末路

「いったぁーい! なに、この女。二番目の女のくせに生意気よ!」


「生意気の女は、あなたよ」


 咲は再びビンタする。


「なんで、ビンタするのよ。私達、なにも悪いことしていないじゃない!」


「『何も悪いことしていない』って、本当にそう思っているの? この女と男、性格が根元から腐っているわ」


 咲が、もう一度ビンタしようとする手を、俺は掴んで止める。


「光、なんで止めるの?」


「二回ビンタしてくれただけで、俺は十分だ。これ以上、咲が汚れる必要がない」


 本当は、咲がビンタするような行動を、させたくなかった。これは、俺の力不足が原因だ。


「光が、そう言うなら、やめる」


「よく、こんなひどい女と一緒にいれるね、光!」


「青衣の方が、ひどい性格をしているよ」


「は? 引きこもりのくせに、生意気なこと言うようになったわね」


「光、やっぱり、もう一回ビンタした方が良いと思う」


「ひっ!?」


「こんなやつ、ビンタする必要ないよ」


 再び、ビンタしようとした咲を止める。


「れん! なに、やられっぱなしになっているのよ! 早く立ち上がって、やり返しなさい!」


「いてて……ママの所に帰ろう」


「れん……くん?」


「青衣、ごめん。俺帰るわ。ママに慰めてもらう」


「なに言っているの?」


「あいつ怖いわ。じゃあな」


「ねぇ、どこに行くのよ!」


 ぼこぼこにされた、れんは、その場を立ち去った。


「青衣、まだ言い合いするか?」


「っ……! また、女に捨てられて、泣きなさい!」


 青衣は、そう言うと、その場から出て行った。


「もう二度と会いたくないな」


「ね」


 周りを見ると、騒ぎを見たのか、野次馬が俺達の周りを囲んでいた。


「咲、映画また今度にするか」


「うん、そうしよう」


 咲と話していると。映画館の警備員が俺達の所に来た。


「なにか、ありましたか? 殴り合っていると、聞いたのですが」


「ちょっと、揉めただけです」


「そうですか。見たところ、館内の備品が壊れている訳ではないですね。警察沙汰には、しません」


「ありがとうございます」


「ですが、次騒ぎを起こしたら、館内出禁にしますので、気をつけてください」


「わかりました」


 警備員の人に、注意を受けた後、映画館を後にした。


「光、ちょっと休みたい」


「そうだな。休もう」


 座れそうな場所を探して、座る。


「最悪な一日になったね」


 咲は、そう言うと、悲しそうな顔をする。


「こんな日もあるよ。良い日ばっかりじゃない」


「そうだよね」


「まさか、元カノの浮気相手が、咲の元カレだとは」


「私も、びっくりしたよ」


「世の中って、狭いね」


「私、浮気されていたのか。いや、私が浮気相手だったのね」


 咲の目から涙が流れる。


「咲」


 かける言葉が見つからない。


「あれ、おかしいな。最低な男で、別れて良かったと思っているのに、なんで涙がでるんだろう」


「泣いても良いよ。我慢しないで」


「ありがとう」


 咲は、涙を拭きながら言った。


 しばらく、そっとしといた方が良いと思い、咲が落ち着くまで、無言の時間が過ぎた。


「光」


「どうした?」


「喉が渇いた」


 目元を赤く腫らした咲が、俺の方を見て言う。


「そうだな。飲み物を飲みに行くか」


 近くにあった、喫茶店に入る。コンビニで、飲み物を買っても良かったが、落ち着けるとで、休憩をした方が良いと思った。


「二名で、お願いします」


 店員に、そう言って案内された席に座る。


「咲、落ち着いたか?」


「うん、ありがとう。涙は、でなくなった」


「それは、良かった」


「光は、大丈夫なの?」


「俺も衝撃的だった。だけど、咲が落ち込んでいる時に俺も落ち込むことは、できないよ」


「ごめんね、気を使わせて」


「いや、気にしないで」


「暴力を振ってくるだけでも、ショックだったのに、他の女子と付き合っていたなんて」


 咲は、再び涙を流す。


「何か、飲みたいか?」


「うん、甘い飲み物を飲みたい」


「甘い飲み物か。イチゴオレと、メロンソーダとかあるよ」


 メニューを咲に見せる。


「イチゴオレが良い」


「イチゴオレ一つね」


「光は、何飲むの?」


「俺は、抹茶オレにしようかな」


 店員さんを呼んで、飲み物を注文する。


「あ、映画のチケット買っちゃっていた」


 咲が、財布からチケット一枚を取り出した。


「そうか、買ってから売店に並んだのか」


 自分の財布も確認すると、映画のチケットが一枚出てきた。


「なにかの記念だね」


「映画のチケット買って見ないのは、生涯で今日だけかもしれない」


「そうかもしれない」


 咲は、笑って返事をする。


「大学生になって、初めて泣いちゃった」


「泣くことなんて、いつでもある。年齢なんて関係ないよ」


「ありがとう」


 咲と会話している内に飲み物が、運ばれてきた。


「美味しそう!」


 咲が頼んだイチゴオレは、ミルクとイチゴが二層になって、鮮やかな色をしていた。


「光のも、綺麗な二層になっているね」


「俺は、白と緑の二層だな」


「二層に別れている飲み物を、混ぜて飲むの、もったいなく思えるよね」


「わかる。迷う」


 咲が携帯を取り出して、イチゴオレの写真を撮る。


「あぁ、その手があったか」


 俺も、抹茶オレの写真を撮った。


「いただきます」


 かき混ぜた、抹茶オレを飲んでみる。ミルクのまろやかさと、抹茶の味が調和して美味しかった。


「美味いな」


「うん、美味しい」


 咲の雰囲気が落ち着いた気がする。リラックスできたかな。


「光」


「なに?」


「私の元カレを殴ってくれて、ありがとうね」


 光は、笑顔で言った。


「気にするな。俺以外の人でも、殴っていたよ」


「人のために殴れるのは、私の知っている人で、光だけだよ」


「咲も、俺に暴言を吐いてくる元カノをビンタした」


「へへ、確かにそうだね」


「お互い様だ」


「お互い様だね」


 その後、咲と俺は、飲み物を飲み終わった。


 その後、駅に行き、電車に乗った。


「映画館では、最悪な思いしたけど、帰り楽しくて嬉しかった」


「咲が、笑顔になってくれて良かったよ」


「励ましてくれて、ありがとう」


 そんな話をしていると、俺が降りる駅に電車が止まった。


「俺、ここで降りるね」


「うん」


「またな」


 咲に別れの挨拶をして、電車から降りる。


「光!」


「ん?」


「ありがとう」


 なんの、お礼なのか聞こうとしたら、電車のドアが閉まってしまった。


「今日のお礼か」


 特に気にせず、俺は家に向かって帰った。



 休み明けの月曜日の大学。咲は、大学に来なかった。

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