第22話 図書館

「わ……ぁ……っ!!」

 本好きスミカさんが感無量な様子で声を上げた。

「へへ、すごいでしょ」

「まあ確かに立派といえば立派よね」

 ゲームの先輩であるニケとレインは、我が意を得たりという表情だ。


「図書館」と聞いたとき、人は公共施設的なコンクリートの建築物をイメージするだろうか。しかし、この羽島里はじまりの街の図書館の外観は「図書のやかた」と呼んだほうがふさわしい。

 正面から見ると、まず中央にメインの建物ファサード。石造りの重厚なたたずまいで、そこから翼を広げるように左右へと建物が伸びている。

 外壁があり、門があり、敷地をまたいでエントランスに入ると、赤絨毯じゅうたんの敷かれた大階段が出迎えてくれた。そこから上が開架フロア。各階の両翼にも本がぎっしり並んでいると知って、スミカは歓喜した。

 ところが館内はそれだけにとどまらず、両翼の角から直角に折れ、ぐるりとまわって四角形を構成しているという。ぽっかり空いた中央の中庭には、芝生や植木、小道やベンチなどが整備されて、のんびりと読書できるスペースになっている。それを聞かされたスミカは、天にも昇りそうな心地になってしまった。そしてエントランスの脇でしばらくの間、感動のあまり涙を流し続ける乙女の像と化していた……。


 それからややあって、ようやく感動の衝撃をのりこえたスミカが、

「こ、この絨毯、ふか……ふか……」

 中央階段の赤い絨毯をおそるおそる踏みしめながら二階へ上がると、明るく広々とした開架スペースが出迎えてくれた。貸出カウンターもある。どうやらここがメインスペースらしい。

 ここまでは、今まで見たこともないゴージャスな建物の威容に圧倒されていたスミカだった。けれど、たいていの図書館の構造は似通っているものだ。視線の先に貸出カウンターらしきスペースがあるのを確認して、すーっと気分が落ちついていった。まるでなじみのお店にやってきたような安心感をおぼえるから、不思議である。

「新規の……〈受付〉。あっ、あそこだよね?」

 常連のような迷いのない足取りで歩いていく後ろ姿は、さっきまでの引っこみ思案な彼女とは別人のようだった。

 落ちついた色のフローリングが、ぽくぽくと心地よい足音を奏でる。


(スミカ、好きなことにはとことん積極的だなあ……)

 ニケは、ほっこりと眺め、

(ウチの学校の生徒にもこんな感じの本好きちゃんがいたよう……な?)

 レインは現実世界での日常を思いかえしていた。


 そうこうしているうちにスミカは新規登録の表示のあるカウンターにたどり着いた。

「——はい、では貸出期限は二週間後です。それまでにご返却ください。ご利用ありがとうございました……」

 すぐ近くで、椅子に腰かけて貸出業務をやっている人がいる。

「す、すみませ〜ん」

 スミカが声をかけると、

「はい、少々お待ちください……」

 髪の長い、語尾に余韻の残るおっとりした感じの少女だ。


(うわあ……この司書さん? 銀髪さらさらだ……めちゃくちゃきれい)

 貸出カウンターの子は、返却本の整理や確認作業を慣れた動作ですらすらと終えると、てとてととした足どりでスミカの方にやってきた。カウンター越しに対面する。

「お待たせいたしました。新規のご登録でよろしいですね……?」

「……」

「……?」

(ハッ……!? 司書さんがめちゃくちゃきれいで見とれてしまってた!)

 スミカが我に返りかけていると、

「あ。わたしも一緒に登録していいかな?」

 ニケも便乗してきた。

「ニケちゃん登録してなかったの? もったいない!」

「あー……わたしは本はあんまりなー。読まないというかなー。マンガなら読むんだけど」

 ニケがよく見るのは、イラスト集や画集、美術展の図録などで、じつはけっこう「読んでいる」ともいえる。けれどニケ本人はそれが「読書」だとは、あまり思っていない。なので、ここでの返答はこのようなことになっている。


「マンガ……といいいますか、挿絵つきのちょっと風刺のきいた読み物、スケッチのついた紀行文などもあります。そういうものはいかがでしょうか……?」

 司書さんらしき女の子が言った。さらりとレファレンスもやってくれる子だ。

「おっ、いいね! ありがとう。というかわたしたちあんまり歳かわらなそうじゃない? タメで話してもいいかな?」

 さくっと距離をつめたニケが「わたし、ニケ」と自己紹介している。

 スミカやレインも同じように自己紹介した。

「私はリチルといいます。よろしく……ね?」

 少し息の量の多い、ささやくようなしゃべり方をする子だ。小さな声なのに、聞き取りにくいこともない。ちょっと不思議な声である。


 スミカは気になっていることをたずねることにした。

「リチルさんは司書さん、ですか?」

「『さん』はつけなくても……。リチル、でいいですよ。うーん、司書見習い、かな。アルバイトみたいな感じ。将来こういうお仕事やってみたいなって思ってて。その練習の練習? みたいな感じです……」

