第15話 街の中心2:お手とペロペロ

 それからも「これは?」「ペーパーウェイトだよ」「ぺーぱーうぇーい?」「文鎮っていったらわかる? 紙が風で飛ばないようにおさえるやつね」「あー」と、敷物の上の商品を眺めながら会話をしていた。


(いろんなのがあるなあ。シズキさん、いろいろ作れてすごい……)

 そう思いながらスミカが眺めていると、ふと端のところで、ころんとした感じの木彫りの狛犬こまいぬらしきものを見つけた。

「このワンちゃんもかわいい……」

「あれ? こっちにもあるよ。でもそっちとデザイン違うかも?」

 ニケも反対側で似たようなものを見つけたらしい。

 するとシズキさんの鼻息が荒くなった。自慢気な表情だ。

「ふっふっふ……。二人ともお目が高い。その狛犬たちはね……。なんと! 『お手』をするのです!」

「へえ〜」

 と二人が何気なく手のひらを差し出してみると――そっ。

 いつの間にか彼女たちの指先に、ちょこんと狛犬たちの手が載せられていた。

「え……動いたの見えなかったんだけど!?」

 とニケが驚き、

「うん、見えなかった……」

 スミカもうなずく。

 ありえないことが起こっていた。見た目にはただの小さな木彫りの狛犬である。もちろんジョイント組みこみの可動式でも何でもない。ただの狛犬だ。


「ん〜? でも、そもそも何で作り物の狛犬が動いて――あっ!?」

 考えていたニケが、ハッとした顔になった。

「もしやおねえさん、話し手スピーケル!?」

「お。するどいね」

 と、シズキさんはニヤリと笑って口もとで人さし指を立て「ちょっとだけね?」という顔になった。

「〈ジョズ、ペタ、目覚めよAwaken〉!」

 すると、狛犬たちの気配が変わった。

 今までは小さな木彫りの置物――硬い個体であったものが、ほぐれた――ように見えた。

 そしてふわりと浮き、ふくらみ、大きくなり、風に布がはためくような、糸や毛なみが流れるような、そんなゆらゆらとしたものが、犬の姿に変化していった。

 それ・・が、そっと地面に足をついた――と思ったら、座っているシズキさんの両隣に、犬たちがそっと寄り添うように立っていた。

 エネルギーにあふれ、強い、と思わせる立ち姿だ。けれど毛先やしっぽ、足先などは流体の形態をおびて曖昧でもある。強く風が吹けば、そのまま流れていってしまうような、そんなはかなさも感じる。

 それは生物、というよりも、もう少しあやふやな存在に見えた。


 二人の目の前にいるのはスピーケルの使い魔たちだ。どこか不思議な、人によってはどことなく警戒してしまうような、そんな存在でもある。けれど今の二人は、どちらも目を輝かせていた。とにかくその姿に見惚れ——

「かわいい!」

 と言ったのがスミカで、

「かっこいい!」

 と言ったのがニケだった。

 ほめられたシズキさんは「かわいいだろ〜? かっこいいだろ〜?」とニンマリしている。

 ニケは、敷物の向こうにいる魔犬たちをもっとよく見ようと、膝に手をついてグッと前のめりになっていた。そして、どうしてもやってみたいことがあるらしい。

「お手、できる……かな?」

「できるよー」

「おぉぉ……」

 できるとわかって、ニケは言葉にならない言葉をもらした。そしておそるおそる手のひらを差し出して、

「お……お手?」

 ニケの近くにいる犬はどちらかというと、シュッとした雰囲気の子だった。その犬の手がヒョイと動き、ニケの手のひらに載せられた。みごとな「お手」である。

「ほぉぉぉ……っ!」

 ニケはさらに興奮して、奇妙な感嘆の息をもらしまくりながら、次のような感想を述べた。

「ふ、ふわふわ! もふもふ! なのにしっとり?」


 それを見たスミカがうらやましそうな顔になった。

「ニケちゃん、いいなあ……」

「スミカちゃんもやってみる?」

 シズキさんが、自身の反対側にいる子を撫でながら誘ってきた。これは耐えがたい誘惑である。

「う……うんっ」

 スミカもおそるおそる手のひらを差し出す。

「ヲ……ヲTe?」

 発音がちょっと変なのは、緊張しているせいだろう……。

 するとスミカ側の魔犬ちゃんが――やさしげで、おだやかな雰囲気の子だが――きゅ、と尻込みするような態度で、隠れるように、そばにいるシズキさんに体をくっつけてしまった……。

「そんなぁ……」

 お手を拒否られて愕然がくぜんとするスミカ。

 シズキさんが苦笑している。

「あらら……。ペタはちょっとシャイな子なんだよね。ほら、ペタ? スミカちゃんだよー?」

 と、うながしてくれた。

「コ、コワクナイヨー……?」

 急にカタコトになったスミカも、自分を無害アピールする。

 ペタはそれからもしばらくモジモジしていたが、やがてにおいを嗅ぐようにフンフンと鼻を鳴らし、鼻先をスミカの手の先に近づけていって――ペロペロ。

 なんと! スミカの手をペロペロしてくれた!

