第16話 街の中心3:カフェ

 カフェで休憩することになった。


 ニケは以前来たことがあるらしく、さりげなく席にエスコートしてくれた。初めてのお店で勝手がわからないとき、こういう気づかいはうれしい。

 二人が座ったのは、オープン席ながらも往来からは適度に見えにくい、穴場のようなテーブルだった。

 とりあえず座れてスミカがホッとしていると、スッと人影がさした。


「いらっしゃませ。メニューをどうぞ」

 端正な声であらわれたウェイターさんは、顔も端正だった。こんなお人形さんみたいな人いるんだ……とスミカがホケっと見とれていると、ウェイターさんの頭の上に、あるものが浮いていることに気づく。この街に入るとき門番さんたちの頭の上にもあった、あのリング状のホログラムだ。

(この人、NPCさん……なのかな……?)

 思わずまじまじと見つめてしまう。

 するとスミカの視線に気づいたウェイターさんが向き直った。

「ご注文はお決まりでしょうか?」

「ハッ!? ま、まだです! ええっと……」

 目を皿のようにしてメニューを眺める。こういうときスミカは左上から順に全部項目を追っていくタイプの子だ。


「わたしはホワイトモカのトールサイズ、ショット追加、チョコレートソース追加で」

 ニケはエスプレッソ系でいく様子。

「かしこまりました。ホットでよろしいですね」

「はーい」

 さくっと注文が決まった。

「ん、ん〜っ……」

 スミカはだいぶメニューの迷路をさまよったが、

「えと、ローズヒップティーのホット……で」

「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」

 ウェイターさんが戻っていった。


「ふ〜〜〜っ……」

 ホッとしたスミカは長い息をはいた。

「ローズヒップ、好きなの?」

 とのニケの問いに、

「ん〜? ときどき飲むよ? でも今回はなんとなく目についたんだよね……どうしてだろ?」

ローズヒップRose hipリーデルReaderのR……」

「あっ、それだ! チュートリアルちゃんのところで色のことを考えてたから、頭に残ってたのかも!?」

「スミカさんよぅ、変なところで影響されてるな〜?」

「そ、そんなことない……よ! あれ? ニケ……ちゃんもホワイトWhiteモカMochaだよね? ライテルWriterのW……」

「あっ。……いや、これは偶然!」

「ほんと〜?」

「ほんとほんと!」

 みたいな会話をしていたら、注文の品がやってきた。

 さっきのウェイターさんである。

 すっ、すっと淀みない手つきによって、ポットやカップが目の前に並んでいく。

 そんな洗練されたしぐさにボーッと見とれていたスミカだったが、ふとさっきの疑問が口をついて出てしまった。

「あの。ウェイターさんは、NPCさん……なのですか?」

 すると給仕していたウェイターの手がピタリと止まった。ちょうどスミカの目の前である。


(……あれ?)

 ほんの一瞬、時間が止まったかのようだった。

 いや、街のザワザワ音や、小鳥のさえずり、グラスや皿の触れあう音などはふつうに聞こえている。

 けれどこの瞬間、スミカたちのテーブルまわりだけ、時が静止しているみたいだった。

 奇妙な緊張感だ。

 まるで暗黙の了解がなされている場で、誰かがポロリと裏事情をしゃべってしまったような——あるいは誰かがタイミング悪く不用意な発言をしてしまって、場の雰囲気に水をさしたかのような……。


(あれ? もしかして私、言っちゃダメなこと言っちゃった!?)

 とスミカが内心あわてていると――

 ウェイターが、すっと居住まいをただした。

「はい。私は〈就業者編成組合Nomadic Placement Corporation〉――NPCに所属しています。よくご存知ですね」

 端正な笑顔で応じられて、

「は……はぁ……。それはどうも……です」

 スミカは恐縮しつつ、しどろもどろに返事をした。

「では、ごゆっくりどうぞ。また何かありましたらお声がけください」

 スッと一礼して、ウェイターさんは去っていった。


「ふ……ふぃ〜〜〜〜っ」

 緊張の糸がきれたスミカの肺が、安堵あんどの息を押し出していく。

「おー……。面と向かって『あなたはNPCですか?』って聞くなんて、スミカはチャレンジャーだねー。さていただきますっと」

 ニケはさっそくホワイトモカのクリームをすくって口にふくみ、ほんわかとした顔になった。

「だって……気になるし。あの頭のリング」

 ちょっと口をとがらせながら、スミカもポットのお茶をカップに注いだ。カップを口もとに寄せる。うん、ローズヒップのさわやかな香りが――しない。

「におい、あんまりしないんだけど……」

 五感のうち、「におい」の完全実装がまだ不十分なベータ仕様のゲーム世界だ。


「あはは……。それはもう少ししたらアップデートされると思うよ。あのリング、まあ最初は気になるよねー。もし現実世界であんな人たちがウロウロしてたら、アンドロイドかも!? って思うだろうし」

「そうそう! でもノマド・ナントカ・コーポレー? みたいなのがあるんだ……」

「いろんな仕事をする人を派遣する団体? みたいなのがあるって設定らしいんだよね。店員さんとか、働く人をアッセン? するみたいな。それでうまいこと人を配置してるみたい。まだまだプレイヤー少ないからねー。便利だよ? 『店があるからって入ってみたら店員も誰もいなかった』ってことにもならないし」

「でもヴィンセントさんの本屋さんみたいに、自分でお店をもってる人もいるよ?」

「うん。だから私たちとNPCさんたちが一緒になって街――というか、この世界かな、それをつくってるって考えれば、どうかな?」

「へええ……」

 スミカは感心してしまった。ちゃんと考えてるんだなあ、と思う。すると、もうひとつ疑問も浮かんでくる。ではプレイヤーは?


「私たちのことは何ていうの? NPCがノン……ピー・キャラクターだから、NをとってPC? あれ? 私たちってパソコン???」

「あはは……。え〜と、何だったっけ? PCはもともとはプレイアブルキャラクターっていうんだけど、このゲームでは……ええと」

 思い出そうとしてニケがしばし黙りこみ、

「ええと……あ、そうそう。〈People of Cast〉だったかな?」

「ぴーぽーおぶきゃすと?」

「キャストはたしか、『演じる人』みたいな意味があった……と思う」

「ネズミースタジオみたいなテーマパークの? あれはパークで働いてる人のことをいうんだよね? 私たちは働いてる人?」

「うーん……。ネズミーの世界のほうはキャストとゲストだっけ? このゲームのプレーヤーはお客さんゲストっていうよりも、『魔法使い』っていう役を演じているから、役者キャストに近い……と思うよ?」

「なるほど……」

 ふむふむとスミカが納得していると、

「今考えた」

 ニケがまぜっかえした。

「なんだぁ〜」

「ふひひ……」

 そんな感じでしばらくお茶をし、おしゃべりをしていった。しかし――


 スミカはちょっとモジモジしていた。

 そわそわ、ともいう。

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