初めての都心

 ゴールデンウィーク後半に入り、残り二日となった。


「今日は、いっぱいゲームしたい気分だな」 


 ベッドから起きて、すぐにゲーム機の電源を付けた。電源を付けて、すぐ後に携帯の通知音が鳴った。


「朝から誰だ?」


 携帯の画面を開いてメッセージを見る。


『光、おはよー』


 咲から、メッセージがきていた。


『おはよー』


『何していたー?』


『ゲームでもしようかと思っていた』


『てことは、いま家にいるの?』


『うん』


『頼みごと、あるのだけど、頼んでもいい?』


 咲からの頼みごとか、いつも教えているレポート課題はない。なんだろうか?


『俺でも、できること?』


『うん。買い物に付き合ってほしい』


『買い物?』


『うん。来週、母の日あるでしょ? お母さんにあげるプレゼント買いに都心まで行きたいの、付き合ってくれる?』


『都心のどこに行く?』


『駅から降りて、真っ直ぐ行った所に、母の日フェスを開いているビルがあるんだよね』


『いつも節目、節目にイベントを開いている、コンビニの前にあるビルか』


『そう、そこのビル』


 ある程度内容は理解できた。どうしよう、今日一日ゲームしたい。ゲーム機を付けるとこまで来たから、ゲームやりたい欲がでている。


『ゲームしたいんだけど、ダメか?』


『買い物、一緒に行こう!』


『ゲーム』


『一緒に買い物いこう?』


『わかりました』


 咲の圧に負けた。どうしても、俺と買い物に行きたいみたいだ。


『ありがとう! 午後からでも大丈夫?』


『大丈夫だよ』


『じゃあ、午後からね! 場所は都心の駅前集合でいい?』


『いいよ』


『じゃあ、また家出る時、連絡するね』


『りょうかい』


 一日ゲームできなくても、二時間ぐらいは、ゲームできるか。時間が許すまでゲームして、準備してから集合場所に向かった。



 余裕を持って集合時間に間に合うように、一本早い電車に乗る。


『電車に乗ったよ』


『私、一本後の電車に乗っているー』


 咲は、集合時間ちょうどぐらいに着くようだ。


『りょうかい。着いたら先に待っている』


『はーい』


 咲の返信を確認し、携帯をポケットにしまった。前会ったのは鯉のぼりを見に行った時か。鯉のぼりを見終わって、帰る時に言われた『私は、光が好きな人できてくれたら、それで嬉しい』って言葉を思い出した。


「恋愛か……」


 誰にも聞こえないぐらい小さな声で呟いた。あんまり考えないようにしていたけど、俺は恋愛ができるようになるのだろうか。初めての彼女に、『私、光の事、彼氏だと思った事ないから』って言われて振られると、恋愛できる自信がない。


 俺、元カノに振られるまで、ずっと好きだった。


 普段考えないようにしていた恋愛について、考え始めるといろんなことが思い浮かぶ。時に、恋は盲目とも言うらしい。俺は、元カノの良い所ばっかりに目がいっていただけかもしれない。


 そう考えていると、自分が家に引きこもっていた時、心の中で思っていた、ある言葉を思い出した。


『恋愛なんて、自分の視野を狭くする心の牢獄だ』


 なんてひねくれた言葉だ。振り返ってみれば、そんな言葉を思うのも、仕方ないと思う。引きこもり時代のことを思い出していると。過去に思っていた気持ちが思い出してきた。


 他には、『二度と恋愛をしない』とか、心に誓っていたな。確かに俺は、好きな人ができなくなるまで恋愛で傷つけられた。だけど、大学に入学して咲や進、学科の友第に出会っていく内に、気持ちが前向きになれた気がする。


 咲に出会わなければ、女性と関わる事なんてなかったと思う。酷いことを元恋人にされた同士が出会うなんて、すごい確率だと思う。


 咲じゃなかったら、ここまで立ち直れなかったかもしれない。


 そんなことを思っていると、電車が目的地に到着した。電車を降りて集合場所である駅前まで向かう。


『集合場所で、立っているね』


『私も、もうすぐで駅に着くー』


 咲の返信を確認して、携帯を閉じた。


 そういえば、ここの集合場所、待ち合わせとして定番な場所だ。目の前に、大きな木が一本植えられている。ここは、都心であり人通りも多い。待ち合わせしても、人が多く見つけ出すのが難しい。なにか目立つ場所を集合場所にと考えた人達が、自然と待ち合わせスポットとの場所として、定番になった所が、この大きな木だ。


