第21話 ニケの合流

 スミカとレインは広場に戻った。

「もー! なんなのよっ、この体は! ストレスたまるわねっ」

 ままならない体に、レインがストレスをため込んでいるようだ。

「こうなったらヤケ酒——おぉっと……おほん……うーん、ストレス解消なら他のやり方でもいっか……」

 ちらっと我が身を見下ろし、レインはつぶやいた。それからスミカを見上げ、

「そうね……。スミカちゃん、私これから服見に行くけど一緒にどう? お友だちまだ来てないんでしょ?」

「うん。でも私、じつはお金なくて……」

「1Gも?」

「1Gも……」

「あー、そうなのね。モンスター狩ったりすれば自然に貯まっていくから気にしないでいいわよ」

「そういうものなの……?」

「そんなもんよ」

 流れで一緒に歩き出した。

 スミカには尋ねたいことがいろいろあった。レインちゃんはアバターを変更したっていうけど、そのやり方は? どうして副ギルド長さんがギルドの受付の仕事を? モンスターって怖い? それからレインちゃんって、もしかしてかなり年上――


「あら、ここ良さげ」

 レインがいい感じのアパレルショップを見つけた。こぢんまりとしているが、セレクトされたアイテムが品よくおしゃれに並んでいるハイセンスなお店だ。

「……」

 けれどその店には、幼女サイズの彼女にフィットするサイズが存在せず……。肩を落として、しずしずとあとにすることになった。

「ぐぬぬぬ……これは想定外だったわ」

 次に向かったのは、まったく真逆の方向性の店だった。小さな路地のさらに狭いところにもぐり込んだような小道の先にある、雑多な衣類が山と積まれた古着屋だ。

「いらっしゃーせー」

 レジカウンターから声をかけてきたのは、素朴な感じのする女性。頭の上にはリング状のホログラムが浮かんでいる。

(あ……NPCさんだ……)

 スミカは、ちょっとだけドキッとした。現実世界からログインするプレイヤーとは異なる存在。頭のリングをのぞいて私たちとかわりないのに、ゲーム内でのみ存在する、架空の存在。


「私みたいな体型のってどのあたりにあるかしら?」

 慣れた様子でレインが聞くと、

「あー、それでしたらあちらの方ですねー」

「ありがと」

「ごゆっくりー」

 ざっくりと案内して、あとは放置のお店らしい。

「うーん……あーでもない、こーでもない」

 レインが服の山に挑みかかっている。

 スミカも興味があるので、ハンガーにかけられた服が、これまたギュウギュウに並んでいるあたりを眺めていった。あ、このブラウスかわいい……とか思っていると、

(ん? 何だろ?)

 視界の端で何かがチラチラしている。赤いランプの点滅だったが、しばらくするとやや落ち着いた色になって点灯したままになった。さほど気にならないが、気にすると気になる、という絶妙な色だ。


「これいいわね。いやでもさすがにこの年齢としで……いやいやでも今のこの体だからワンチャン! ……どうしたの?」

 チャイナ風のワンピースを取り出して思案していたレインがたずねてきた。

「あ、ええと、視界の端に赤い――」

「たぶん通知ね。タップできるから」

「なるほど」

 タップ。

 するとメッセージウィンドウがあらわれた。

『スミカー、ついたよー』

 とニケからのメッセージ。続けて、

『今どこー?』

(どこって言われてもなあ……。お店の中?)

「友だち?」

「うん。着いたって……」

「じゃ、現在地送ったらいいわよ。意識的に〈現在地〉って言えば音声入力できるから。送信するときも同じ感じで。〈送信〉って。――すみません、これ試着したいです」

「なるほど……。〈現在地〉」

 すると、メッセージ欄に現在地を示すアイコンが立った。

「おおーっ、すごい。『ここだよ』と。〈送信〉」

 するとピコン! 一瞬で返事がきた。

『今から行く!』

 レインが試着室に入っている間に、スミカは店先に出てキョロキョロしていると、

「あ、いたいたー。おーい」

 ニケが小走りにやってきた。

「ごめんごめん。ちょっと遅れちゃった」

「あ、私がはやく来すぎちゃったというか……」

「ほほぅ? もうすでにこのゲームにハマってしまって、ログインしないと気がすまない体になってしまったと……?」

「そ、そんなこと……! どうかなー……?」

「よきかな、よきかなー。ふっふっふ」

 と二人でじゃれあっていると、

「あら。お友だちと無事に会えたのね」

 店から出てきたレインの姿に――

「ちゃ、チャイナ美幼女!!」

 とニケが叫んだ。


 チャイナレインちゃんのいでたちは、頭の両側をお団子シニヨンにまとめ、チャイナドレスをノースリーブのミニスカワンピースにアレンジしたものだった。ちらりとバラの刺繍があるので、ちょっとしたゴージャス感もある。

