第14話 お茶会
「モニカ。あなたにお茶会の誘いが来ているのだけれど。どうかしら?」
夫人が、プーチャのご飯をあげ終えた後、自分の部屋へ戻ろうとしている私に声をかけてきた。
「お茶会ですか?」
「ええ。ミス・ロペスの授業だけでは、あまりイメージがつかないでしょう? デビュタントの前に、お友達が一人でも多くできていた方が、あなたも安心でしょうし。主人には許可をもらっているから、あなた次第でお返事を出そうと思っているの」
「ですが……」
ミス・ロペスはなんと言うのだろうか。「人前に出るには、あなたはまだ早いと思います」と何度も言われている。客観的に見て私が他の人からどう映っているか分からない。
「彼女からは私がお話を伝えておくわ。私の知り合いのお嬢様たちが開催しているお茶会だから、そんなに気を張らなくて大丈夫よ」
「では……参加します」
「よかった。ここに来てから、あなた私かミス・ロペス、そしてペペくらいしか話してないでしょう。同い年くらいの身分が同じくらいのお友達がいた方がなにかと楽しいわ」
話が決まれば早いといった様子で、夫人は「出席の返事を出しておくわね」と言った。
貴族の女の子達と友達になれるか不安ではあるが、夫人の言う通り仲良くなれる可能性があるのであれば仲良くしたいと思った。
☼☼☼
新しいドレスを新調して、ホナス公爵家のパルティダ令嬢が開催するお茶会に参加した。
首都オスランデスの中でも一等地と呼ばれているその土地は、城のすぐそばに建てられてあった。オリバレス家は、元々輸出入で商売をやっていた関係もあり海辺に家を建てているが、ホナス家はモレスタ王との歴史的な関係も深いことから、由緒正しい家柄らしい。
その証拠に、家の壁の一部を青色で塗ることを許されており、王族に近い家柄であることが一目で分かるようになっていた。
「今回は、お嬢様だけで開催とのことですので、モニカ嬢のみお入りください」
入口付近までペペが護衛してくれていたが、屋敷の離れにある庭の付近に来た時に、中年の執事が首を横に振った。
「大丈夫でしょうか? モニカ様」
ペペが心配そうな表情を浮かべるので、私は「大丈夫だと思う」と不安な気持ちを隠して頷いた。
砂漠のある地域とは思えないほど緑豊かな庭の中で、お茶会は開催されていた。
パルティダ令嬢は、一目でわかった。少女たちが集まる輪の中でひと際目立っていたからだ。癖一つない栗毛の長い髪の毛に、白い肌。茶色の瞳の周りには、長いまつ毛が綺麗に生えそろっている。形の良い唇は、薄紅色で彩られている。美しいと形容するならまさにそれだった。
「まあ、何? あの赤毛」
誰かがクスクスと小さな声で言ったので、その場にいた全員の視線が私に集まった。
「あなたが、モニカね」
パルティダが、微笑んだので、慌てたように周りの少女たちも「ごきげんよう。モニカ」と口を揃えた。
「こちらにおかけになって」
パルティダに勧められるがまま、椅子に腰かけると「挨拶もないの」と隣に座っていた少女が冷ややかな視線を私に向けた。
「ごきげんよう。本日はお招きいただきましてありがとうございます」
私が挨拶をすると、少女たちはクスクスと楽しそうに含み笑いを浮かべながら私を見ているだけだった。
パルティダは、満足そうな表情を浮かべている。
一体、彼女たちがなにを思って私を招待し、楽しそうにしているのか分からなかった。
「ねえ、あなたって、オリバレス家に拾われたのよね」
少女の一人が私に尋ねたので、私は頷いた。
私が社交界へデビューを果たし、リカルドの政治が安定するまで素性は伏せるべきだとなっているからだ。
「じゃあ、庶民が貴族の仲間になろうとしているってこと?」
「信じられないわ。しかも、カルロス様と一つ屋根の下でお過ごしになられているんでしょう」
「なんて図々しいのかしら」
