第20話 冒険者ギルド

「――それでね、ログインしたら友だちと会うはずだったんだけど、まだ来てなくて。それでうろうろしてたら……」

「私とぶつかったってわけね」

「うん……」

 スミカは、女の子と一緒に小さな路地を歩いていた。中央の広場に向かっているところだ。

 実はスミカはエッチな子だけでなくて、迷子な子であることも、女の子にバレてしまった。すると女の子は「じゃあ戻ればいいのね」と案内役を引き受けてくれた。やはりなかなかにしっかりした子のようだ。

 道中、成り行きで自己紹介しあう。女の子は〈レイン〉と名乗った。


「レインちゃんは、このゲームけっこうやってるの?」

 歩きながらスミカが尋ねた。はじめは丁寧口調だったスミカも、だんだん慣れた話し方になってきている。

「ん〜、そこそこってとこかな?」

 レインちゃんの返答はあたりさわりのない、ずいぶん大人なものだった。

「そっかー。ランクとかどうやって上げるんだろ……」

「冒険者ギルドには行った?」

「ううん、まだ……」

「じゃあ、一緒に行ってみる?」

「いいの!?」

「いいわよ、まあ今日はヒマだし。――っと!」

「あぶないっ」

 歩きながらレインがバランスをくずした。何かにつまづいた? ようだが、とりたてて段差や石ころがあったわけでもない。路面は瀟洒しょうしゃなレンガで、きれいに敷きつめられている。

 レインが転ぶ前にスミカが手を取ったのもあって、無事に危機は乗りこえた。

「ふぅ、ありがと。う〜ん、まだちょっと慣れないわね……」

 とレインが礼を言いつつ、つぶやいている。

(……慣れない? って何だろ?)

 あんまり詮索せんさくするのもなあ、と思いつつ隣を歩く女の子を見た。

 ニケよりも小柄で、やっぱり年齢もスミカたちより年下に見える。けれど立ち居振る舞いというか、態度は年齢よりも大人びている。どうかするとスミカよりも、ろうたけた雰囲気がときどきするのだ。ちょっと不思議な子だった。


 そんなこんなで歩いていると、スミカにも見覚えのある路地に戻ってきて、そこから中央の広場はすぐだった。

 冒険者ギルドの大きな扉の前に立つ。やはり、どどーん! とした構えの堂々たる雰囲気だ。百戦錬磨の荒くれ者が集まるところにふわさしい様相である。

「ごくり……」

 緊張で生つばを飲みこむスミカ。

「ほんじゃ入るわよー」

 レインの方は、勝手知ったるギルドの扉、とでもいうように慣れた調子でドアを開けようと――ドアを開け――ドアを――ふんぬぬぬっ!

「あ。私が開けるよ……あれ?」

 スミカが引くと、もなく開く……。

「ぜぇ、ぜぇ、あり……がと」

 スミカは、この世界では現実世界よりも身体能力が向上していることを実感している。けれど――

(この子、意外に体力ないなあ。こういう子もいるのかな?)

 小さな疑問は残ったが、何はともあれスミカたちは冒険者ギルドに無事足を踏み入れた。


 ギルドは食堂も併設されているらしい。テーブル席やカウンターにいる人たちから、ちらりとした視線が送られたが、べつに「ようよう、新入りさんよう、ちょぃっとばかり小生意気にイキってんじゃんよう、へいへ〜い」みたいにちょっかい出してすぐ倒されるモブが現れることもなく——スムーズに事務カウンターらしきところにたどり着く。


「ギルドに登録したいんだけど」

 レインが単刀直入に切りこんだ。

「いらっしゃい。はいはい、お二人さんね」

 対応してくれたのは定番受付嬢、美人エルフのおねえさん――ではなくて、ヒゲのおっさんだった。

「俺の名はラッツェだ。よろしくな!」

「は、はひっ、よろひくおねがいひまふっ!」

 おっさんの豪快さに押されてスミカが噛みまくっていると、

「登録するのはこの子だけね」

 ちょん、とスミカを手で示しながらレインが言った。

「お!? こっちのお嬢ちゃんだけ? おチビちゃんはしなくていいのかい?」

「私はもうしてるから。というか何よ、おチビちゃんって。失礼ね」

「ん? 二人とも初ギルドだよな!?」

「わ、私はそうですけど……」

 スミカはうなずきつつ、隣のおチビちゃんをうかがう。おチビのレインちゃんは初めてじゃないっぽい?

「だから私はすんでるから」

「いや……? 俺の知らない顔がギルドに登録済なはずが――」

「ふぅん? 副ギルド長さまも知らない登録済みの顔があって、そんな得体のしれない小さいのが街なかをウロウロしてるってわけね。それってギルド的にどうなんでしょうねぇ〜?」

 得体のしれない小さいレインちゃんがニヤリ、とした顔になった。おちょくっている感もただよっている。


(副ギルド長!? そんなえらい人なんだ!)

