第6話 アシェト草原
「モニカ・マルドナド様。改めまして、ルシア・ネメシオと申します。リカルド太陽王陛下の側近になります」
「よろしくお願いいたします。あの……伝えなければならないことって」
「大変恐縮ではございますが、ここから申し上げますことは、今後ご内密にお願いできればと」
「分かりました……」
一体何を言われるのだろうと身構える。もしかしたら、私がリカルドの花嫁になる話が嘘とかそういった内容の話だろうか。
「その勿体付けて話す癖をどうにかしたらどうだ? モニカが怯えているだろう。モニカ。お前には、やってもらいたいことが二つある」
見かねたリカルドが口を挟む。ルシアはムッとした表情を浮かべたが「では、陛下がおっしゃってください」とリカルドに発言権を渡した。
「モニカ。お前が、小国ウィクスの王女であり、最後のドラゴンとの対話ができる王族の生き残りであることの自覚はあるな?」
リカルドに尋ねられ、私は頷いた。
リカルドは全て知っていて私に近づいたのだろうか。それともメトミニー修道院から戻って私のことを調べたのだろうか。
「一つ目は、王族に入るにあたって、再度教育を受け直してほしい。メトミニー修道院で、王族らしい教育を受けさせてもらっていないはずだ」
「分かった。それは受ける。二つ目は?」
「できるだけドラゴンとの接触を控えろ」
「それはできないよ。リカルド。プーチャの世話はどうするの? さっき、密猟者とのことを言っていたじゃない」
「話を最後まで聞け。王宮の中で隔離された場所にファブラ種のドラゴンの竜房は作る予定だ。さっきみたいに、大勢の前でああいった希少種で気難しいドラゴンとの接触をするなと言っているんだ」
「人々を怯えさせないため?」
先ほどの混乱を思い出して、私は尋ねた。
しかし、リカルドは首を横に振り、私と視線を合わせた。
「俺は、まだ太陽王の正式な証を持っていないからだ」
「正式な証?」
「太陽王の称号です。太陽王には、代々太陽をつかさどる勲章を胸につけるのですが……」
話に割って入ってきたルシアが空になったリカルドのカップに、酒を注いだ。
リカルドは注いでもらった酒を一気に飲み干した。
どうやら王宮に攻め入った時に、混乱に乗じて誰かが、故老王アレハンドロから盗んでいってしまったらしい。
王の証だと知っていて盗んだのかは分からない。もしかしたら金目のものだと誰かが盗んで売りさばいたのかもしれなかった。
国民はそれがなくともリカルドを王だと認めているだろう。
圧政を強いて人々の暮らしを追い詰めた人間より、多少自由の利く新太陽王の方がましだと思っているからだ。
悪魔の生まれ変わりと言われていたとしても、明日食べる物に困らない生活である方がいいに決まっている。
問題は、貴族たちの方だった。
表面上は、新太陽王の方がよいと申してはいるが、自分に有益ではないと思った瞬間、裏切る可能性は高い。太陽をつかさどる称号を持っていないと分かった瞬間、妙な動きで足を引っ張ろうとしてくる者は必ず出てくるはずだ。
「称号が出てくるまでと先の見えない約束をするつもりはない。モニカ。お前が、王族と見える教養を身に着け、俺の政治が少し落ち着きを見せたら、会を開いてお披露目するつもりだ」
「……分かった」
リカルドはメトミニー修道院から助けてくれたうえに、迎えに来てくれた。
そして、言いにくい話を面と向かって言ってくれた。
それなのにも関わらず、胸の奥がどうしてか引っかかるのを、私は気付かないふりをした。
☼☼☼
リカルドと一緒に寝ることになるかと思いきや、リカルドは私に広いベッドを譲り、テントの外へと出て行った。どうやら、この広いテントは、私専用らしかった。
自分ではそうでないつもりでも、相当疲弊していたらしい。使ったことがないような広いベッドに横になると、一瞬にして気を失ってしまった。
次の日、使用人たちがテントの中に入ってくる物音で目が覚めた。一瞬パウラ院長が部屋に入って来たのかと勘違いして、ベッドから慌てて飛び降りる。すると、使用人たちは悲鳴をあげ、訝しげな表情を浮かべていた。
