第14話 街の中心1:スミカはやっぱりエッチな子

 街の広場の露天商のお店を、スミカとニケがのぞいているところ。


「こんにちは。見てもいいですか?」

「どうぞどうぞ。見るだけならタダよ〜。冷やかしでもいいよ〜」

 ニケのあいさつに、露天商の少女はかるく応じてくれた。


 二人は敷物のそばにしゃがみこみ、売り物を眺めていった。

 アクセサリーと小物類。鉱石や金属の加工品や、木工、革ひもなどのハンドクラフトを中心に、髪留め、ピアス、イヤリング、ネックレス、チョーカー、ベルト、ブレスレット、アンクレット、指輪などなど。センスのいいアイテムが品よく並べられている。

 そしてそれらが、陽の光にキラキラと輝いていた。


「うわぁ……きれい」

「うん、いいね」

 スミカとニケが目をキラキラさせて魅入っているのを、露天商の少女はしばらくニコニコと眺めていたが、

「二人とも――ご新規さんとか?」

 とたずねてきた。

 このゲームを始めたばっかりかな? という意味だ。雰囲気から察したようだ。


「えっと、わたしはちょっと前からときどきログインしてて、ニケっていいます。でもこっちのスミカは、生まれたてのほやほやです」

「あ、ども……」

 生まれたてほやほやのスミカさんが人見知り全開で会釈をした。

「そうなのね。わたしはシズキ。よろしくね。それにしても――ほうほう……とすると? スミカちゃんはエッチな子なんだ?」

「えっ!?」

 いきなり「エッチな子」といわれ、スミカの肩がピクンッと跳ねた。

 すると、

「そう! そうなんですよーっ。もうエッチでエッチで、すごくエッチで!」

 あろうことか、ニケもシズキおねえさんに同調しだしてしまった!

 そうしたらシズキさんが急に声をひそめて、

「すると夜も……すっごいエッチ?」

「いやー、もうそれはそれは……。あんなコトやそんなコトも!? って、全然寝かしてくれないんですよー。困ったもんですよ……」

 やれやれという感じのジェスチャーをしつつ寝不足気味にまぶたをこする策士ニケ。スミカがエッチな子なことが、どんどん既成事実になっていく!

「ふ……ふふふ……」

「むふふ〜〜……」

 そしてニケとシズキさんは肩をふるわせて笑い出した。

 一応往来を気にしてか、声はおさえてくれている。


「えっ、えっ!? ちょっとまって!?」

 しかしスミカはあたふたしっぱなしだ。あたふたしながら——思い出した。

 さっき、街へ入るときのアレだ。受付のココネさんにも「スミカちゃんはエッチなのね」と言われてドギマギした、アレだっ!


「これと似た話、受付でもしたよ!」

 耳を赤くしながらスミカが抗議すると、シズキさんが「でへへ……」という顔になった。

「ばれちゃったか……。今日の受付は誰がやってるの?」

「ええと、ココネさん、ですっ」

「えっ、ココネさんっ!?」

 シズキさんの目がキラキラと輝いている……。

 現実世界では人気ピアニスト、ゲーム世界ではトップランカーの一人であるココネさんは、やはり知名度抜群だった。

「うわー、いいなー。わたしももう一回登録しなおそうかなー。そしたらココネさんに手取り足取り……ぐへへへ……」

 シズキさんの顔がくずれている……。


「もぉっ! ココネさんにも言われたのに、ここでもからかわれて心外だよ。私はそんなにエッ……じゃないと思うんだけどな〜っ」

 ひどいよ、とスミカはプクッと頬を膨らませた。ニケは「その顔もかわいいなあ」と思いながら一応言い訳する。

「えへへ。まあこれはね? 初心者の味わう洗礼みたいなもんだと思ってよ。けっこうネタにされやすいから。くひひひ……」

 ニケはまだ笑いの発作がおさまらない。

「これはセクハラだよぉ……」

 スミカはムスッとしてしまった。

 そんな様子を、露天商のシズキさんはニコニコと眺めている。


 シズキさんは、ざっくり、さっぱりとした印象の女の子だ。年齢的にはスミカたちよりもいくぶん上のようだが、受付のココネさんほど離れている感じではない。

 ナチュラル系のスキッパーシャツにショートパンツをあわせたラフな装いだ。胸もとや手首には、色ちがいの細い革ひものアクセサリーを品よく身につけている。全体的な印象は地味なのだが、よく見るとセンスがいい。おしゃれ上級者さんだ。


