第2章 首都オスランデス

第5話 再会

 目の前に立っている男の姿を見て、私はゆっくりと視線を向ける。


 老王アレハンドロに命を狙われ、悪魔の第七王子と呼ばれた男。そして、旧王制に対して革命を起こし、新太陽王に君臨したのが、まさか彼だとは夢にも思うはずがなかった。


 私が知っている彼は、砂漠の中で怪我を負ってさまよっていたただの青年リカルドだ。


「リカルド……」


 名前を呼ぶとリカルドは、視線をこちらへ向けた。

 リカルドと再会することができた。嬉しい反面、どうしてここに彼が立っているのか分からずに混乱する。


「お前を嫁にすると決めたと言っただろう。だから、迎えに来たのだ」


「じゃあ、まさか……」


「ええ、彼が太陽王です。陛下、あなたは城で待機だと申し上げたはずですが」


 プーチャが安全だと判断したらしいルシアが、憎々しげな表情を浮かべて私とリカルドの間に割り込んできた。これだけの騒ぎを起こしておいて、感動の再会を待ってやるかといった勢いだ。


「ルシア。お前には、情緒というものがないのか? せっかくの再会だぞ」


「お言葉ですが、まだ国を制圧して日が浅いのです。私かあなたが城に残るかという話し合いになり、あなたが残るとお決めになさったのでしょう?」


「俺が決めた? 一方的な話し合いように感じたが?」


「何度も念を押させていただきましたが?」


「押された覚えもないな。勝手に喚いて勝手に去っていたのだろう。なぜ王になった俺が言うことを聞かねばならん」


「あなたが来るなら、私は城に待機しておりました。それに王になったことで驕り高ぶるのであれば、老王アレハンドロのようになるのも日が近いかもしれませんね」


 どうやらリカルドとルシアの折り合いは悪いらしい。二人の言い争う様子を、周囲の兵士たちはハラハラとした様子で見守っている。


「それに城には、ペペを置いてある。あいつがいれば、城はどうにかまわるだろう」


「ペペを置いてあるからとそういった問題でもないのですがね。王子時代のように自由奔放にはいかないということは、認識していただかないとなりません。そして、モニカ様も、モニカ様です」


 ルシアの怒りの矛先は私にも向いた。


「私ですか?」


「あなたは、ファブラ種のドラゴンを隠していたことを、先に申していただかなくてはなりませんでした。陛下がいらしてくださったからよかったものの」


 小言を受けて、私は「すみません」と正直に謝罪した。リカルドのように、減らず口をルシアに利けるような勇気は持ち合わせていない。それに、私はここにいる人間たちに、申し訳なさも感じていた。プーチャがこれほど恐れられる存在だとは思っていなかったからだ。


 プーチャがしょんぼりしたような鳴き声をあげたので、私はドラゴンの鼻のあたりを優しく撫でた。


 ルシアが「お前たちは仕事に戻れ」と指示を出したので、兵士たちは頭を下げてテントが置いてある方へと去って行く。

 リカルドが一人の兵士に「おい」と声をかけると、兵士は怯えたように返事をした。


「ど、ど、どうかなさいましたか?」


「テントまで案内しろ」


「しょ、承知しました……」


 怯える兵士を気にする風でもなく、リカルドは当然のように私の方へ向くと「行くぞ」と手を差し出した。


「あの、リカルド……」


「どうした? まだ何かここに用があるのか?」


「プーチャは連れて行っても大丈夫?」


「ああ、ルシアのことを気にしているのか? あの男は万年ヒステリーだ。気にするな。それに、こんなところにファブラ種のドラゴンの幼体を置き去りにしていれば、いずれ密猟者に連れて行かれるぞ。それこそ、モニカ。お前は一生後悔することになる」


「密猟者?」


「そうだ。城には、このドラゴンを入れる竜房も作れないことはない。まだ幼体だし、なんとかなるだろう」


 リカルドの了承を貰って、私は安心して彼の手を取った。

 私がリカルドの手に触れると、リカルドは一瞬嬉しそうにはにかんだのが見えた。


 ☼☼☼


 プーチャは念のため檻に入れられることになった。

 幼体とはいえ、ファブラ種のドラゴンは非常に気難しく、首都に入った時に暴れてしまう可能性があるからだそうだ。モレスタ王国の首都オスランデスにプーチャを連れて行く条件として最低限だと言われてしまうと了承するしかなかった。

 リカルドの言う通り密猟者に狙われてしまって、ひどい目に遭うことを考えると少し狭い折の中に入れるのも仕方ないことのような気がした。


 問題は、ずっと野生で野放しになっていたプーチャが、折の中での生活を受け入れるかどうかである。

 このまま野生に返すという手段がいいのではないかと思ったが、プーチャは、あっさりと自分で檻の中へ入ってくれた。


「一緒に行ってくれるの?」


 触れると、頭を擦り付けてくるので、一緒に行くことにした。

 檻の中には、プーチャの好きな魚をたくさん入れてもらい、満足そうな表情を浮かべている。


 またファブラ種のドラゴンは、幼体時には洞穴の中で生活する習慣があるらしい。そのため、折の上に大きな布をかけてもらい、プーチャが安心できる環境づくりをしてもらった。


