会いたくない人

 駅で、咲が乗る電車を待つ。今回は、俺が乗る駅で、咲が電車を乗り換えなきゃ、いけないらしい。乗り換えるなら、現地集合じゃなくて、一緒に行こうと話になった。


「そろそろ着くな」


 咲が乗る電車が見えてきた。


『駅のホームにいるよ』


『わかったー』


 電車が、駅のホームに入る。電車に乗っていた乗客が、続々と駅に降りて来ている、咲はどこにいる?


「お待たせー!」


 後ろから、聞き覚えがある女性の声で話しかけられ、肩を叩かれた。


「前の車両に乗っていたのか」


 俺が見ていた方向と逆の車両から、咲が降りて来ていたみたいだ。


「驚いた?」


「心の中で、驚いた」


「そっか。今度、リアクションもしてくれたら嬉しい」


「今度は、リアクションするよ」


「ねぇ、待った?」


「いや、そこまで待ってない。ちゃんと時間通りだよ」


「よかった」


「映画、見に行くか」


「うん。行こう」


 咲と都心に向かう電車に乗り、映画を見に行く。


「光と一緒に電車乗って、都心に向かうの、初めてだね」


「確かに、前は現地集合だったからな」


 電車内は、若者が多く、話し声も聞こえている。周りに、無言になるほど気を使わないで、咲と会話ができる。


「どんな、映画なんだろうね」


「この前、進に少し内容聞いたけど、予告とか見なかったな」


「光って、映画見る時、事前情報調べない人?」


「そうかもしれない。予告とか見て、こんな映画なのかって、わかってしまうのが怖い。調べないで行った方が、楽しみも増える」


「私も、調べないよ。光の言う通り、その分、楽しみがあって良いよね」


「一回だけ、ネットで配信されていた映画を見たことあるだけど、『しあわせの天使』ってタイトルだった」


「すごい、ほのぼのしそうな映画だね」


「俺も最初、見た時、幸せそうだなって思って見ていたけど、その天使が幸せになるほど、人間が黒死病とかの流行病で死んでいく話だった」


「まさかのホラー映画。ジャンルぐらいは、見ようよ」


 ジャンルも見ずに映画を見る、俺のスタイルに咲は驚いた。


 そんな話をしていると、目的地の駅に着いた。電車を降りてみると、さすがに、土曜日なだけあって人通りも多かった。


「咲、迷子になるなよ」


「小学生みたいな扱いしないで」


 咲は、そう言いつつも、俺の後ろを大人しく着いていく。


 駅から出ると、駅前は人であふれかえっていた。


「光、すごい人だね」


「あぁ、驚いた」


 こんなに人って存在していたのかと、思わせるぐらい、人が多い。一人なら、まだしも二人、はぐれないで通り抜けるのか?


 迷っているうちに、後ろから来た集団に、前へ押されてしまった。


「あ!」


 後ろから、咲が叫んだ声が聞こえた。やばい、バラバラに分かれてしまった。


「咲―!」


 人の流れに逆行して、咲の声が聞こえた方に向かう。


「あ、光!」


 咲の姿を確認できた。


「そこか!」


 頑張って、人混みをかぎ分けて咲の手を掴んだ。


「絶対離すな!」


「うん!」


 咲の手を強く握り、映画館がある方向を進む。


「もうちょっと、ゆっくり歩いたほうがいいか?」


「ううん。このままのペースで大丈夫だよ」


 なんとか人の群れを突き進み映画館に辿り着いた。


「すごい、人の数だったね」


「あんな人が多い中で進むの、初体験だったかもしれない。咲、大丈夫か?」


「うん。大丈夫だよ」


 咲は、頷く。怪我もしていないみたいだ。とりあえず、安心だ。


「映画の上映まで、まだ三十分もある。先に、チケットとか飲み物、買っとくか」


「そうだね」


 発券機を使い、チケットの購入を試みる。


「席は、どこが良いかな?」


「前すぎると、首が疲れるって聞くからな。真ん中より後ろの席で良いんじゃない?」


「そうだね。なら、ここにしよう」


 咲が提案した場所は、真ん中より後ろの席で、二つ並んで空席がある席だった。


「ここいいね。咲が提案した場所にしよう」


 その後、飲み物を買いに売店に並ぶ。


「結構の人、並んでいるね」


「そうだな。十五分待ちって書いてあるから、ギリギリ間に合うって感じか」


 さすが休日だ。人の数が、とにかく多い。


「映画って始まる前に、違う映画の予告を流したりするから、そんな焦らなくて良いと思うよ」


「確かに、そうだな。気長に待つか」


「うん」


 並んでいると、後ろから話し声が近づいて来る。


「それでさ、大学の教授が、ネイルしている私に怒ってネイルセットを取り上げたのよ、ひどくない?」


「それは、ひどいな。俺がその場にいたら、教授のこと、殴って取り返してやったのに」


「れんくん、かっこいいー」


 いかにも、ガラの悪い男女の会話だ。あんまり、関わらないでおこう。それにしても、女性の声、どこかで聞いたことがある声だ。


「前話したけど、この前、鯉のぼり見に行ったでしょ。その時に、高校時代に遊びで付き合っていた男に、そっくりな男がいてびっくりした」


「遊ばれているって気付きもしないで、青衣のことを彼女だと、勘違いしていた男だろ?」


 男の方が言った、青衣って名前を聞いた瞬間、全身に鳥肌が立った。後ろにいる女性は、俺の元カノだ。

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