「そういえば、ここの集合場所一回だけ使ったことあるな」


 その時は、元カノとクリスマスデートで待ち合わせた時だ。


『私、光の事、彼氏だと思った事ないから』


 クリスマスデートの時を思い出したら、高校卒業する時、元カノに言われた言葉を思い出してしまった。


 もう、俺にそんな言葉なんて効かないぞ


 自分に言い聞かせるつもりで、言葉を振り絞って心の中で呟いた。


「お待たせー! どーん!」


 自分の過去と葛藤している時に、背中を思いっきり押された。振り返ると、咲の姿が見えた。


「桜木咲……」


「なんで、フルネーム!?」


 フルネームで呼ばれたことに驚いた咲は、目を丸くして俺を見ていた。


「なんとなく」


「黒崎光」


「なんで、俺のフルネーム?」


「んー、なんとなく?」


 これ以上、突っ込むのは面倒くさいことになりそうだ。確か、目的のビルがある場所は、あっちだ。


「あ、今こじらせた考えをしたでしょ。これ、これー!」


 咲は、そう言うと俺の頬をつつき始めた。いつもより、テンションが高いな。ゴールデンウィーク楽しんでいるのか。


 ちょっかいを出してくる咲の顔を見た。首筋から傷跡が出ているのが、見える。今日の咲が着ている服は、大きめな白ティーシャツ。おそらく、俺を突き飛ばした時に、服がずれてしまったのだろう。


「少し止まって」


「え」


 咲にそう言うと、服のずれを直して、傷が見えないようにした。


「傷が、見えていた。周りの人が、傷を気にすることが嫌だろ?」


 確か、大学で、その傷跡について知っているのは俺だけのはずだ。


「あ、ありがとう」


 咲は、頬を少し赤くして言う。


「買い物、行くか」


「うん」


 さっきのテンションとは違い、咲は少し大人しくなってしまう。指摘してしまったのが、まずかったか。でも、気にしている傷を周りに見せたままにすることもできない。


「ねぇ」


 服の袖を引っ張られる。


「どうした?」


「手を繋ぐ事、忘れている」


 彼女は、そう言うと照れくさそうに手を差し出してきた。今回は、最初にリハビリをしたいみたいだ。いつもより高いテンションに、普段帰りにやるリハビリを行く時にやる。


 いつもの咲じゃない。


 いや、自信が持ってきている証拠か。電車の中で、考えごとをしていたせいで、疑い深くなっている。考え過ぎは、よくない。これ以上、咲のテンションについては、考えないでおこう。


「リハビリの約束だしな」


「そう、約束。あくまで、リハビリとしてね」


 いつもみたいに優しく手に触れてから、ゆっくり指を絡め、手を繋ぐ。ビンタは、もうしてこない。手が震えていることを除けば、成長している。


「咲、大丈夫か」


「平気よ。これぐらい」


「震えているぞ」


「うるさい」


「咲、進歩したな」


「本当?」


 咲は、目を輝かせながら、こっちを見る。


「あぁ、本当だ。俺も驚くほどの成長だ」


「私、異性恐怖症、克服できている?」


 前のめりになって、聞いてくる。どうやら、今日も心の準備を念入りにして、挑んできているみたいだ。


「あぁ」


「やったー! 私成長している!」


 咲は、手を繋いだまま、大きく前後に振る。肩が外れるかと思った。さっきまで、緊張気味だった咲は、成長している事に気づいて明るく笑っていた。トラウマを克服したら、いつもこのような笑顔でいることが、想像できた。


「ねぇ、帰りにご飯食べよ」


「それ、約束に入っていないのだが?」


「こういう、お祝いできる日は、けちけちしない! 私の記念すべき日を一緒に祝ってよ!」


 このスイッチが入った咲は止められない。仕方なく、咲の言う通りに従う事にする。


「今日だけだからな」


「ありがとー! 光!」


 咲と一緒に、目的地であるビルに向かう。

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