 二の腕の途中からそでにむかって、ふわりと広がる着脱型のアームカバーをつけている。テーマカラーは赤みの強いオレンジ。それでいてニーソは落ち着いた黒系、パンプスもこげ茶系と、絶妙な色のバランスでまとめあげていた。


 ふぉぉぉ……と息をついているニケが、今にも飛びついて、抱きついて、スリスリしそうになっている。

 レインは、そんなネコみたいになっているニケをものめずらしそうに眺めていたが、

「レインといいます。さっきスミカちゃんに助けてもらって、まああとは流れで。よろしくね」

 さらっと簡素ながらも大人なあいさつをしてきた。ずいぶんとTPOをわきまえている美幼女である。

「こ、これはごていねいにっ。ニケと申し上げ存じ上げまするそうろうナリ……」

 ニケはまごついて、言葉づかいがおかしくなった。


「えと、それでね、レインちゃんとは――」

 レインと街角で激突してからのおおよそを、スミカがニケに説明している。その間、レインは別のことを考えていた。

(ニケ……ねえ? どこかで聞いたような?)

 と記憶をたぐり寄せていって、

(そういえば、学校ウチの生徒に同じ名前の子がいるわね……)

 じーっとニケを眺め、

(何か……すごく……雰囲気が似ている……子のような? 髪の色は違うけど……。うーん? まさかね? この前も酒場ではっちゃけているところをに見られたし。立て続けに同じ学校の人間と遭遇するなんてことは……まさかねえ?)

 とレインちゃんは、見事に正常性バイアスの沼にはまり込んでいた。


「――というわけだったんだよね。それで冒険者ギルドの登録にも付き添ってもらっちゃって」

「なるほどなるほど。じゃそっちはオッケーだね? 商業ギルドの方は?」

「う、うーん……。今日のところはいいかなって……」

 ここでスミカの引っこみ思案が一瞬だけ強く発動した。それを見て取ったニケは、

「なるほどわかった。んじゃ、今日はどこ行こうか? スミカは行きたいところとかある?」

「んー……。まだ行ってないところ? どんなところがあるのかなあ」

「そうだなぁ。いろいろあるけど、図書館……とか?」

「としょかんっ!!」

 秒速でスミカが食いつき、次の予定が決定した。


「よし、じゃあ行こうか!」

 元気よくニケが宣言する。そしてスミカはレインに声をかけた。

「レインちゃんも一緒にどう?」

「あら、私もいいの?」

「いいよいいよー。まだアバターなじんでないんでしょ? 何かあったときわたしたちが力になれるかもだし。あと極端なアバター変更をするとどうなるのか興味あるしね。いいこと悪いこと、どっちもね(ふふふ……)」

 ニケが何か含んだような笑みを浮かべていた。彼女の親族には、WBCのゲーム開発に関係している従姉妹のおねえちゃんがいる。

「まあいいけど。といっても、もとの体格と違いすぎてとまどってるとか、そのくらいよ?」

「ほうほう……そこをもっと詳しく。具体的には?」

 みたいな会話をしながら図書館へと歩いていく。



 ◇



「――それでさー、なかなか宿題が終わんなくて」

 三人で図書館に向かっているところ。

 いつのまにか話が宿題にかわっていた。ニケのログインが遅れたのは、宿題のせいらしい。

(宿題……やっぱり学生さんよね……)

 レインは、スミカとニケのやり取りから二人のおおよその身分を推測する。

「でさ、ウィル? とかゴーイングトゥ? あるじゃない? それがくっつくと『なになにする予定です』? になるとかさー。いきなりそんなこと言われても、わけわかんなくてさー」

「あ、あはは……」

 ニケの不満にスミカが苦笑するのを聞きながら、レインは考える。

(未来形ね。今日やったところじゃないの。というか今日、宿題出したところじゃないの。中学生確定ね)


「レインちゃんは、英語とか得意?」

 スミカに話をふられたレインは、

「えいごかー。もう忘却の彼方だわー……(棒)」

 と遠い目をして感慨深げに嘆息し、話をごまかした。

 そして、そうこうしているうちに図書館が見えてきた。

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