元カノと一緒にいる男

「咲?」


 どう反応したら良いか迷っていたら、咲に服の袖を掴まれた。咲がいる方を見ると、全身が震えている。


「咲? どうした? 具合でもわるいのか?」


「しばらく、このままで居させて欲しい。う、後ろにいる男、私の元カレだ」


 体だけじゃなくて、声も震えている。相当、怯えているようだ。


「え、今元カレって言ったか?」


「うん」


 後ろにいる男が咲の元カレ。その隣にいるのは、俺の元カノだ。


「なあ、咲。落ち着いて聞いてほしい」


「どうしたの?」


「咲の元カレの隣にいる女性、俺の元カノだ」


「え?」


 俺の言葉を聞いた咲は、驚きの表情をする。


「光の元カノって、光より前に彼氏がいたって言っていた?」


「そう、『私、光のこと、彼氏だと思っていないから』って言ってきた、元カノだ」


 俺の元カノに会うことでさえ、びっくりしている。加えて、俺の元カノと一緒にいるのが、なんで咲の元カレ?


「なんで、光の元カノと、私の元カレが一緒にいるの?」


 咲も同じことが、疑問に思っているらしい。


「なにか、言い始めるかもしれない。しばらく、気づいてないふりをしよう」


 今、問いただしても、青衣の性格を考えれば、逆効果だ。青衣は、自分が不利になると逆ギレするタイプ。付き合っている時、喧嘩したら、何回も逆ギレされて話し合いにならなかった。


「うん、それが良いと思う。私も、同じ考え。私の元カレ、自分が悪いって絶対に認めない人だから」


 咲の元カレも、俺の元カノと同じタイプらしい。咲と頷き合い。気づいていないふりをする。


「俺も、その時、二番目の女と、そっくりな女がいてびっくりしたよ」


「れんくんも、言っていたね。まさか、お互い知っている人を見かけるなんてね」


「ほんと、奇遇だよね。その後、二番目の女に鯉のぼりを見ていたか、メッセージで聞いて確認したよ」


「それで? それで?」


「未読無視されたよ。器の小さいやつだよな」


「それぐらい、返信してあげてもいいのにね」


 俺の袖を掴む、咲の手が細かく震えている。


「なんで、真面目に付き合っていた、私の気持ちを踏みにじるような真似をするのよ」


「咲、今は落ち着いて、あいつら勝手に話しているから、このまま聞いてみよう」


「うん」


 咲は、頷いた。注意深く、後ろの会話を聞いてみよう。


「青衣は、その男に連絡した?」


「全然、仲が悪くなった時、あっちからメッセージとか送れないようにされてさ、送れなかった」


「その男も器が小せぇ。もし、送れるようになったら、なんて送っていた?」


「なんて、送っていたかな。あ、『引きこもりから、卒業できたの?』って送っていた」


「あ、青衣に言われた一言が、ショックで引きこもったって言っていたね」


「そうそう」


「器が小さくて、心も弱いときたか、情けない男だな」


 好き勝手言う、元カノと咲の元カレに怒りが出て来て、手に力が入る。なんで、『私、光のこと、彼氏だと思っていないから』って、パートナーが、一番傷つく言葉を平気で言えるんだよ。


「光、落ち着いて」


 咲の両手が、力を入れていた俺の手を優しく包み込む。


「ごめん咲。我を見失うとこだった」


「ううん。気にしないで、あいつら怒って当たり前のこと言っているから」


 咲の口調が強い。咲も内心、相当怒っているみたいだ。


「もう少しで、あいつらが何で一緒にいるかわかると思う」


「うん。私も、そう思う」


「もう少し、我慢しよう」


「うん」


 咲と再び聞き耳を立てて、後ろの会話を聞く。


「それじゃあ、結局お互い、本当にその人が本人だったか、わからなかったのか」


「そういうことだねー」


「本人か、どうか知りたかったな」


「わかるー。一回気になると、答え知りたくなるよね」


 言っていることが、いろいろと最低だ。同じ人間なのか、どんな思考をすれば、ひどい言葉を、次々と思い浮かぶことができる?


