帰りに

「ねぇ、光」


「なに?」


「リハビリしよう」


 咲は、恥ずかしそうに自分の片手を差し出した。


「わかった」


 ゆっくりと手を繋ぐ。咲の手が震えているのを感じた。


「咲、大丈夫か?」


「うん。行く時も手を繋いでいて、大丈夫だった。前みたいに、ビンタする私じゃない。安心していいよ」


 咲は、頬を赤く染めて言う。行く時と咲のリアクションが、正反対だ。あまりに違う反応で、咲に対して、初めて照れという感情をしてしまった。


「い、行こう」


 多分、俺の顔も少し赤い。咲に、自分の顔を見られたくない気持ちになって、前を向く。早く駅に向かおう。


「咲、行く時あったテンションの高さは、どこ行った?」


「うるさい。レストランで、話したいことを話したら、思い詰めなくなったの」


 しばらく無言の時間が続く。


「昼間、光と集合した時、やっぱり強がっていたみたい」


「知っている。いつもよりテンション高かった」


「行く時、電車の中で、元カレに連絡が来たことを何回も思い出しちゃっていたの」


「元恋人から、突然連絡が来れば驚くさ」


「光も、元カノから連絡きたら驚く?」


「どうだろう。経験ないからな。でも、咲と同じ対応すると思う。それだけ、俺もひどいことされた」


「光もそうするよね、良かった。私、心が狭い人かと思っていた」


「そんなことない。明るく接してくれるし、落ち込まないように気を使ってくれている。咲は、優しいよ」


「て、手を繋いでいる時に、それ言われると恥ずかしい」


 咲の方を見ると、下を向いて表情がわからないが、耳が赤くなっていた。


「悪い」


 それ以降、会話が続かず、お互い無言のまま駅に着いた。


「ねぇ、光」


「どうした?」


「手を繋いだまま、改札口を通るの、恥ずかしいかも」


「それも、そうだな」


 慌てて咲の手を離した。


「光って、積極的になんだね」


「ご、誤解を生む言い方は、よしてくれ。ビンタされなくなったから、手を離すタイミングが分からないだけだ」


 そう言って、咲を見ると顔を赤くしながら笑顔だった。


「へへ、光も焦る時あるんだね」


「わざと、からかうこと言ったろ?」


「ん、何のことー?」


 わざとらしく、知らないアピールをする。


「よし、咲。一本後の電車に乗ってくれ」


「え、ちょっと怒らないでよ。ごめんって」


 俺が、少し怒った態度を示すと、さすがの咲も、やり過ぎたと思ったようで、謝った。


「ほら、早く電車に乗るぞ」


「うん」


 友達になって、一ヶ月も経つと、お互い今のやり取りが茶番だと話さなくても、わかっている。茶番だと気づいているので、顔を見合わせると笑顔になった。


「私達、なにしているんだろうね」


「ただ、からかいあっていただけだな」


 改札口を通って、しばらく歩いたら、咲が我に返ったようだ。さっきのやり取りを思い出して、恥ずかしそうにしていた。


「でも、光。少しだけ怒ったでしょ?」


「まぁな」


「やっぱり。顔に『今ちょっと怒った』って出ていた」


「俺、顔に出ていたか?」


「出ていたよ。私からすれば、わかりやすくて助かるよ」


 高校の友達にも、顔に出やすいって、言われたことがある。どうやら、俺は嘘が付けないタイプのようだ。嘘をつかないように、これからも真面目に生きていこう。


「咲も、顔に出やすいよな」


「え、本当?」


 咲は、驚いた表情で、俺の方を見た。まさか、自分では出てないと思っていたのか?


「いつも、手を繋ぐと顔が赤くなっている」


「それは、当たり前だよ。異性と手を繋ぐと、心拍数すごく上がるよ」


「顔が赤くなるまでか?」


「そうだよ。光も、トラウマ克服したら、顔真っ赤かーになるよ」


 咲は両手の人差し指で、自分の両頬を指さした。


「俺は、そこまでならないと思うけど、頬が赤くなったらからかってくれ」


「わかった。私、絶対にからかうからね」


「絶対なのか」


「うん、絶対」


 話しながら歩いているうちに、俺と咲が乗る電車のホームへ辿り着いた。


「今日も、あっという間だったー。楽しかった」


 咲は、満足そうに言っている。すっかり、思い出の余韻に浸っているようだ。


「家に着くまでが、お出かけだ」


「小学生の先生が言う『家に着くまでが、遠足』みたいに言わないでよ」


「元ネタ、わかったか?」


「小学生の時、先生に口を酸っぱくして言われた」


「みんな、言われるよな」


「へへ、そうだね」


 そんな話をしていると、俺たちが乗る電車がホームに着く。


 電車の中は、乗客が多く、みんな無言だった。さっきまで、よく喋っていた俺と咲も、電車内の空気を感じとり、無言の状態が続いた。


「ねぇ、光」


 もうすぐで、俺が降りる駅に辿り着く時、咲が体を近づけて小声で話しかけてきた。


「なんだ?」


 咲が突然した不意の行動に、驚いた。咲の呼吸する音が聞こえるぐらい、近くまで顔を近づけていたからだ。


「今日も、ありがとうね。ゴールデンウィーク、一緒に思い出つくれて嬉しかった」


 俺は、その言葉もあるが行動に驚いて、体を少し震えさせてしまった。


「わざわざ、それを言うために、言いに来たのか」


 咲の方を向くと、舌を少し出して、片目でウィンクをしていた。


「いつも、リハビリで恥ずかしくなるまで私を、いじめてくる礼だよ」


「やり返しの間違いじゃないか?」


「へへ、そうかも」


 トラウマを少しずつ克服してきた咲は、行動が大胆になってきているように思えた。俺も何か、やり返そうと思ったが、降りる駅に着いてしまう。


「次リハビリの時、覚えておきなよ」


「私、もっと強くなっている」


「またな」


「うん、またね」


 電車から降りて、咲に向かって手を振った。咲も手を振り返す。ドアが閉まり、電車が出発した。


「咲は、彼氏が出来たら、人前でも平気で、くっついてくるタイプの彼女だ」


 咲が乗る電車が遠くなっていく中、咲の未来の姿が、俺の中で確信した。

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