食事にて

「良い物見つかるかな」


「見つかるさ、信じて探そう」


 俺が、そう声をかけると咲は嬉しそうな顔をした。


 今まで見てきた所と反対の場所から探してみるか。咲と反対の場所から探してみる。


「あ、光。これいいかも!」


 しばらく探していると、咲が何かを見つけた。


「タンブラーか、いいね」


 咲が手にとっていたのは、タンブラーだった。保温機能があって、温かい飲み物は冷めにくく、氷を入れた冷たい飲み物は氷が溶けにくく、温度を保つ優れ物だ。


「うん! これ、名前もれるみたい」


「名前を付けられるのは、いいな。世界で一つしかない、タンブラーになる」


 咲は、いろんな色のタンブラーを取って見ている。どうやら、母の日に贈る物は、タンブラーに決めたようだ。


「私、タンブラーは知っているけど、使ったことない」


「そうなのか?」


「うん。保温機能ちゃんとあるのかな?」


「ここにあるのは、しっかりしていると思う。俺も、タンブラーを一つ持っているけど、氷入れた飲み物が次の日になっても、氷がとけないで残っているよ」


「そんな、すごいやつなんだ」


 咲は、驚いた感じでタンブラーを眺めている。


「決めた。お母さんにあげるの、タンブラーにする」


 咲は、タンブラーをあげることに決めたようだ。


「光、何色が良いと思う?」


「色か、咲のお母さんに会ったことないからな。何色で迷っていたりする?」


「赤か、ピンク色かな」


 咲の片手には赤色、もう片方にはピンク色のタンブラーを持っていた。どっちも綺麗な色をしており、光沢で輝いている。この二つから、どっちかにするのか。


「赤のタンブラーだと、名前の色が白だから目立って良いと思う」


「そうだよね。赤色にしよう」


 咲は、俺の意見を聞いた瞬間、ピンク色のタンブラーを元の場所に置いた。


「いいの? 俺が決めた色だよ?」


「うん。光の意見を聞いたら納得した、この色にする」


 咲は、そう言うと赤色のタンブラーを眺めた。


「光、ちょっと待っていてね。お金払って来る」


 咲は、タンブラーの会計を払いに行く。


「決断するの、早かったな」


 今、思い返すと咲の決断は早い。リハビリ関係を切り出したのも、どこかに出かける時も、咲がすぐ決断して実行に移している。咲は、やると決まったら、それに突き進んで行く性格のようだ。