「本当、最低」


 咲が、小声でつぶやいた。


「俺も、同じ気持ちだ」


「元恋人なんて、思いたくない」


「咲、俺も同じ気持ちだ」


 俺と咲が、怒りを抑えている間でも、俺の元カノと咲の元カレは、会話を続け始めた。


「それにしても、俺の二番目の女は、残念な女だったよ」


「何が、残念なの?」


「俺の場合、浮気していたことなんて、あっち知らないからさぁ」


 耳を疑いたくなる言葉が飛んできた。


「嘘……」


 それと同時に咲は、一言を言うと、動きが固まった。


「え、れんくん言わないで、別れたの?」


「そうだよ。本当は言ってやって、ショックな顔を見て縁を切ろうと思っていた。だけど、あいつの友達が、すごく威圧的に別れろって言って来てさ、言う隙がなかった」


「れんくん、いじめっ子でてるー」


「青衣は、言っちゃたんでしょ?」


「私は、本人じゃなくて、周りに言いふらしたよ。多分、本人も知っていると思うよ。ショックな顔、見たかったなー」


「青衣も、いじめっ子だなー」


「だって、二年以上も付き合っているし、初めて会った時から、性格似ていて意気投合していたでしょ」


「そりゃあ、そうか」


 二年以上、付き合っていた?


「もしかして、高校の時、俺より先に付き合っていた彼氏って、咲の元カレ?」


 そんな考えが、頭によぎった瞬間、咲の方を見る。


「咲?」


 咲がいたはずの場所に、咲がいなかった。


「ねぇ、さっきの話、本当?」


 後ろから、咲の声が聞こえた。振り向くと、咲が、俺の元カノと自分の元カレに話しかけている。


「あれ、咲じゃん」


「この子だれ?」


「さっき、言っていた。高校時代の二番目の女」


「へぇー、この子が。いかにも、二番目って感じの顔をしているね」


 咲は、体を小刻みに震わせている。怒っているって事が、後ろから見てもわかる。


「私と半年間、付き合っていたよね。その間も、隣にいる人と付き合っていたの?」


 咲の言葉が、少しずつ強くなってくる。


「れんくんと付き合っていた? なに、言っているの、この子」


「なぁ、何言っているんだ? 咲?」


「え?」


「俺は、お前と付き合ったと思っていないぞ。お前と、お前の友達が勝手に付き合っていたと思っていただけだろ」


「そんな、ひどい」


「れんくん、この子泣きそうになっているわよ。鬼畜だねー」


「だって、事実を言っているだけじゃん。俺の中で、彼女だと思っているのは、青衣だけだよ」


「もう、れんくんったら。大好きー好き好きー」


「ふざけない……」


 咲が、おそらく怒鳴ろうとしたタイミングで、俺が咲の前に出た。さすがに、これ以上、話を聞くことができなかった。気づいたら、体が勝手に動き出して、咲の元カレである、れんという男を殴っていた。


「光」


 咲は、それを見て、俺の名前を呼ぶ。


「いた、てめぇふざけんなよ」


「黙れ」


 圧をかけようとした、れんを気にせず、一発、二発と殴る。


「れんくん!?」


 青衣は、慌てて駆け寄ろうとしたが、男同士の喧嘩に割って入ることができず、その場で立ちすくんでしまう。


「誰だか、知らねえが、調子乗るなよ!」


「調子乗っているのは、お前だ。くず男」


 地面に座り込んだ、れんを今度は蹴る。


「れんくん! あ、もしかして光?」


 青衣は、自分の彼氏を殴っている男が、俺だと気づいた。


「私の彼氏に何しているの! 引きこもり陰キャは、映画なんて見に来ないで!」


 相変わらず、人に言う言葉づかいを間違っている。言い返そうと、青衣の方を振り向いた。


「私の大切な人に何を言っているの」


 俺が言い返す前に、咲は青衣のことをビンタした。

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