「お、お手々をペロペロ……だと!? それは、親愛の表現……!」

 今度はニケが愕然とする番だった。


「おぉっ、急にデレた!? ペタが初対面の子をペロペロするのはめずらしいなー」

 シズキさんもちょっと驚いた様子だ。そしてつけ加えることには、

「スミカちゃん、意外とタラシ?」

「た、タラ……!? って、どういう意味だっけ?」

「えーっとね、相手をうまい感じに誘ったり、言い寄ったり、たぶらかしたりする人のこと、かな?」

 ニケの補足説明に、「そんなことは!」とスミカはブンブンと首をふる。

 そのタイミングでペタはスミカからヒョイっと離れ、またシズキさんにべったりである。

「いいなあ。なんだか信頼されてる感じ……」

 スミカがうらやましげにつぶやいた。

「スミカちゃん、動物好きなら読み手リーデルじゃなくて、話し手スピーケルを選べばよかったんじゃ?」

「う、うーん。ちょっと迷ったんですけど……」

 チュートリアルの森でのことを、おおまかに説明する。

 子どもドラゴンドラゴネットを召喚することに成功はしたけれど、スミカの愛が重すぎて逃げられた、あのにがい思い出……。


「へー。そういうこともあるんだね。私はリアルで飼ってるワンコたちがいるから、こっちでも似たような感じでって思ってたら自然にスピーケルになってたかな? まあ本音をいえばリアルのジョズとペタと一緒に旅できたら最高なんだけど」

「この子たちは、シズキさんの飼い犬?」

「あはは。名前を一緒にしたらなぜか性格もそっくりになっちゃって。うん、でもほとんど分身みたいなものだよ」

「そっかあ……。いきなり二匹も召喚できるなんて、シズキさん才能あるんですね」

「あ。違う違う。最初はクリネ――えっと、リスだったよ? この子たちはランクが上がってからだね。ん、あれ? 今日はちょっとおねむかな? はーい、〈ジョズ、ペタ、night-nightナイナイ〉!」

 すると二匹の犬たちが、スゥ、と消えていき、ころんとした狛犬姿に戻った。

「「おお〜……」」

 感心のため息をしながらスミカは、なるほど、ランクアップするとできることが増えるってこういうことかぁ、と納得した。


 もっと話していたかったけど、そのあたりで別のお客さんが見に来たので、二人は離れることにした。

「じゃあ、シズキさん。また〜」

 とニケがあいさつし、

「ありがとうございました」

 スミカもペコリとおじぎする。

「は〜い。また来てね〜」

 シズキさんは二人を見送ると、新規のお客さんの接客にうつっていった。



 ◇



 スミカとニケは、それからしばらく街をぶらぶらした。

「ワンコたち、かわいかったね」

「だねー」

 とはなしながら、さて次はどこへ行こう、ということになった。まだ知らないところが、たくさんある。

 中央広場には、冒険フィールドとして設定してある各エリアへのゲートがある。「行ってみる?」とニケが目配せしたけれど、

「ん〜……。今回はまだいいかな。もうちょっと街の中を見てみたいかも」

「じゃあ、冒険者ギルドと商業ギルド、のぞいてみる?」

 とニケが提案したが、

「ギルド……。ん……ん〜? 人多そうだし今回はちょっと……かな」

 スミカはもともと人見知りな方である。生来の性格が、こんなところでばっちりと発動してしまっていた。シズキさんのところにいるときは、それほどでもなかったのに……と思う。けれどこれはどうしようもない。

 それから、ちょっと疲れてきたかな、ともスミカは思っていた。

 何しろ見るもの、聞くもの、感じるもの、何もかもが初めてのことばかりだ。情報量の多さに圧倒されてしまう。

 たとえば、新入生がドキドキしながら初登校して、まわりは知らない顔ばかり。入学式を終えて、ホームルームして、持ってくるもの、準備するもの、明日からのスケジュール等をあれやこれや聞いて、全部終わったらドッと疲れた――そんな感じだろうか。


 そんなスミカの疲労感を、ニケもかすかに感じとっていた。

「じゃあ、そこのカフェで休憩しようか」

 店先にもテーブルを置いたオープンテラス型の店だ。ウッド調のシックな装いと、天幕と観葉植物による適度な日陰。街にむかってオープンにひらけているようで、しっとりと包みこんでくれるような落ち着き感もある、独特な雰囲気の店だった。

「うん。よさそう」

 スミカもよろこんで同意した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る