 それから彼女の足首を彩るモノが、きらりと光っている。

「あ……シズキさんの足、すてきなアンクレット……」

 エッチなスミカさんのフェチな興味は、シズキさんのナマ足にむかったようだ。彼女の足首には、透明度の高い小さな鉱石をつないだアンクレットが輝いていた。これもなかなかのワザモノだ。

「ふっふ〜、いいでしょ。こちらは不肖ワタクシめの手作りでございます」

「「おお〜っ」」

 二人の感嘆がユニゾンする。

「もしかして、ここにあるのはシズキさんが自分で……?」

「そだよ〜。ほとんど自作だね」

 スミカの質問に、シズキさんはほんのり自慢げだ。

「「おお〜っ」」

 もう一度同時に声があがった。


「いいなあ、どれもかわいいし……」

 陳列されている品物を見ていくと――ふと目にとまるものがあった。

「あ、これ。……豆本?」

 文庫本よりもさらに小さな本だ。サイズは小さいながらも文様の刺繍をほどこした布張りのカバーをかけ、さらにヴィンテージ加工までほどこしてある。かなり凝ったつくりの本だった。

「おー。スミカちゃん目利きさんだね。それは初心者さん用につくったものだよ。魔法発動に関することとか、技のヒントになりそうな項目をコンパクトにまとめたものだよ」

「魔法発動?」

「たとえば……そうだね、ファイヤーナントカな炎系でもボールとか、ショット、アローで強さに段階があるんだよね。ファイヤー、フレイム、フレアって呼び方を変化させても性質が変わったりする。でもそのぶん魔力消費も激しくなる――って感じで、まず憶えておくと便利かなっていうのをいろいろ書いてるよ。英語の単語カードな感じかな」

「なるほど……」

「スミカちゃん、魔法職カテゴリは何にしたの?」

読み手リーデルです」

「じゃあぴったりだね! 特にこの豆本は文字ベースで魔法を使うリーデルさんやライテルさんと相性抜群!」

「そうなんですね……」

 便利なものだというのはわかる。さらにスミカがひかれているのは、本の装丁だった。細やかな仕事だというのが素人目にもわかる。

 こういうのは「買って?」と向こうから言ってくるし、こちらも「これはお持ち帰りせねば」と思ってしまうので――困ってしまう。


 問題はお値段だ。

 所持金の残りは1400G。

 どうかな!?

 スミカは意を決してたずねた。

「こちらは……おいくらですか?」

「一点ものだからね。1500G!」

「よ、予算オーバー……」

 スミカは天をあおいだ。

「え!? そうなの?」

 まさかの貧乏っぷりにシズキさんが驚いている。

「あはは……。この子、さっき大物(の本)を買ったんですよ。ヴィンセントさんの本屋で」

 とニケが説明した。

「なるほど初日にいきなり。それは(スミカちゃんが)大物だ……。ん〜、まけてあげたいんだけどな〜。つくった労力考えるとな〜。ん〜……」

 シズキさんは(スミカの度胸とか散財っぷりとか、いろんな意味で)感嘆しつつも、売り手として妥協するわけにはいかない。なかなか悩ましげな表情になってしまった。

 けれど、買い手としておなじように悩ましげな顔をしているスミカをみると、心が決まったようだった。

「よしっ。少しだけならおまけしていいよ。1400G!」

「100下がっただけじゃん! もうひと声!」

 すかさずニケの声。

 こういうとき、さらっと交渉に入れるニケってすごいなあ、とスミカは思う。しかしそのへんの交渉スキルのなさを自覚しているスミカは、

「う……うぅぅ……その値段でなら……買えます」

「ほんと!? ありがとう! まいど〜」

 チャリン。お買い上げとなった。これでスミカさんの所持金は、ゼロ。

「え〜? 500くらいは負けてくれそうと思ってたんだけどなあ」

 ニケは値切り作戦が空振りに終わって、ちょっとだけ不満顔だ。

「ニケちゃん、500はさすがに値切りすぎよ?」

 シズキさんも、それはナイナイ、という顔になった。

「あれ? そうなのかなあ」

 とニケは納得していない様子だ。


 そして——

「うぅぅ、これで私は一文無し……」

 買ったうれしさと、すかんぴんになった切なさに涙するスミカ氏。

「これは……なかなか大物ルーキーが加入してきたね」

「そうですね……」

 シズキさんとニケの意見がふたたび一致してしまった。


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