朝食をリカルドととっている間に、兵士たちがものすごい勢いでテントを片付けていた。そのため、思っていたよりも早くメトミニー修道院から離れることができた。
小さくなっていく修道院を何度も振り返りながら、私は用意された馬車に乗り込んだ。
太陽の光が差し込む馬車の窓から、流れゆく景色を眺めていると「砂漠以外の景色も見られるぞ」とリカルドが指をさした。
次第に薄緑色の草原が、乾いた砂漠に混じり始める。
「あれは何?」
「アシェト草原だ。運が良ければ、この馬車を引いているクレレ種のドラゴンの群れが、見られるかもしれないな」
クレレ種のドラゴンは、黒く硬い鱗が特徴の走行型ドラゴンだ。怪我をしないように鞍をつけて走る。アシェト草原に生えているハーバラという草の茎が主食だ。大人しい性格なうえに、持久力があるので、長距離移動に重宝されているらしい。
乾いた砂漠の中に交じっていた薄緑の草たちの割合が多くなってきた。低木も目に付くようになってきて、見たことのない景色に、私は釘付けだった。
「リカルド。クレレ種のドラゴンの群れは?」
「運がよければだ」
あまりに必死に私が窓の外を見ているので、リカルドが途中で「あれはなんだ?」と冗談を交えてからかってきた。その度に、私が真剣にリカルドの指さす方に視線を向けるので、その様子が楽しいらしい。
「ほら、モニカ。見てみろ。今度こそ、クレレ種の群れだぞ」
「リカルドの言うことは信じない。全部嘘なんだもん」
「こっちだ、ほら」
リカルドの手が伸びてきて、無理矢理に彼に視線を合わせられる。嘘だと思っていたが、リカルドの言う通り野生のクレレ種の群れが草むらに集まり食事をしている姿が窓越しに見えた。
「すごい! たくさんいる!」
「これほど、大量のクレレ種の群れは珍しいな」
「仲間だと思って近づいてこない?」
「奴らは臆病だ。自分の認めた群れ以外にはむやみに近づいてこない。それに、王宮が使っているクレレ種のドラゴンは、特有のにおいをつけている」
「におい?」
「餌にこの地域にないものを混ぜると、体臭が変わるんだ」
「どうして、体臭が変わるの?」
私の止まらない質問に、リカルドは「まるで、子供と一緒にいる気分になるな」と笑った。
一度、アシェト草原で昼食休憩を取った。プーチャを一度自由に飛ばせたかったが、ルシアに「なりません」と注意を受けた。
昼食は大きな干し肉の塊を、簡易的な鉄板で焼いたものだった。味の濃い肉が皿の上に乗せられる。
「お前は、幽閉されていたわりに、ちゃんと食うな」
肉に齧り付いていると、リカルドが「宮廷には絶対いないタイプだ」と楽しそうに眺めてきた。
「食べられるときに食べておかないと、食事を抜かれるから」
私の言葉にリカルドは反応しなかった。神妙な表情を浮かべた後「全て聴取が終わり、問題がないようであれば、モニカの言っていた女を侍女として連れてよい」と私に肉の乗った皿を寄こした。
「セレナを侍女にしてもいいの?」
「ああ、問題がなければだけどな」
どうやらメトミニー修道院で働いていた修道女のほとんどが身元の分からない娘たちばかりらしい。裏に誰がいるか分からない人間を王宮に入れるわけにもいかないとのことだ。
ずっと助けてくれたセレナが、これからの生活の中で一緒にいてくれることは非常に心強い。
食事が終わった後、人目を盗んでプーチャ用の食べ物を持って檻に近寄る。檻の中に入っているプーチャは「外に出たいよ」と言わんばかりの表情で私の方を見てきた。
寂しそうな表情のプーチャを見ていると、自由にしてあげた方がよかったのではないかといった後悔が胸の中に押し寄せた。
しかし、メトミニー修道院の近くに置いていくわけにもいかなかった。離れ離れになるのは、あまりに辛い。
「ごめんね。もう少し待ってね……」
手を伸ばすと鼻を擦り付けてくる。
首都オスランデスに到着したら、プーチャを自由にさせられる場所を設けてもらおうと私は心に決めた。
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