第7話 宮廷占い師ボバ


 首都オスランデスに到着したのは、太陽が地平線に沈みかけている時だった。

 大きな壁が見えてきて、リカルドが「あれが、首都オスランデスだ」と指さした。砂嵐やドラゴン、そして異民族から都市部を守るために、建てられた高い壁に圧倒される。


 大きな門を通り抜けると景色が一変した。


 生成りで統一された建物は、均一に整理された区画通りに建てられている。色とりどりの植物や、布が飾られており、少しでも華やかにしようとしているのだろう。

 玄関前には、素朴な木製テーブルと椅子が置いてあり、人々はそこに座りながら楽しそうな表情で食事をとっている。私が今まで見たことがないような、濃いピンク色の瑞々しい果物を口にしていた。


 しばらく進むと、また色とりどりの野菜や果物を売る商人が、道の端で商売を営んでいる。


「店じまい前だから、値引きの時間だよ! よってらっしゃい、みてらっしゃい!」


 商人は、街の中の人々に自分たちの商品を売りつけようと叫んでいた。値引きされる野菜や果物は、両腕でやっと抱え込めるほどの焦げ茶の網かごに入れられていた。商人の文言に釣られた女たちが、ひとつひとつ真剣な表情で選んでいる。


 生まれて初めて見る光景ばかりで、アシェト草原とは違う感動が私の中に生まれた。


 馬車は海辺に建てられた城に近づいていく。素朴な街の建物とは異なり、群青色の壁に、白い柱や黄金の装飾が施された城は、街の中で異質を放っていた。大きな屋根の上に置かれている黄金の太陽の装飾が、夕日によって橙色に染まっている。


「そろそろ降りる準備をしておけよ」


 城が近づくにつれて口数が少なくなっていくリカルドに頷いた後、私は気持ちばかり来ている服の裾を整えた。

 街はあれほど活気づいていたというのに、城に到着すると辺りは静まり返っていた。人がいないのかと思ったが、馬車から降りると十数人の使用人たちが、綺麗に整列して深いお辞儀をして待っていた。


「ボバのところへ」


 リカルドが素っ気なく言うと、使用人のうちの一人が「承知しました」と代表して返事をした。


 先ほどまであれほど憎まれ口を叩いていたルシアも、すっかり口を閉ざしている。

「こちらへ」


 初老の使用人が、私に向かって声をかけてきた。困惑しながらリカルドの方を見たが、彼は「ついていけ」と言っただけで、一緒に来てはくれないようだった。


 先ほどまでの態度と大きく変わってしまったリカルドたちや、檻の中に入ったままのプーチャに後ろ髪を引かれながら、私は初老の使用人の後をついて行った。


 ☼☼☼


 城の中も、ところどころ群青色の壁に黄金の太陽の模様、そして白い柱で統一されているようだった。大きな窓があるのにも関わらず、カーテンがかけられているため、室内は暗い印象だ。


「どうしてカーテンを閉めているんですか?」


 何気なく尋ねると「喪に付しているのでございます」と初老の使用人は返事をした。


「喪に付す?」


「先日の反乱で、大勢の方がお亡くなりになりましたから、閉めているのでございます」


 怒りを含んだような口調に変わったので、私は口を噤んだ。

 しばらく長い廊下を進んだ後、古びた木製扉の前で初老の使用人は立ち止まった。


「ここから先は、呼ばれた者以外入ることができませんので、お一人でお願いいたします。私はここでお待ちしておりますので、終わりましたら、ここへ戻ってきてください」


 一体何を始められるのか分からなかったが、これ以上怒らせてはいけないと思い、私は黙って従うことにした。

 白い模様が描かれている扉を閉める時「あの悪魔のせいで、我々がどんな目にあったか……」と呟く声が聞こえた。


 扉の奥は、石畳の階段が上へと続いていた。

 隙間風が入って来て、まるでドラゴンの唸り声のように響き渡っている。


 長い螺旋状の階段を上りきると、また同じような古びた木製扉の前に到着した。勝手に開けていいものか悩んだが、通路はそこしかなかったので、取手に手をかける。

 しかし、鍵がかかっていたようで、扉は開かなかった。


 どうすればいいのか迷っていると、中から内鍵を開ける音が聞こえて、扉が開いた。


 ☼☼☼


 扉の奥から出てきたのは、腰の曲がった年老いた女だった。

 濃い紫色のドレスに、大量の宝石がついた長いネックレスが数本。お世辞にもあまり趣味がよいとは言えないと私は思った。


「ノックという文化を知らないのかい? ヒェヒェ」


「あの……」


「中へお入り。ボバと呼んでおくれ。私は、みんなから、ボバって呼ばれているんだよ」


 明るい部屋だ。城の中とは打って変わって、窓にかかっているカーテンは開けられていた。

 ぼんやり部屋を見渡していると、ボバに腕を思い切り掴まれ、無理矢理に古びた布張りの椅子に座らされる。薄紫色の布がかけられた丸テーブルの上には、短くなった蝋燭に火が灯っていた。明るい部屋であまり役には立たないのに、なぜ日を灯しているのだろうか。


