悪い予感

「今日も来ていないな」


 火曜日になっても咲が、大学に来なかった。


『なにか、あったのか?』


 メッセージを送ってみる。昨日も、メッセージを送っているが、返信が来なかった。


「さすがに、二日連続で大学に来てないと不安だな」


 季節外れのインフルエンザ? それなら、未読でメッセージが読まれない理由がわからない。いろいろ原因を考えても、答えに辿り着かない。


「昼休みになったら、電話をかけてみるか」


 午前中の講義が終わって、昼休みになった。


「咲、電話に出るか?」


 携帯で、咲に電話をかけてみる。何回か、着信音がなるが、電話に出る反応がない。


「出ないか」


 ここまで、連絡がないと、心配になって来た。事故に巻き込まれたのか、連絡が取れなくなるほどの事態に巻き込まれた。悪い方向に、考えが傾いてくる。


「昼休み終わる前に、もう一回電話をかけよう」


 その後、昼休み終わる前に電話をかけてみたが、電話に出なかった。



 水曜日になったが、咲は三日連続で大学を休んだ。


「三日連続、来ていないのか」


 外の天気は雨だ。窓に流れる雫が、最後に会った日、咲が流した涙を思い出させた。


「学科のみんな、咲が来ていないことに、ざわめいているな」


 学科内の人達も、咲が三日連続来ていないことに、ざわめき始めた。


『学科のみんな、咲が大学休んでいることに、心配しているぞ』


 メッセージを送ってみるが、返信は来ない。


「あれ? 昨日に送ったメッセージに既読が付いている」


 既読が付いているってことは、生きてはいるみたいだな。


「生きているって分かっているだけでも、安心だ」


 無事かどうかは、わからないが、生きている。問題は、なんでメッセージに返信しない。


「大学に来ていないのも不思議だ」


 謎が、さらに深まった。


 昼休みに入り、もう一度電話をかけてみる。


「やっぱり、出ないか」


 あんまり、考えたくはないが、俺だけが嫌われたパターンもあり得る。それを確認するには俺以外で咲と友達の人に聞いてみるしかない。


 午後の講義が始まる前に、咲と一緒に大学で行動している女子二人に話しかけることにしてみる。


「なぁ、ちょっといいか?」


 普段、女子に話しかけると言った行動をしないので、緊張した。


「なに?」


「咲が、三日連続休んでいるみたいだけど、何か知っているか?」


「あぁ、それね。みんなに聞かれるけど、知らないのよ。私達も心配して、メッセージ送ったし、電話もしているけど、繋がらなくて」


 茶髪でショートヘアの女性は、そう答えた。


「うん、うん。私達も、連絡取れてない」


 丸眼鏡をかけた、もう一人の女性も答える。


「そうか」


「光って名前で合っているよね?」


「うん、そうだが」


「光こそ、知らないの?」


「うん、うん。光こそ、知っていると思っていた」


「俺も、連絡が取れなくて、困っている。あれ? なんで、俺と咲が仲良いこと知っている?」


「逆に、ばれていないとでも思っていたの?」


「うん、うん。ばればれだよ」


「あんまり、講義室で仲良くしているとこ見せてなかった」


「咲が、私達と話すとき、光の話をしていたのよ。咲は、自覚していないかもしれないけど、話し出すと大体、光の話だったよ」


「うん、うん。そうだった」


 リハビリ関係のことは、言ってないみたいだが、咲は、ちょくちょく俺のことを話題に出していたみたいだ。


「そっか。ありがとう。助かった」


「いいよー。咲と連絡ついたら、私達にも返信してって伝えておいて」


「うん、うん。よろしくお願いします」


「了解、伝えておくよ」


 伝えるって約束したが、どうやって伝えようか。


「なにか、良い案ないかな」


 家の場所もわからないから、訪ねることもできない。


「光、また何か考えごとか?」


 自分の席に戻ったタイミングで、進に話しかけられた。


「まぁな」


「あんまり考えすぎると、老け込むぞ」


「悩みがない日を過ごしてみたいよ」


「光は、悩みが尽きない性格してそう」


「進は、悩みが無さそうだよな」


「こう見えて、俺にも悩みあるぞ」


「なんの悩みだ?」


 悩みごとが無さそうな、進の悩みごとは、なんだろうか。


「俺が推しているアイドルグループについてなんだが」


 真剣に考えた俺がアホだったかもしれない。いや、推し活をしている人にとっては、深刻な問題なのかもしれない。


「アイドルグループが、どうした?」