どうやら、彼女たちはカルに好意を抱いているらしかった。
執事がお茶と茶菓子を運んできた。
「モニカさん。先に召し上がってちょうだい」
少女たちの陰口が聞こえているのかいないのか、また興味がないのか。パルティダが、運ばれてきた茶菓子を指し示した。
ミス・ロペスの指示を思い出しながら「頂戴いたします」と私は口に入れた瞬間、あまりの苦さに食べた焼き菓子を吐き出してしまった。
「汚らしい!」
「なにやっていらっしゃるの!」
「パルティダ様に失礼だわ!」
少女たちが口々に私に非難の声を浴びせた。
「私が出した焼き菓子が、そんなに美味しくなかったのかしら?」
「すみません。あまりに苦くて……」
私が正直に告げると、少女たちは次々に「この焼き菓子はパルティダ様の手作りなのよ」「失礼だわ」と矢継ぎ早に私へ言葉を浴びせ続ける。
「苦いっていうんなら、お茶が飲みたいんじゃない?」
一人の少女がお茶の入ったカップを私に差し出そうとした時「あ、ごめんなさい。手がすべってしまったわ」と私のドレスにお茶をこぼした。
「……あつっ」
「ごめんなさいって申しましたけれど。そうやって被害者ぶるのはやめてくださります?」
クスクスと楽しそうに笑う彼女たちの様子を見て、私は改めて受け入れる気がなかったのだと気が付いた。
「仲良くなれると思ってお誘いしたのですけれど、せっかく作ったお菓子を吐き出されてしまうなんて……」
パルティダはあくまで被害者の位置を譲りたくないらしかった。
「何が望みなの?」
私が静かに尋ねると、一人の少女が私の髪の毛を思い切り引っ張った。
「汚い赤毛」
「やめて、放してよ!」
身をよじるが、お嬢様数人で押さえつけられて、身動きが取れなかった。
「何が望み? あなたが消えることよ。せっかく、あの元悪魔王子がベアトリスを追い出したっていうのに。あんたが公爵家に来たら、今度のデビュタントでパルティダ様が目立たなくなってしまうじゃないの」
「ベアトリス?」
「あんた、そんなことも知らないで公爵家で、のうのうと暮らしている訳?」
ビリっと音がして、視線を向けるとドレスの裾が、靴で踏まれて破れていた。夫人がお茶会に参加するからと、裁縫師を呼んで新調してくれたドレスには、泥まで丁寧につけられている。
「今度のデビュタント、あんた辞退するって言えば、解放してあげなくもないわよ」
彼女たちの罵詈雑言を聞きながら、もしかしたら、リカルドも同じような目にあってきたのではないかと思った。
「あんた、話し聞いているわけ?」
パルティダは、黙って見ているだけだった。微笑みを絶やさずに、じっと私を見つめている。
よくできた仕組みだと思った。少女たちに私を囲ませ、自分は定位置に立っているだけ。外から見れば、輪を組み固まる少女たちを、優しく見守っているだけに見える。
メトミニー修道院でもいじめはあったが、この少女たちに比べればかわいいものだ。
「早く、デビュタントは参加しないって言いなさいよ。じゃないと、あんたの大事な人たちを傷つけることになるんだからね」
「似合いもしないドレスが破れちゃったから、不貞腐れているんじゃないの? 直してあげるから、機嫌直しなさいよ」
少女の一人がどこから持ってきたのか手のひらに乗るほどの裁縫箱の中から、針を一本取り出した。
何をされるのか想像がついて、私は力の限り身をよじった。
「大人しくしてないと、どこに刺さるか分からないわよ」
あまりに腹が立った時だった。
上空に飛んでいた小型ドラゴンの群れが、彼女たちめがけて急下降し始めたのだ。
少女たちは悲鳴をあげながら、私から離れて行った。その隙に彼女たちから離れ、私はペペが待つ出口まで必死になって走るのだった。
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