「いいなあ……」

 うらやましそうにスミカがつぶやく。するとニケが思いついた、という顔になった。

「スミカも働いてみればいいんじゃない? ここで働かせてください! って」

「え。いきなりは、ちょっと……」

 スミカは尻込みした。興味はあるけど、話が具体的になると、とたんに一歩下がってしまう。


 リチルは、お人形のような小首をかしげて考えていた。

「うーん、どうでしたっけ……? スタッフ募集してたっけ……」

 すると、スタッフルームの方からやってきた人が声をかけてきた。

「どうしたんだい?」

 髪を無造作に、ゆるクシャッとしている若い男の人だ。ざっくりとした感じの上品なシャツを着ていて、下はすらっとしたスラックス。だらしないようできっちりしている、とらえどころのない人だった。ひとことでいうと、品のいいチャラ男系イケメンである。

(あら、いい男……)

 とレインちゃんはひそかに思ったが、おくびにも出さない。


「あ、マニユスさん……。みなさん、こちらマニユスさんです。ほんとの司書さんです。ええと図書館スタッフの募集って今やってますか……?」

 リチルがマニユスさんを紹介しつつ、たずねた。

「今はやってないよ。最近NPCさんの補充もあったばかりだし。当面はこのスタッフで安定させたいって話だったね」

「そっかあ……」

 スミカはやや気落ちした声になった。「働きたい!」と強く思ったわけではないが、「その可能性がない」となると、ちょっと残念な気持ちになる。司書の仕事に興味あるのは本当だからだ。


 するとマニユスさんがスミカの気持ちをくみ取ったのか言葉を続けた。

「けど、またしばらくしたら状況が変わるかもだから。よかったらフレンド登録しておく? アルバイトの募集があったら優先して案内するよ?」

「ほんとですかっ!?」

 スミカが飛びつこうとしたら、リチルがブロックをかけてきた。

「スミカさん、話にのってはいけません……。マニユスさんはそうやって純真無垢な子に近づいて、連絡先をゲットして、たらしこんだりする悪い人なのです……」

「「ええっ!!」」

 穏やかな口調のまま繰り出されたリチルの注意喚起に、スミカとニケはびっくりした。

「おや、バレてしまったか。残念だなあ。キュートなリトルガールたちとお近づきになれると思っていたのに」

 まったく残念そうでない顔で、マニユスさんが微笑んでいる……。

「この人、いつもこんな感じなので軽くあしらってあげてください。放置プレイでもいいですよ……」

「リチルちゃん、つれないなぁ」

 なれた調子でやり取りするリチルとマニユスさんを見て、スミカは「あ、これいつもやってるやつなんだな」と勘づいた。マニユスさんがたらしなことは、どうやら「公然の秘密」くらいのゆるいものらしい。


 すると、今まで黙っていたレインが口を開いた。

「まあ、みんなでフレンド登録するくらいならいいんじゃないかしら? 私もみんな(+イケメン)とお近づきになりたいし。もしマニユスさんが暴走しそうな兆候があったら、みんなでボコればいいんだし」

「なるほどー」

「それは名案かもですね……」

 ニケとリチルが、うんうんとうなずいた。

「えっ、ボクがボコられるの、みんなオッケーなの!?」

 みんなが「ボコる」ことにそれほど抵抗感をしめさないことに、さすがにマニユスさんは青ざめた顔になっている。


 そんなわけで、その場の五人で登録しあう。途中でリチルはまたカウンターの方の仕事もこなしていたが、

「それでは、返却本を開架に戻してきますので……。みなさんごゆっくり。マニユスさんはサボらないでくださいね〜……」

 と釘をさしつつ、本の入ったカートをコロコロと押して仕事に戻っていった。

「いやだなあ、それじゃボクが仕事をしない人みたいじゃないか」

 やれやれ、という表情だ。しかしスミカ、ニケ、レインの全く信用していない視線に気づいて、

「さ……さぁ〜、ひと仕事するかな〜。みんなもごゆっくり〜」

 マニユスさんはわざとらしく腕まくりして、仕事に戻る気配をかもしだす。ちょうどレファレンス・カウンターに質問に来た人がいたので、そちらの対応をするつもりなのだろう。

「じゃあ、わたしたちもそろそろ行く?」

 ニケの声に、スミカとレインがうなずいた。

 こうしてスミカたちの図書館訪問は、ずいぶんとなごやかな感じで始まったのである。

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