漠の中に埋もれていったと伝記が残っているらしい。そのため、白砂漠から飛び出している白い岩の中に、海の生物だと思われる模様が、時折見つけられた。
公爵の言う通りに、モレスタ王の墓地が近くにあり「立ち入り禁止」の札が立てかけられていた。
話を聞きつけた公爵夫人が「私もドラゴンを見てみたいわ」と言うので、普段の料理の御礼として一緒についてきてもらうことにした。公爵は、自分の職場に妻を連れて行きたくないようだったが、普段自分の主張をあまりしない上に、散々私の面倒を見させているので、断れないようだった。
久しぶりに自由に空を飛べるようになったプーチャは、ご機嫌な様子であった。
少し離れた場所で生活をしなければならないが、先日の状況を考えればまだマシだと思って、その場を離れようとした時だった。
プーチャが私の後を追いかけるようについてきてしまうのだ。
「離れるように伝えてくれ」
公爵が困惑して私に言うが、プーチャは「一緒に行く」と言わんばかりの態度で一向に離れようとしない。
鎖で繋ごうとしても、身をよじって抵抗するので、何人かの兵士が飛ばされてしまった。
「この子は一緒にモニカといたいのね」
夫人はあまりプーチャを恐れていないらしく、まるで子供の駄々を面白がって見ているようだった。
私が近づくと、顔を私の身体に擦り付けて「置いて行かないで」と泣き始めてしまった。
「まあ、可愛らしい」
すっかり有り余る母性を刺激されてしまった夫人が、私の後に続いてプーチャに近づこうとした。
「カスティーヤ、危ないよ」
公爵が夫人を引き留めたが、夫人は「あら、大丈夫よ。あなた。モニカは抱っこしているもの」と聞く耳を持たなかった。
この中で夫人が最も度胸のある人物として一目置かれ始めているのが空気で分かった。私に続いて夫人がプーチャに近づくと、プーチャは夫人の甘い香りを気に入ったらしく、私に甘えるように、夫人にも甘えた。
「まあ、可愛らしいわ。私、ドラゴンって今までかわいいと思ったことがなかったのですけれど、この子はかわいいわね」
「カスティーヤ。もう危ないから戻っておいで」
公爵が遠くから夫人のことを呼ぶが、プーチャと戯れることが楽しいらしい夫人は、全く夫の言葉に耳を貸さない。
さらに、夫人は楽しそうな表情を浮かべて夫に言った。
「ねえ、あなた。うちの庭にドラゴンがいたら素敵じゃない?」
結局、プーチャが動かなかったことと、神聖な白砂漠を荒らされてしまう可能性があるかもしれないこと。そして、私が滞在している屋敷の公爵夫人がドラゴンの世話をしたがっているという様々な理由から、プーチャはオリバレス家で引き取られることになった。
さらに、宮廷占い師ボバにも見てもらったとのことだが、白砂漠よりもオリバレス家の方が運気がよいという理由で、プーチャの移住は確定した。
趣味の良い夫人が選び作り上げた竜房を、プーチャはいたく気に入ったようだった。最も懸念されていた食事についても、ドラゴン専属医師の指導の下、料理上手な夫人が豊富な種類の食事を作って出すので、腹を空かせるといったことも少ないようだ。
少し面白かったのは、いつものように意気揚々とオリバレス家にやって来たミス・ロペスが、プーチャの存在を発見して、驚き腰を抜かしたことだった。
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