「メンバーの一人が失踪しちゃった」


「大事件じゃないか」


「一大事だよ。メンバーは、もちろん。そのアイドルを推しているファンは、大騒ぎ」


「それで、どうなった?」


「警察は、もちろん。アイドルグループを推していたファン総出で、大捜索よ。ネットニュースを見なかったのか?」


「ニュースにもなっていたのか」


「捜索していた警察より、同時並行で捜していたファンの方が、人数多かったってニュースになっていたぞ」


「日本中の人、みんなびっくりしていたと思うよ」


「もちろんだが、俺も捜索隊の一人として活躍していたぞ」


「英雄だな。それで、見つかったのか?」


「見つかったぞ」


「どこにいた?」


「ファンの一人が、アイドルグループが初コンサートをした会場跡地に行ったのさ」


「そこにいたのか?」


「そうだ。何もない草原当然の場所に一人寂しく立っている人がいて、それが行方不明になっていたアイドルだった」


「見つかって良かったな」


「俺も一安心だよ。そのアイドルを見つけたファンは、アイドルグループのメンバーと他のファンから、中国の天才軍師『諸葛亮孔明』から名前を引用されて、孔明くんと愛称で呼ばれるようになった」


「一躍トップスターになっている。それにしても、なんで初コンサートの会場跡地にいたのだろうな」


「本人曰く、『一番の思い出になった場所』って言っていたよ。失踪した原因は、人気になってくるうちに、ファンを満足させるように頑張らなきゃと、プレッシャーが掛かっていたらしい。そして、ある日に理性を保っていた一本の糸が」


「切れてしまったのか」


「そういうこと」


 もしかしたら、咲も、あの時には理性を繋いでいた一本の糸が切れてしまっていたのかもしれない。


「思い出の場所か、俺にもあるのかな」


「どうだろうな。光もそうだし、俺も実際に底に落ちる経験してみないと、思いつかないと思うぞ」


「走馬灯みたいな感じか」


「多分、そうだと思うぞ」


「今、失踪したアイドルは、どうなっている?」


「休養中。引退は絶対にしないって誓っていたよ。医者から、許可が出たら、すぐに復活するって」


「それは、良かった」


 それにしても、思い出の場所か、もしかしたら咲も、その場所にいるかもしれない。


「今、雨降っている」


 講義室から、雨が降っているのが見えた。天気が雨だと思い出した瞬間、全身に鳥肌が立つ感覚を覚えた。


「まさか」


 カバンを持って、荷物をまとめる。


「あれ、光どうしたん?」


「俺、急用を思い出した」


「急用? あと、五分で授業始まるぞ」


「昼からの講義、休む。悪い」


「お、おい!」


 進に別れを告げて、講義室を出た。


「咲、雨の中、外に出てないよな」


 進が、失踪したアイドルは、一番の思い出になった場所で、一人立っていたって言っていた。


「一番の思い出になった場所」


 俺と咲のリハビリ関係が、思い出になった場所じゃないかもしれない。だけど、この雨の中、咲が一人立っているのを直感で考えてしまった。心配の気持ちがあふれかえって、真面目に授業を受けることができなかった。


『今、どこにいる?』


 メッセージを送ってみるが、返信がない。


「電話は、どうだ?」


 咲に、電話をかけてみる。しかし、いくら待っても電話に出なかった。


「繋がらないか」


 こうなったら、一つずつ探すかしかない。


 まずは、食堂を訪れた。咲と良く一緒に課題を受けていた場所だ。


「いないか」


 授業中だってこともあり、食堂にいる人数は少ない。見渡してみたが、咲らしき人は見当たらなかった。


「残るは、海か鯉のぼりを見に行った場所か」


 残りは、二択に絞られた。都心も行ったことがあるが、思い出の場所としては、ない気がする。


「近くにある場所から探そう」


 大学からなら、バスを乗り継げば海に行ける。まずは、海に行ってみるか。



 駅前に行くと、ちょうどよく、海に向かうバスが出るとこだった。


「間に合った」


 走ってバスに乗る。息が上がっていて、周りから不思議そうな顔で見られている。


「はぁ……はぁ……」


 周りからの視線を気にする余裕は、なかった。


 俺がバスに乗った数分後に、バスは海に向かって発車する。


「家にいてくれよ」


 俺の直感が外れて、無駄足で終わってほしい。そう願いながら、海に向かった。

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