 用意されたテントの中は、メトミニー修道院の豪華なものを全て集めても敵わないと思えるほど、高価な調度品が揃えられていた。中央に置かれたベッドは、私が西の塔で使っていた簡素なベッドをいくつも並べたような大きさである。新品の真っ白なシーツの上に寝転んでしまうのは申し訳ないような気がして、私は床に敷いてある絨毯の上に腰を下ろした。


「床に座らなくても、この椅子に腰かけるといい」


 リカルドの言葉に従って、私はおずおずと座り心地のよさそうな椅子に腰かけ直した。

 大陸の東に位置するオリエンティス王国から輸入したテクストラという布でできているらしい。深い青の布に黄金の刺繍は、モレスタ王国の王族でも選ばれた人間以外は使用することができないとのことだ。


「リカルドは、王様だったんだね……」


 改めて向き合って言葉を述べるとリカルドは「お前は、俺が王というだけで態度を変えようと思うか?」と静かに尋ねた。


「ううん。実感がわかないだけ。だって、リカルドは、やっぱりリカルドだもん。でも、この感じは、あんまりしっくりはこないな」


「高級なものが慣れないということか?」


「うん」


「それは、慣れろ」


「うん……そうする。でも、どうしてあの時教えてくれなかったの?」


「あの時は、お前に正体を名乗るわけにはいかなかった。国を乗っ取る計画が漏れてしまう可能性があったからな」


「そうなんだ……」


 もし、あの日一緒にリカルドと共にメトミニー修道院を出ていたら、私も彼らと一緒に反乱の軍に混ざっていたのだろうか。想像してみるが、メトミニー修道院で過ごした時間が長いため、うまく想像できなかった。


 ルシアが複数人の女性の使用人を連れて、テントの中へ入ってくる。使用人は、大きなたらいとお湯も持っていた。


「お話し中失礼いたします。こんなところでと思われるかもしれませんが、湯あみを」


「ここで?」


 驚く私にルシアは「モニカ様。劣悪な環境にご自身がいたということをお忘れにならないように。陛下はしばらく私と共に席をはずしますよ」とリカルドにテントの外へ出るように促した。


 リカルドはごねるかと思ったが、あっさりと了承しルシアと共にテントを出て行った。


 使用人たちは「失礼いたします」と淡々とした表情で私の着ていた衣服を脱がしていく。そして、まるで汚いものを触るかのように、袋の中へ脱がせた衣服を入れた。

 話しかけようにも、彼女たちがあまりに淡々と仕事をするので、私が口を噤んで大人しくしているしかない。


 大きなたらいの水が淀んでいくのを見て「お湯を追加して」と一人の使用人が言った。私を身ぎれいにするための作業が続く。

 

 温かいお湯がすっかり冷めてしまった頃、ようやくたらいの中から出る許可を貰って、私は絨毯の上に足を下ろした。


「髪の毛につきまして、長さなどこだわりはありますか?」


 使用人の一人に尋ねられ、私は首を横に振った。

 腰の辺りまで伸びた赤毛に、使用人たちは遠慮なく剃刀を当てていく。あまりに遠慮なく淡々と切っていくので「全部は切らないで……」と小さな声で懇願した。


 胸元まで切られた赤毛や全身に、今度はたくさんの香油を塗りたくられる。かさついていた肌が、まるで水を吸い込んだ大地のように潤っていった。


 新しく用意されたオリーブ色の薄手のドレスを身にまとうと、修道院で幽閉されていた人間とは別人である。

 簡単な化粧もしてもらったあと、使用人たちは「陛下を」と言って私から離れて行った。 


 使用人たちと入れ替わるようにして、リカルドとルシアがテントの中へ入ってくる。


「蒸し暑いな」


 先ほどまでお湯を焚いて、私の身体の垢を落としていたのだ。恥ずかしくなって私はうつむいた。


 ルシアは黙ってテントの入り口と、窓を全開した後「モニカ様。果実酒をどうぞ」と私に酒を入れてくれた。不機嫌な時の方が多いが、気が付くところも多いようだ。


 私は御礼を述べて水分を身体に入れた。見慣れない人間たちに身体を洗われ、かなり緊張していたらしい。喉がカラカラだった。


 リカルドはリラックスした状態で椅子に腰かけ、ルシアが準備できるのを待っている様子である。


 ルシアは、リカルドにも酒といくつか食事を用意した後、窓を閉めて行く。全ての出入り口を塞いだ後、ルシアは私に向かって「モニカ様に、お伝えしなければならないことがあります」と口を開いた。

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