「お前が、モニカ・マルドナドだね。小国ウィクスの生き残りで、メトミニー修道院に幽閉されていた哀れな王女。でも、ここに来ることは運命。お前は、この国を壊すためにやってきた」


「壊すつもりなんかない。どういうこと? それに、なぜ私のことを知っているの? リカルドから聞いたの?」


「お前さんのことは、あの新太陽王からも、誰からも聞いていないよ。ここに来ることは、星がちゃんと教えてくれている。星とカードはいろいろなことを教えてくれる。お前さんの未来とかね。ヒェヒェ」


 引き笑いをしながら、ボバはカードをシャッフルして、机の上に並べている。


「未来が分かるって、言われても……」


「じゃあ、教えてあげよう。セレナ・オリウエラは、モニカ、お前さんのところへ戻ってくるよ。あの子はちゃんとお前さんに感謝して、忠誠を誓うよき友になるだろうね」


「セレナは、無事なのね! よかった……」


「ルシア・ネメシオによく頼み、感謝することだね」


「ルシアが?」


「少し時間はかかるがねえ。ルシア・ネメシオは、悪くない。あれほど生真面目で、一途な男はなかなかいないよ。表面的には気にしないふりをしているが、お前をとても心配している。彼を今後も頼るといい」


「でも、よく怒っているから、頼みにくいな……」


「表面上で人間を判断するのは、よくないよ。誰にでも表と裏がある。表が優しいからといって、本当に親切だとは限らない。新しい太陽王と名乗る男のようにね」


「リカルドが?」


「どうして、お前さんがここへ連れて来られたか、彼から本音を聞くことができて、初めてわかるだろうね」


「本音……」


「思っている以上に、手強い相手だ。逃げるなら今かもしれないよ」


「確かにからかってきたり、ちょっと意地悪いところはあるけれど、そこまでひどい人には見えないよ……」


「とんでもない。代々続いた王家を滅ぼし、自らの手におさめる人間は、慈悲など持ち合わせちゃいないさ。あの男の中に巣を作った悪魔を取り除くのは、一苦労だよ」


 ボバの言葉になぜか無性に腹が立った。元々、悪魔の第七王子と呼ばれたのも、こういった予言が原因だと噂に聞いた。


 私は、リカルドのことを詳しくは知らない。


 しかし、彼が、幽閉されていたメトミニー修道院から救い出してくれたことは紛れもない事実だ。そして一緒に逃げようと誘い出してくれたのも事実だ。不確定要素の多い予言に振り回されたくない。


「私は逃げない。助けてもらったんだもん。力になれることは力になる」


「まあ、運命の選択をするのは自分自身。お前がそう決めるのなら、私はこれ以上口出しをしないよ。たとえ死ぬほど後悔することになったとしてもね」


「勝手なことを言わないで」と語気を強めようとした時、ボバの足が鎖に繋がれていることに気が付いた。


「宮廷占い師の扱いなんてこんなもんさ。みんな自身の思うままの未来を手に入れたいもの」


「いつから繋がれているの?」


「もう覚えていないよ。慣れたものだ。モニカ。お前だって幽閉されることに慣れていただろう? 人間退屈はしても、当たり前の日常になれば、苦痛は希望と共に消えるのさ」


「リカルドに頼んでみる。あなたを自由にしなくちゃ」


「私を自由にしても、あの男の得にはならない。私は、自分の運命を受け入れているよ。さあ、私から言えることは全て言った。下へ降りて帰りな」


 これ以上ボバは私と話す気はないようだった。私は、小さくため息をついた後、扉の取手に手を乗せた。


 私が自由になれたのは、リカルドの得になることがあった。ということは、彼の得にならないと判断された場合、またメトミニー修道院に送り返されてしまうのだろうか。


「あと、ファブラ種のドラゴンの子供。あの子は危ない」


 扉を開けて外に出ようとした時、ボバが呟くように言った。


「プーチャが?」


「星回りがよくないね。守ってやらないと。ここのところ、ずっと不安だったようだね。かわいそうに。お前のことを家族のように大事に想っている。よく気にかけて、愛しておやり。ヒェヒェ」


「分かった……教えてくれてありがとう」


「下であんたのことを待っている男に、お茶を持ってくるように伝えておくれ。温かいお茶をね」

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