「それにしても、色んな色のタンブラーがあるんだな」


 タンブラーと言えば、金属って感じの色しかないと思った。蓋つきのタンブラーもあれば、水筒みたいな形をしたタンブラーもある。


「光、お待たせー!」


 咲が、手ぶらのまま帰って来た。


「あれ? タンブラーは?」


「名前入れるの、数日かかるみたい。掘ったら私の家に、郵送してくれるように頼んできた」


「なるほどね」


「今日の予定終わったー。ちょっと夕飯には少し早いけど、ご飯食べに行こう!」


 時間を確認すると、午後四時になったばかりだった。混雑を回避すると考えれば、今ぐらいの時間に食べるのも良い気がするな。


「そうするか」


 俺と咲は、食事できる場所を探しに、ビルから出る。


「何が食べたい?」


「特に、こだわりないなー」


「じゃあさ、あそこのレストランにしない?」


 咲が指さす方向には、安くて美味しいことで、学生人気が高いレストランがあった。


「いいね、そこにしようか」


 レストランの中に入ると、夕飯の前である時間帯のこともあり、人は少なかった。


「いらっしゃいませ!」


 店員が俺と咲を見つけると、駆け寄ってくる。


「二人で、お願いします」


「では、こちらの席で、お願いします」


 店員に案内された席に座る。窓際の席だ。外の景色も見られていいな。


「光、なに食べるー?」


「オムライスにスパゲッティ、グラタン。他にもいろいろあるな。なに食べようか迷う」


「いろいろあるよね。私も迷うなー」


「あ、ハンバーグがある。俺、ハンバーグにするよ」


「決めるの、早い」


「ゆっくり待つから、焦らなくてもいいよ」


「うーん」


 咲は、しばらく悩んだ末に、オムライスを頼むことにした。料理を頼むタイミングで、店員さんから水が入ったコップを渡される。


 料理が来るまでの待ち時間、水を飲んだりして、時間を潰す。


「ねぇ、光」


「ん? なに?」


 咲に話しかけられて、咲の方を見てみる。さっきまでの笑顔とは、別で暗い表情をしていた。


「……」


「なにかあった?」


 なにか、まずいことをしてしまったのだろうか。自分が今日、咲にした振る舞いを思い出してみる。心当たりが思いつかない。俺も不安な気持ちになってきた。


「えっとね、昨日の夜あった事なのだけど」


「うん」


「元カレから、連絡きたの」


 咲が話し始めたのは、元カレから連絡が来たことだった。


「なんて連絡きたの?」


「前に鯉のぼりを見に行ったでしょ。その場所に元カレも来ていたみたいで、私を見かけたみたい」


「そうなんだ。大変だったね」


 元恋人からの連絡。俺は、別れた日から連絡を取ってないけど、実際ある日に突然、元恋人から連絡が来たら、驚くと思う。


「うん。本当は言わない方が良いと思っていたの。だけど、話せる人が光しかいなかった」


 咲は、この出来事を誰かに話していたかったようだ。


「いいよ、気にするな」


「今日、楽しい思い出だけで、終わらせたかったのにごめんね」


「謝らないで良いよ。咲と、こうして話せるのも楽しいから」


「ありがとう」


 咲は、今まで、我慢していたことを話せて安心したのか、一息ついた。


「もしかして、今日集合した時、いつもより明るかったと思ったけど、元カレの事があったから?」


 そう考えると、集合した時いつもより、もっと明るく感じた原因。それは、元カレから突然連絡がきて、咲の心が揺さぶられたからか?


「そうかもしれない。もしかしたら、光と話していれば忘れることができるかもって思っていたかも」


 咲は、両手でコップを持って、落ち込んだ様子で話す。


「元カレには、返信した?」


「ううん。既読すらも付けてない。メッセージが来た瞬間、相手からわかんないようにして、メッセージ自体、消しちゃった」


 そこまでするってことは、よっぽど元カレとは、関わりたくないらしい。俺も、元カノとは、関わりたくないと思っているから、その気持ち痛いほど、理解できる。


「経験したことないことだから、アドバイスらしいことできないけど、話してくれてありがとう」


「ううん。話を聞いてくれただけでも嬉しい」


 咲と話している間に、頼んでいた料理が運ばれる。


「美味しそうだね」


「俺も、久々の外食だから楽しみだ」


「いただきまーす」


 咲と俺は、料理を食べ始める。ハンバーグをナイフで切ってみると、肉汁が溢れ出す。フォークで、ハンバーグを指し、口に運ぶと、さらに肉汁が口の中を覆った。


「美味い」


 これで、千円もしないなんて、驚きしかない。


「こんなに安いのに、これだけ美味しいなんて嬉しいね」


 咲も満足しているようだ。さっきまで、重い話をしていたのが、嘘のように幸せな空間に感じられた。


「ねぇ、光。ハンバーグ一口、貰って良い?」


「いいよ」


「私のオムライスもあげる」


 咲は、ハンバーグを一口分もらうと、オムライス一口分を、俺の皿に乗せた。


「いただきます」


 オムライスを食べてみる。ケチャップライスと薄焼きの卵が、味を調和させて濃すぎず、薄すぎない、ちょうど良い味になっている。


「オムライスも美味いな」


「ハンバーグも美味しい」


 気づけば、ハンバーグを完食していた。咲の方を見ると、咲もオムライスを食べ終わっていた。


「美味しくて、あっという間に食べ終わっちゃったね」


「そうだな。すごく美味しかった」


 その後、水を飲んだりして休憩してから、店を出た。


「美味しかったな」


「うん。家族と食べるご飯も美味しいけど、たまにする外食も美味しいよね」


「帰るか」


「うん」


「昼間の時みたいに、道が人で混雑していない」


 夕飯を食べる時間帯で、他の人達は、ご飯を食べに行っているせいか、人通りは少ない。手を繋がないと迷子になるということは、なさそうだ。


「ゆっくり、帰れそうだね」


 咲と駅に向かって歩き出す。

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