 スミカがびっくりしていると、

「ん〜〜〜〜??」

 ラッツェさんはカウンターから身を乗り出してレインを上から下まで何度も眺めていたが、やがて「はっ!?」とした顔になった。

「まさか!? いやそんな……」

「ふふんっ」

 レインは明らかにおもしろがっている。

「……おチビちゃ――おチビさん、ギルドカードの確認をしてもよろしいか?」

「はいどうぞ」

 レインはステータスウィンドウを呼び出すと、その一部を前方にフリックした。するとカード状のウィンドウがすべるように動き、ラッツェさんの手もとにおさまる。それを確認して彼は目を見開いた。そしてレインの姿を確認、またカードを確認、というのを何度も繰り返して、ようやく言ったことには――

「お、おまえ! ほんとにレインかよっ!?」

「そうだけど?」

「…………」

 ラッツェさんはしばらくあっけにとられた顔をしていたが、今度は「ブワッハハハハハ!」と豪快に笑い出した。

「お、おま……おまえ! 姿変わりすぎ! え? 何なの? 心境の変化?」

「この前リアルの職場の……とはちあわせしたのよ。あっちは気づいてないみたいだったけど」

 ちょっとぶっきらぼうな口ぶりでレインが説明した。

「グワッハハハ! 何、それで身バレしたくなかったっての? それでアバター変えたってか!」

 ラッツェさんはおもしろくてたまらない、という表情だ。

「まあ、これなら身バレしないでしょって思ったけど、ちょっとやりすぎた感はあるわね」

 レインは自身を見下ろしながら、

「あと違和感と不具合ありまくりよ? 体の感覚おかしいし。視野もふらふらするし。それでこの子――スミカちゃんにぶつかっちゃうし。で、ちょっと気絶してたっぽいしで、もうヤんなっちゃうわよ。さっきもそこのドア開けようとしたら開かないし。力不足みたいな感じ。それでこの子に助けてもらったし……」


 二人の話をスミカは唖然あぜんとして聞いていた。話からすると、ラッツェさんとレインちゃんは知りあいらしい。そしてレインちゃんは前からこのゲームをやってる人だけど、最近アバターを変更した――しかもかなり極端に変えたっぽい、というのもさっせられた。


「マジかよ。ここまで振りきったのをやったのはあんまり聞かないからな。まあ何だ、人柱として貢献してくれよな」

 くっくっく……とまだ肩をふるわせていたラッツェさんだったが、「おっといけねえいけねえ」と仕事モードの顔になってスミカに向き直った。

「ええっと、ではあらためましてそちらのお嬢さんの冒険者ギルド登録をいたしますねっと」

「は、はいっ」


 手続きはいたって簡単だった。

 ステータスウィンドウを使って、ホログラム状のカードをやり取りする必要があるのだが、先ほどレインがやったのを見ていたのでスムーズに進む。ラッツェさんからは、ギルド併設の酒場(という名のお食事処)や、クエストやミッション依頼の掲示板の簡単な説明も行われた。そしてギルドカードがスミカの手に渡り、手続きが終わった。意外にあっさりだ。


「まあ、登録といってもほとんど本人確認みたいなもんだからな。ガハハ」

「そんなに簡単なら街の入口で全部受け付けてしまえいばいいのに。商業ギルドの登録も一括でさぁー」

 カウンターのへりにアゴと手をのっけながら、レインが至極最もなことを言った。ちょっとだけ背伸びをしているせいで、足がプルプルふるえているのが、スミカには丸見えだった。

「いやいや。ギルドへの登録は任意だからな。登録したくないってんなら無理にはすすめない。ただミッションを受けたいとか、素材の換金をしたいってなればウチにどうぞ、ってわけさ」

 そしてさらに続ける。

「今だったらレインの言うやり方でもいいかもだな。そこまでプレイヤー数も多くないし。俺たちもぶっちゃけヒマだ。でももしこのゲームが今後承認制を取っぱらって、登録自由になってさ、ご新規さんが大挙して押し寄せたらどうなると思う? このサーバーだけでも大変になるぜ? ギルド登録の人の列が街中はおろか、街の外まで並んでたら、途中でうんざりしてドロップアウトするやつも出るかもだろ? とりあえず入口は最小限にして、しばらく滞在してもらってさ、この世界をもっと便利に快適に過ごしたいなら冒険者ギルドにようこそ! ってそういう仕組みになっているわけさ」

「ふぅん。ちゃんと考えてはいるのね」

「おっ。そうそう、入口といえば……。ええと、スミカちゃん――でいいんだな? 門のところの受付、誰だった?」


 大人な会話をしてるなーと、ぼーっと聞いていたスミカだったが、いきなり話をふられてあわててしまった。

「え? 受付? えと、えと、ええと……あ! ココネさん! でした!」

「マジか……うらやましい……。俺も新規アカウントつくって、ココネたんから優しく手取り足取りチュートリアルされたい……」

 大のおっさんが、急に乙女な様子になっている。

(そういえば広場でシズキさんも同じこと言ってたような……。ココネさん、大人気だなあ)

 するとレインが、あきれた表情でつっこんだ。

「なーに言ってんだか」

 モエモエキュン状態のおっさんと、それをジト目で見上げる美幼女。なんともシュールな光景である。

「じゃ、用がすんだから私たちはこれで。ありがとね」

「ういっす。またな!」

 二人のやりとりがテンポよく進む。

 そしてレインは、スミカに目で合図しつつ、さっさと出口へ向かっていった。

 スミカはラッツェさんにペコリとおじぎすると、すぐに後を追う。その背中に、

「あ、そうだ! スミカちゃん、エッチでがんばるんだぞ――」

「そういうセクハラはいいからっ」

 レインがビシッと切りかえした。さっき自分でスミカにセクハラをしかけたことは、しっかりと棚に上げている。

「はぃぃ……」

 しかしビシッと言われてたラッツェさんは、すっかり縮こまってしまった。


 そしてギルドの出口。再びレインがドアを押し開けようとしたが——

「ぐんぬぬぬ……っ!」

 やっぱりスミカの手助けが必要だった。

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