休み明けの学校

 休み明けの学校ほど、行くのが面倒くさいものはない。唯一の救いは、休み明けだからと言って、必要なものがないことか。一昨日の夜、咲に聞いといて良かった。


 講義室に入ると、進の姿が見えた。


「お、光おはよう」


 進が、俺を見つけると手を振って挨拶してきた。


「進、おはよう」


 進の隣に座る。


「ゴールデンウィークどうだった?」


「特に変わりないかな。いつも通りの休みだったよ」


「そうなん」


「進は、ゴールデンウィークなにかあったか?」


「光聞いてくれよ。事件がおこった」


「どんな事件だ?」


「この前、推しているアイドルが男の娘だったって言っていたこと、覚えているか?」


「あぁ、言っていたな」


「実は、そのアイドル。女子アナと付き合っていたみたいなんだ」


「まじか。その後どうなった?」


 アイドルの恋愛は、禁止という訳ではないが、恋愛してはいけないという、暗黙のルールとも言われる。週刊誌とかで、たまに取り上げられたりして、引退しちゃう人もいる。


「その日のうちにネットで謝罪動画あげて、謝罪していたよ。謝罪ライブとして、八月に『恋人できちゃったライブ』をやるみたい」


「進の推しているアイドル。無敵すぎない?」


 やることが予想の斜め上を行っている。俺の思考とは別次元の思考を持っている人だ。


「なにごとも、ポジティブな方向に持っていく男まさりの行動しちゃうのが、好きになるんだよな」


「そもそも、男だからな」


「一生、押していきます」


 もうツッコミどころが、ありすぎる。でも、進の人生は、飽きが無さそうで羨ましい。


「あ、そうそう光」


「どうした?」


「今週から、新しい映画やること、知っているか?」


「新しい映画?」


「今ネットで話題になっているやつだよ。ウインターウォーズを脚本した作家の人が、新作映画を出したんだよ」


「ウインターウォーズ知っている。高校の時、めちゃくちゃ流行っていたよな」


「その脚本家が新しく出す映画の名前は『あやかしの子』だ」


「あやかしの子」


「捨て子を、妖怪が拾って、里にいる妖怪達で大切に大人まで育てて行く話だ」


「面白そうだな」


「だろ? 今度、高校の友達と見に行くんだ。光はもちろん、誰かと見に行くだろ?」


「まだ、見に行く予定ないな」


「そうなのか。だが、光も見に行ってこい、絶対面白いから」


「あぁ、わかった。考えとくよ」


 映画は、見に行く趣味はないから、おそらく見ないだろう。でも、『あやかしの子』か、ちょっと気になるな。



『光、あやかしの子って知っている?』


 進に『あやかしの子』を勧められた日の夜。咲にも『あやかしの子』について、聞かれた。そんなにも話題なのか。


『今日、友達と大学で話していたよ』


『今、話題だよね。ウインターウォーズを脚本した人の最新作でしょ?』


『そうみたいだな』


『見に行きたいなー。光も、そう思わない?』


『あぁ、俺も気になる』


『私、今週の土日空いているよ』


『俺も土日、空いている』


『私、見に行きたいな』


 いつもなら、咲が、誘ってくる流れだ。だが、今回は、なんか言い方が違う。


 遠回しに『予定が空いている』って言っているが、咲から誘ってこない。俺から、誘ってみるか。


「俺から誘う?」


 いつもなら、自分がしない行動だ。緊張感が突然、襲ってきた。いや、気にするな。リハビリ関係だから、デートではない。咲が、いつもやっているように誘えば良い。


『俺も見に行きたい。一緒に行くか?』


 メッセージを、咲に送ってから気づいた。自分から、女性をどこかに誘うなんて、普段の自分では、考えられない行動だ。


『うん! 行こう!』


 咲は、誘いに応じてくれた。誘いに応じてくれて、よかった。これで、断られたら、恥ずかしくて、今日寝られないとこだった。


『土日どっちがいい?』


『日曜日とかは、また人多そうだから、土曜日がいいかも』


『わかった。土曜な』


『うん。土曜日よろしくね』


『じゃあ、俺寝る。おやすみ』


『うん。おやすみ!』


 咲との連絡を終えて、携帯を閉じた。


「緊張した」


 ベッドに仰向けで倒れ、天井を眺める。


「新しく人と知り合うだけで、こんなにも人生が変わるんだな」


 高校の時は、特に意識したことなかった。だけど、どん底で生きている時に、新しい人と出会うと、こんなにも人生の扉が開いた気持ちになるのか。


「おじいちゃんが昔、言っていたな。『どん底にいる時に、優しくしてくれる人を大切にしなさい』って、俺は今、その言葉の意味が骨身に染みるほど、わかったよ」


 咲は、これからも大事にする。心に、そう誓った。



 約束の土曜日になった。


『おはよー』


 目が覚めたら、咲に起きたよという合図で、メッセージを送る。時刻は午前八時。


「映画の上映時間が、午後の一時からか。ゆっくり準備ができるな」


 時間に余裕を持って、起きることができた。出られるだけにして、準備をすぐ終わらせよう。


『光、おはよー。今起きたよ』


 着替えている時に、咲からメッセージがとどく。


『今、準備していたとこ』


『え! もう、そんな時間!?』


 焦っている咲のメッセージを見て、時計を見るが、午前九時前だった。


『まだ、九時か。光、焦らせないでよ』


 咲は、俺のメッセージを見て、焦ったようだ。


『悪い。早く起きたから、準備を始めるのが、早かったんだ』


『そうなんだ。私も、準備してくる』


『りょうかい』


 咲からの返信が来ない。メッセージを送って、すぐに準備をしに行ったようだ。


「財布と携帯は、一緒に置いとく。後は、飯と歯磨きすれば、一通り準備が終わるな」


 やること先にやると、心にゆとりがあって良い。ご飯食べて、歯磨きしたら、後はゆっくりゲームでもしよう。

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